20
「新兵器……マナホー」
ノイズ交じりの音声を最後にマイケルとのオープン通信が途切れる。
「リン、どうなってる?」
「多分メインジェネレーターを暴走させてるんだろうけど、それにしたってマナの濃度が高すぎる?どうやってるのかはわからないけどマナ濃度を上げて臨界させようとしてるのかも」
「臨界、するとどうなるんだ?こっちでは妙な振動まで始まってるぞ」
「お兄、とりあえずそこからなるべく離れて!」
「ダメだ!機体にありえないほどの負荷がかかっている。メインジェネレーターの出力も不安定……」
ユートの言葉を最後まで伝えることなく通信が途切れる。
ユートの問いに答えるすべを持たないリンは必死で不知火と稲妻の観測データを検証する。
一番に目をつくのは異常なマナ濃度。
そして視覚データから臨界を示す青い光が稲妻の付近を照らしている。
無線が通じなくなったのはこれが原因だろう。
だが機体への異常な負荷とは?
ジェネレーターはマナフレームの各パーツの中でも最も堅牢に、安全性を高めるように 作られている。
その出力が不安定になるほどの何かがユートの近くで起きているという事実にモニターを操作するリンの顔がこわばっていく。
「……リンさん、重力関係のデータを表示できますか?」
「ソフィア?」
これまで戦闘などの際には一切口を出さず沈黙を守っていたソフィアの突然の言葉に驚 きながらもリンの手はソフィアの言ったデータをメインモニターに呼び出す。
「これは……」
「まさか、こんな……地球上ではありえないレベルの重力場が発生しています。さらに増大中」
見たこともない重力場の分布に固まるリンを尻目にソフィアは失礼しますと断り、コンソールを操作する。
撃破されたはずのカササギのメインジェネレーターに異常な重力場が発生し、それが共鳴し合い、互いに増幅、結果として付近の重力場が際限なく上がっている。
「マナホール……!」
そう言った次の瞬間ソフィアは跳ね上がるように席を立つ。
「ソフィア?どうしたの?」
「後で説明しますので、今は行かせてください!」
何かに焦ったように言葉少なくソフィアはコックピットブロックから出ようとする。
普段では見せたことのないようなソフィアの表情にリンも何か良くないことが起きているということを知り、さらに顔から色がなくなっていく。
ソフィアは普段は見せないような速さで扉の前に立つが、肝心の扉は普段とは違い一切動きを見せない。
「ハルさん、扉を開けてください」
「ソフィア嬢、悪いがそれはできない。いつ戦闘が再開するかもしれない状況で艦内を移
動させるわけにはいかない」
普段ならばソフィアはそこまで言われれば従うだろうが、何かを確信しているソフィアは問答の時間も惜しいとばかりに扉に手を伸ばす。
「ごめんなさい」
そう言ったソフィアが扉に手をかざすと突然扉はハルの制御を離れ、彼女に道を開く。
「なっ!?」
「ツインビー!」
驚くハルとリンを尻目にソフィアは不知火の出入口ハッチへと向かう。
外と艦内を隔てる重厚なハッチもソフィアが手をかざすと簡単に道を開く。
主戦場からは離れた場所で止まっていた不知火からではユートの様子はうかがえない
砂の彼方にはマナジェネレーターの臨界反応を示す青い光が空を焼いている。
ソフィアはいつの間にか手元に来ていたツインビーとともに不知火の外にその身をさらす。
普段の彼女からは想像もつかないような強張った表情が事態の深刻さと、何よりもソフィアがこの現象について何かを知っていることを示して居る。
「ソフィア!」
砂交じりの風で髪を揺らしながらリンの声にソフィアは静かに振り返る。
風の音に交じり、カササギが引き起こしている重力場の異常により大地が悲鳴を上げている。
「何が起きてるか知ってるんだね?」
不安げにゆれるリンの瞳にソフィアの姿が映る。
何か確信を持ったソフィアの表情にリンは喉元まで出かかっていた制止の言葉を飲み込む。
「私に何かできることはある?」
絞り出したのは立ち止まるための言葉ではなく、前に進むための言葉。
「……」
ほんのわずかに逡巡してソフィアが懐から小さな宝石を取り出しリンに手渡す。
思わず受け取ったリンはその宝石の不思議な光に一瞬目を奪われる。
『それを握っていて下さい』
「え?」
耳にではなく、脳裏に響いた声にリンは目を見開く。
驚いてソフィアを見るリンの表情にソフィアは張りつめていた表情をわずかに緩める。
『やはりあなたなのですね』
「それってどういうこと?」
リンの言葉には答えず、ソフィアは視線を青い光に向ける。
一歩。
不知火の外に降り立ったソフィアが砂に足跡を残し、次の一歩は空を踏みしめる。
ツインビーが姿を変え、バイクの形からまるで翼のようになりソフィアの両肩の後ろに浮かぶ。
タイヤ部分だった二つのフィンがソフィアの体を重力から解き放ち、彼女は軽々と空を翔る。
彼女が向かう先では青い光が徐々にその明るさを増していた。
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