第12話 このゼリーから君の体温がする
いつも通り、期待値のあるホールで稼働をしている。
あてらは用事があって来られなくて、今日は目押と二人で稼働をしている。
番号を引いて貰う為に柚月を呼ぼうとしたがどうやら彼女も用事があるらしく、二人揃ってクソ番を引いてつまらなくて期待値のある台を並び打っている。
「今日はあてら居ないけど、変な気おこさないでね」
「ねーよ」
「フフッ、そうね、そんな事したら殺されるもんね」
「殺され……ああ、そうだな」
間違いなく柚月に殺される。
「あれ、自覚あったんだ。なのにあの態度してたって事は……へぇ、あてらの勘違いじゃなかったのか」
「何の話だよ」
「言わせたいの? その手には乗らない」
いやマジで分かんねぇんだけど。
本当に目押は何言ってるか分からない時が結構な頻度で来るんだよな。
「センパイ、どうしたの」
「いや、ただお前ってステージ止めが甘いなって思ってさ」
「意識してるんだけど、テンポ悪くなるからさ」
「期待値ねぇ事すんな、俺が教えてやるからちゃんとやれ」
ステージ止め。
別名玉突き事故回避。
パチンコには抽選をする穴の左右に釘があり、その釘の上を跳ねる事で穴に入る訳だが、他にも穴に入れるルートが存在する。
それが、ステージだ。
ステージは穴の上側にあって、そこに玉が乗ると一定時間そこでウロウロと移動する。
そして穴に向って沿うように作られた道に上手く乗ればそのまま真下に落ちて、穴に入って抽選がスタートする。
「ステージに乗りそうになったら止めるとかしなくていいからさ、乗ったら打ち出し止めな」
「テンポ悪いけど、確かに事故は防げるね」
この時、普通に玉を打ち出していると真下に落ちる玉に打ち出した玉が当たり、抽選受けられるはずの物が受けられなくなる事がある。
明らかな期待値の欠損だ。
「そうそう、それでいいんだよ」
「めんど……」
「こら! また事故ってんじゃねぇか!」
「む、センパイうるさい」
「あのな、確かに面倒だけどお前の打ち方には期待値がねぇんだっての!」
目押は頬を膨らませながら、しぶしぶと言った顔で俺の言った打ち方を守りだした。
「なぁ、巡」
「何」
「お前さ、期待値求めてパチンコ打ってんだろ? 何でそんな期待値無い事してたんだよ」
巡は少し考えるように左手を顎に置いて、ニヤリと笑った。
「気づいてくれるかどうかを試してた」
嘘つけ。
絶対知ってはいるけど面倒だからしてませんでした〜が正解だろ!
「ね、センパイ」
「何だ何だ、まだ言い訳続けるのかよ」
「センパイみたいに期待値を求め続ける人は初めて見た」
「そりゃどうも、俺もお前みたいな奴は初めて見たよ」
「そっか」
そこから特にお互いに言葉は交わさず、数時間が経った。
当てたり外したり、ラッシュがすぐに終わったりする度に目押とは軽くジェスチャーを送り合う事はあったが、本当に黙々とパチンコを打ち続けた。
「飯、行くか?」
時計が14時を示している。
流石に腹が減ってきたし、ここは一旦休憩を……。
「これ、あげる」
「え」
目押がポケットから取り出したのは……ゼリー飲料だ。
これ一つでおにぎり一つ分のエネルギーが取れるとか言われてるマスカット味。
「食べてる時間に期待値は無い、こういうの用意したほうがいいよ」
「……確かにな」
「フフン、センパイも期待値が無い事してるじゃん。これでおあいこね」
「わかったわかった、これはありがたくいただくよ」
目押からもらったゼリー飲料は長時間ポケットに入れられていたせいで、ほんのりだが温かい。
「このゼリーから巡の体温がするな、アハハ」
「…………」
「…………へ?」
何だ。
目押の目が冷たい。
このゼリーとは違って全く彼女の目からは温かみを感じない。
「いきなり気持ち悪い事言うね、キモセンパイ」
「気持ち悪い……あー……忘れてくれ」
「キモセンパイが私の温もりを感じて喜んでるってあてらに言ったらどうなるかな」
普通にドン引きされそうだし、あてらちゃんにとって目押は大切な友達だ。
場合によっては縁すら切られるかもしれない。
そうなれば……目押から貰っていたホールの情報も貰えなくなる。
「それはヤバいな」
「でしょ? だったら今晩のご飯は」
「お前との繫がりを失うのは……避けたいな」
「うにゃ!?」
目押の奴、当たってもないのに右打ちしやがった!
コイツまた期待値の無い事を……。
「何言ってんのセンパイ、あてらがいるでしょ」
勿論あてらは大切な仲間だ。
だけど、情報源でもあり一緒にデータを収集し傾向を考えてくれる目押の方が今は……。
「あてらより、お前の方が大切かな」
「ちょ……ちょっと待って、え、あの、センパイそれどういう意味?」
「どうもこうもあるか、俺がそう思ってるってだけの話だ」
「そう言われても困る! だってあてらと私は親友で、そんな裏切るような真似できない」
親友と比べて自分を選ぶなんてあてらを軽視しているような発言をされても困る、そう言っているんだな。
「別にあてらが大切じゃない訳じゃない、俺にはお前が必要だって話だ」
「なおさら悪い! センパイそのうちあてらに刺されるからね」
「そんな事しないだろ、こんな事でさ」
「こんな事って……二股しようとしてる事をこんな事でまとめないで」
「二股?」
「そうでしょ? だってあてらも私もって……そんなの」
「いや、そもそもそんな話してないだろ」
「へ?」
どうして二股なんて言葉が出てくるんだ?
一人として彼女は居ないのに、嫌味?
「待ってセンパイ、私が必要ってさ、どういう意味?」
「だから、データを一緒に集めてくれたり傾向の分析をしてくれるお前の存在は絶対に必要なんだって」
「私が大切ってのは?」
「データ集めに分析、こんなめんどうな事に付き合ってくれる友人が大切じゃない訳ないだろ?」
「私との繫がりを失うのを避けたいってのは?」
「一人に戻ったらデータの分析が面倒になるだろ、それは避けたい」
目押はプルプルと震えだし、そっぽ向いてしまった。
「巡」
「今自己嫌悪とイライラと反省中だから、夕方までほっといて」
一緒に牛丼を食いに行く物だと思っていたが、夜になると彼女はそそくさと帰ってしまった。
「……やっぱ体温の話はキモかったよな」
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