女子高の冷淡な彼女は川にチョコを投げ捨てた(わたしは拾ってやった)
鴻山みね
第1話
つまらなそうに見る冷たい目、凍った表情、薄く透明感のある
朝の寒空のなか
わざと息を吐けば、ふわっと雲みたいな白い息が出るぐらいの寒さ。冷えるけど手袋は取った。わたしは手作りチョコが入ったピンク色の箱を持っている。澄ました顔をしたチョコレート色の箱とかでもよかったけど、せっかくなら恥知らずなピンク。恥知らずなのは――実際そうだから。
校庭で待っていた生徒たちは(わたしも含め)地面に砂糖を落とした時のアリのように白馬澪に群がっていった。彼女にチョコを手渡そうと多くの生徒が行く。
誰が一秒でも早く先に渡せるか、あるいはちょっとぐらい触ったりとか(これはいけない)。女子しかいない女子高で本命チョコを渡しても問題ないのは
氷の王子様――彼女はそう呼ばれている。甘い表情を見せるわけでも、大して気が利くわけでもない。心が氷で覆われてるのかと思えるぐらい、冷たい人間。
わたしは今年で二年生になるけど、入学した当初はなぜ一つ上の先輩である白馬澪がもてはやされているかわからなかった。挨拶しても淡泊な挨拶で返すし、とても勉強ができるとか運動が得意というわけでもない。
高校生活に慣れてくると、みんな刺激が欲しくなってくる。他校の生徒のチックチックフーン(ショート動画のアプリ。通称チクチク)を見ると、そこに男子がいたりして、学校外で言ったらドン引き確定な発言を一年生徒たちはわめき始めてきたのだった(わたしは言ってない)。
好きでこの学校を選んだとはいえ、恋愛のひとつやふたつ……あるいはみっつぐらいは体験したくなってくる。女の子同士でも問題ない――のだが。仮に付き合い始めたもんなら、そのふたりは燃える火の円に囲まれ、それを取り囲んだ生徒たちによって儀式の供物として捧げられる――つまり、ことあるごとに学校行事やイベントとかに引きずりだされるということ。
誰が好き好んで見世物にされたいと思えるのか、わたしはされたくはない。
そこで白馬澪の出番だった。熱こもってる生徒たちは、その熱を彼女で発散した。氷のように冷たい白馬澪なら、何をしても問題ない。告白しようがすべて断るし、好意的なことを示しても何も反応しない。
氷の王子様――もとい白馬澪はそんな生徒たちの都合のいいお人形として使われている。
そして今日、二月十四日のバレンタインデーでは本命チョコを渡したいという欲求を白馬澪を使って叶えているのだった。みんなして白馬澪にどんどん渡している。
渡し終えた人は「渡しちゃったー」なんて言って、本命チョコを渡したという気分を味わってる。中には本当に彼女のことが好きな人もいるのかもしれないけど、実際とこはどうだかわからない。
ただ、ほとんどの生徒は――わたしも含めて、そういう欲求を満たすための人形代わりとして使っている。かわいそうな気もするけど、嫌がってる感じもないし、それにわたしだけ参加しないはしないで本当に彼女のことが好きだと周りから思われるかもしれないから、知らしめるためにも必要な行動。
一応全力で人だかりをかき分けていった。足を踏まれたり、髪を引っ張られたり(それはやりすぎ)したがなんとか目の前までこれた。
「わたし
恥知らずなピンク色の箱をわたしは白馬澪に渡した。たくさんのラッピングされたチョコが彼女に渡されていて、顔の半分ぐらいしか見えなった。わたしが僅かに顎を上げないと、顔は合わせられないぐらいの背の高さ。
特別高いわけじゃないけど、ちょうどいいのも彼女の魅力――ついでに顔もいい(一切表情は動かないけど)。
「うん。ありがとう」
白馬澪は説明書の解説をひとりで読み上げてるみたいな声で言った。渡せてよかった、と思ったのもつかの間。後ろから人が押し寄せて「はやくしろー」と後ろから声が出てきて、押し出された。
少し離れて群がる女子生徒たちを見たが、
わたしもそうしよう、朝の寒い冷気で冷え込んでいた体も今ではあつあつでアイスクリームだって食べれちゃう。不満な熱は逃がして、満足した熱は逃がさないように教室へと行った。
「りょこ渡せた?」と
「渡せたよー、うみは?」
「人多すぎてムリって感じ。あの中に入ってくのはヤバくて、息苦しすぎて結局渡せなかった――ってことで食べよう。適当に買ったやつだけど、人気のだから美味しいんじゃない」
ネイルされた長い爪で松原うみはチョコを掴んで食べた。毛先に束感があって、高めでボリュームのあるポニーテールをした松原うみは「美味しい。イケる」と感想を漏らす。
わたしの机に寄りかかりながら、早くも二個目を口に入れていた。わたしも机に載ったチョコレートを一個手に取った時に頭のカチューシャを触られた。
「少しずれてる」松原うみは直してくれた。
「澪先輩の時にずれたのかな、凄まじかったなあ……あの中。いま考えても恐ろしい……」
チョコを食べながら、片手でぱっつんボブの髪を直した。
「美味しい、あまチョコ」とわたし。
「ねえ甘いね。でもよく考えたら、澪先輩ってこんな感じのチョコ貰ってるわけじゃん。食べるの大変そー、来年にはチョコ怖くなってたりして」
「さすがに家族とか友達とかに分け与えるんじゃない」もう一個チョコを貰い食べる「――ください、なんて言ったらタダで貰えたりするかな」
「わあ、それいいアイデアかも。ガチで天才。十個ぐらい貰ってきてよ、りょこ」
まだ少し塊のチョコを飲み込んでしまった。ごろっと喉を通った感触は、石を飲み込んだ感覚だった(実際に石を飲んだことないけど、かじったことすらない)。
「なんで――おえっ。わたしが――おえっ。チョコを貰いに!」
吐き出せないのに吐き出そうとしてるわたしの背中をポンポンと二回叩いて松原うみは言う。
「だってギャルじゃん、あたし」
「理由になってない。ギャルでもそうじゃなくてもみんな平等で――」
松原うみは後ろに回り、座っているわたしの両肩に手を乗せた。ちらっと肩を見ると艶々の爪が見える。
「だってりょこはさ――黒髪ぱっつんで、童顔、ぱっと見おとなしそうな見た目だし、カチューシャもついてて受けよさそうじゃん。冷たい澪先輩にはさ」
「カチューシャは理由になってなくない」わたしはカチューシャを触る。
「おまけ、おまけ。一生懸命におしゃれしてますって子はかわいいからいいの。じゃあ、放課後よろしくねー」
前払いの報酬代わりとして三つ目のチョコを取ろうとしたけど、松原うみはくれなかった。チョコを触った手をティッシュで拭きながら、放課後どうやって白馬澪に近づくか作戦を練った。
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