日々のひととき《一話ごとに完結》
蒼鉛
雪だるまと白い息
暖かな陽だまり、縁側に腰かけ、茶をすする。
にがい。
いれるの失敗してんじゃんかよ。
なんてぼやきながら。
正月の帰省。久々に顔を見た祖父とここでお茶をしていた。祖父はあれから畑に行くと言って出ていった。上着一枚はおらずに。
まあ窓がら空きの縁側に
ここは日本海側じゃないからえぐい積雪って程でもないけど、田舎の盆地だからそれなりに雪は降る。隣にある雪だるまも親戚の子供らがはしゃぎながら作ったやつだ。
かくいう俺もまだ高校二年。その割にはじじ臭ぇことしてんななんて思う。
でもまぁ、最近はテストやら部活やらで忙しかったから、こんなゆっくりとした時間もいいもんだ、なんて思える。
こんな風に思いに耽っていると、最近ふと思うことが、
「もう大人になるんだな」
という話である。
というのも、もう二年の年末にもなってくると進学就職の話で持ち切りである。俺は金銭的に就職希望だからこそ、より深く思い知らされること。
その度に昔、溜息ひとつで大人になれるよ、って年の離れた姉に言われた言葉が頭を反芻する。あの当時は全く分からなかったけど、中学、高校受験、バイト、高校と経験していき、今なら理解出来る。
夢を捨てるってことなんだなって。
子供の頃というのは、無邪気に純粋でいられる。だからこそ現実というものを全く考えない。
その時抱いた夢を本気で求めるなら、もっと勉強して良い所出なきゃなんないし、実績も才能も努力も要る。何より金がかかる。そんな考えもなけりゃ、自分よりもすごい人に叩きのめされることも無ければ、迷うことも無い。
そんなあるあるの経験を通して、いざ合理的に考えて、
「やっぱ就職して金稼ぐか」
となる。その時にはもう、夢とか、好きとかいうものは投げ捨てられる。だからこその『ため息ひとつ』なんだろうな、ということ。
そして俺自身も例外では無い。
高校受験。元は高専志望だった俺も周りに気圧されて諦めて普通の工業高校に進学した。その時に感じたのは、こんなにすごい人たちでもほんのひと握りしか夢を叶えれれないんだという事実。
そもそも高専に、いや。それ以外の専門学校専門系全て含めても入学できるのは日本の全人口のうち三割程度。そこから企業やら研究室に入り、トップの席まで登り詰めて、そのうえで結果を残して大成功なんて、一割どころか一分あるかも怪しい。
それに気づいた時点で、もう上を目指せる器ではなかったということなんだろう。「できる」じゃなくて「出来ない」を考えてしまっているのだから。
まあ結果高専受けなかったわけだしね。
高校は楽しい。友人もいるし、好きな人だっている。でも、昔みたいな夢掲げながら努力すらも楽しい楽しいいって突き進めてるかったらそうじゃない。適当に工業系を習って、適当に資格取って遊んでるだけ。それは楽しくないことで好きじゃないことなのかって言われればNOだけれども。
捨てきれたわけじゃないけど、大半のことは諦めたよねって、自分でも思う。だからこそこうやって溜息も出るもんだよ。
空気が白くなる。昔はなんでなんでって言っていたけど、理解した今じゃただの自然現象。
さぁ、茶も飲み終わったし、祖父の畑仕事でも手伝ってくるかな。
「母さん。俺も畑行ってくるよ」
「気をつけてね。雪で滑るから。あの人ももう歳だし、重たい作業はやってあげてね」
「分かってるよ」
長袖長ズボン長靴。麦わら帽子と軍手と鎌は忘れずに。ねこにコンテナを乗せて舗装すらされていない道の上をついていく。昔はまっすぐ押せなかったなこれって懐かしくなる。去年一昨年は受験と最初の一年ってことで忙しくって帰省出来てなかったし、久々だよ。
タイヤはあえて轍の上。歩いて数十分、裏山の麓にあるうちの畑。
「じぃじーー。てたいに来たよーーー」
「おーう翔か。ちょいとそのかんごもってきてくれ」
籠、はこれか。いつもよりでかい。今日の晩飯かな?
「はい。今何取ってるの」
「白菜。もうそろそろ下の葉がわいなって来ちょるさかい、はよ取ってまわなあかん。今日の晩飯やなこりゃ」
当たり。まあだからといって三玉も食べんのかっていったら多分余る。言うて四家族しか来てないから。
「晩飯なんなん?」
「今日はすき焼きやて。わいらだけやともう胃もたれしてかなわんさかい、今日ぐらいのもんや」
「んな事ゆーても肉しっかり食べんと。また畑終わても酒ばーかり飲んじょるんやろ?ちゃんとタンパク質とらんと筋力落ちるで」
「せやけどなぁ。もう牛の油はきついて」
なんて言いもて白菜切り取って外側の葉を剥く。
うわ。ほんまやもう下側腐りかけてら。でもまあ雪のおかげで何とかって感じかな。四枚くらい剥いたら十分そうや。
普段は都心の方に出てるから出てこない紀州弁も、隣に使う人がいるとさすがに引っ張られるなぁ。まあ標準語よりの関西弁ってだけだけど。
「次どうすんの?」
「あとは大根抜いて、子芋おこさなあかんわ」
「なら俺子芋やるわ。じぃじ大根抜いてきて」
「おう。下ぬかるんじょるさかい気ーつけや。ひっくりかえったらえらいことなるで」
「泥まみれになるくらい構わんよ」
「おこしたら親芋の周りだけ置いといてな。また良さげなん見繕って埋めるさかい」
「はいよ。手前はもう親芋も食てまう?」
「それは三年目やさかいせやな。もう無理やわ」
「ん」
さー掘るのはきついぞぉ
周り掘って、起こしたい方の反対側深く掘って、ショベル深く入れて、起こしながら葉を引っ張る!
文字だと軽々しく書けるけどこれ十分ほどかかるんやで。
茎も
とやかくいって二本ほど抜いた頃に祖父が帰ってきて、もうこれでいいらしいのでねこに放り込んで帰路に着く。
そうだ。ついでに聞いてみよう
「じぃじ。なんで今は畑やってんの?」
「せやなぁ。元々は米も畑も言われたからやってるだけやなぁ」
おや?初耳だぞ?
「もともと何してたも?」
「わしゃ電気やな。よう御坊の発電所もいっとったわ。今はもう炉動かしてないさかい行くことなくなったけども」
まさかの同系統だった。意外。
「そだったんや。知らんかったわ」
「まあぁおまんらは来ること少ないし、話す機会もなかったさかいなぁ。まあ米も畑も山も梅も大体は頼まれたり継いだからやなぁ」
「電気系は?」
「そいらは何でやったかいなぁ。そこまではもう覚えちょらんけど、中学終わって、夜間通いもて仕事して、空調やらやってたさかい、その類やな」
知らない話がいっぱい出てくる!
それから車関連で下宿して働いたり、空調系でけっこ色んな場所行ってたりしたらしくて色んな話を聞けた。戦争でお兄ら四人亡くしてることも知ってちょっと重かったな。
「でもまぁ、はなからやりたかってちゅーわけではないわな。いろいろ言われもて転々としていく中で色々やったっちゅーだけやさかい。でもまあ翔。人との繋がりだけは大事にしときや。案外思わんところで繋がれた人と、思わんことで助けてもろたりすることもあるさかい」
これは祖父だから言えるんだろうなって気がした。
やりたいことを求めていくのもまたひとつの正解だけど、やってる事の中で楽しみを見つけていくってのも正解かなって思えた。
もう既に工業系に行ってるんだから、この先出会える基本的な仕事は全部「好きなこと」に違いは無い。やりたかったことではないかもしれないけど、それでも楽しめるはず。でないと、これから六十年間も仕事しなきゃなんないんだもん。楽しまなきゃ損だよね。
高校だって楽しいんだから。行きたかったとこに行けてなくても。まあなんとかなるか。
その日の夜。みんなで鍋を囲んで食べた。
すごく久しぶりで、懐かしい感じがした。
小学校の一時は、
ビルが立ち並び、地面はアスファルトで、不審者に警戒しながら帰る都会とは違う景色にびっくりした記憶がある。
みんなで走って学校に行って、おにごとかドッチとかして、ランドセルジャンケンしながら帰って、みんなで十円出しあって駄菓子屋に行ったり。
夏の夜になれば蛍も飛ぶしカブトムシ取りに行って庭で戦わせたり、道端にころがってるセミつついたら飛んできてびっくりしたり。
笹舟、どんぐりこま、やじろべえとかも作ったし、おおばこ勝負やおはじき、メンコみたいなゲーム機の使わない遊びも初めてだった。見ない景色ばっかりで、新鮮だった。そしてとても楽しかった。
中でも物を作ったりつくことが楽しかったらから、工業系に行こうとしたんだっけな。誰かを喜ばせるものを作りたいって。
ロボットを作りたいって夢を掲げた時もあった。でも、それも誰かの助けになりたかったから。やることは違えど、きっと全部そこに繋がるものばっかりだって今は知ってる。
才能なんてなかった、結局何者にもなれないって悩んだ時もあったけど、それも今となっちゃいい思い出。
色々やれるようなことするのもいいじゃないか。
大人になるって、本当は嫌だった。社会に縛られて、自分が悪くても上の人には謝り倒して、やりたいことも出来なくて縛られて、必死で量産型になろうとしてるようにしか見えない大人なんかにって。
でも今は、少しだけ、その中でもやりたいことできるならって、思えるんだ。
どれだけ大きく作った雪だるまでもいずれは溶けて崩れて雪に還る。でもその雪も、輝いているんだ。
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