第六章
第1話 謝罪
私たちはあの日、結局福岡に戻った。
私は新しいスタートを切るからこそ、あのまま東京に行ってはいけない気がしたのだ。だから先生を説得した。先生はそれを受け入れて、恵子さんのもとに一緒に行き、話をした。
家は恵子さん名義にすること。そしてわずかでも仕送りをすること。
「恵子。君には本当にすまないと思っている。圭太が亡くなったことは君のせいではない。もう、自分を責めないでくれ。私も君も、自分の人生を歩もう」
「保科、貴方はそのお嬢さんと残りの人生を歩もうというのね」
「申し訳ない。許してほしい」
先生は土下座をした。私は驚いたけれど同じように膝を折った。
「恵子さん。私はしてはならない恋愛にはまってしまいました。そして恵子さんから保科先生を奪いました。許してなんて言えません。恨まれてもいい。ただ、謝らせてください。本当に申し訳ございませんでした」
恵子さんはしばらく何も言わなかった。私は怖くて、そっと恵子さんを目だけで見上げた。恵子さんと目が合う。
「ここで私が離婚しないと言ったら貴方たちはどうするの?」
静かに恵子さんは問うた。
「それでも私の気持ちは変わらない。すまない」
「すみません。私はそれでも先生についていきます」
再び先生と私は額を床にこすりつけた。
恵子さんはふうと息を吐いた。
「もう、いいわ。保科。貴方が女に走るなんて今までなかったことだもの。止めても無駄でしょう。それに、貴方を見ていると圭太を思い出す。それはそれで苦痛だったの」
疲れたように恵子さんは言って、シンクの方に歩いて行った。
「恵子……」
戻ってきた恵子さんはティーセットを手にしていた。
「ただ、条件があります」
恵子さんの言葉に先生と私は正座のまま姿勢を正した。
「保科に佐倉さんの未来を奪う権利はないわ。佐倉さんが大学を卒業するまでは待つのね。変な噂でも立ったら大変。だから、保科。それまで会うのはよしなさい。それで別れるようだったらその程度なんでしょう」
恵子さんの言葉に私は涙が溜まっていくのを感じた。
なんでこの人は、こんなにできた人なんだろう。
「そうだな。君にそんなことを指摘されるなんて……。本当に私はまだまだだ」
「すみません。すみません!! ありがとうございます!」
私は何度も何度も頭を床につけた。
「こんな若い子に負けてしまうなんてね……。まあ、ご執心だった佐倉さんですものね。仕方ないのかしら。私も職探しして、男探しもするしかないわね」
恵子さんは独り言のようにそう言って、そして私に向き直った。
「もう、立って。保科を頼むわね。見かけよりも繊細な人なのよ」
「はい!」
最後まで恵子さんは凛としていて、そしていい意味でしたたかだった。
先生、本当に恵子さんを手放してもいいのかな。
いや、こんな弱気ではだめだ。先生と一生を共にすると決心したのだから、恵子さんよりも先生を幸せにするんだ。
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