Devourer:喰らう者
MSK
第1話: 何かの中で目覚める
暗闇。
ただの「夜の暗さ」ではなく、光そのものが存在しない絶対的な黒。深く、無限に続く闇に包まれ、私は光の概念すら忘れそうになった。
目を開けようとする。しかし、すぐに異変に気づく。
——私は目を持っていない。
…え?
不快感が広がる。「体がある」という前提ですら怪しい。手も足も、顔も、何も感じられない。唯一残ったのは、「意識」だけ。まるで彷徨う魂のように、空間に浮かんでいた。
…死んだのか?
直前の記憶はぼやけている。普通の人生、そしてあまりにも平凡な死。事故だったのか、それとも何かもっと劇的なものだったのか? だが、どんな死因であれ、こんな形で目覚めるとは思わなかった。
この空間は異様なほど静かだ。だが、注意深く耳を澄ますと、微かな音が聞こえる。泡が弾ける音、水が揺れる音——まるで私は何か粘性のある液体の中に沈んでいるような…
……待てよ? じゃあ、まだ**「体」**があるのか?
そう思った瞬間、私は動こうと試みた。だが、すぐに分かる。
この「体」、今までの肉体とはまったく違う。関節も、筋肉もない。ただ——ゼリーのように柔らかい、奇妙な物質がそこにあるだけ。
…ああ、なるほど。私はもう人間ではない。
恐怖が襲ってくるかと思った。だが、それ以上に興味が湧いた。
もし人間でないのなら——私は何になったのか?
試しに動いてみる。冷たい感覚が広がる。「体」が伸びたり縮んだりして、水の流れに乗ることができる。
この感覚…まさか——スライムか?
…いや、違う。スライムには魔法核がある。だが、私はただの「不定形な物体」で、中心もなければ、特定の形もない。
まるで、私はどんな形にも変化できる存在のようだ。
まずはこの閉ざされた空間から出ることを考えよう。
動こうとするが、問題がある。
「足」も「手」も「腹筋」すらないのに、どうやって動くんだ?
試行錯誤しながら、体を縮めたり、伸ばしたりする。何度も繰り返すうちに、少しずつ「進む」感覚を掴み始めた。
どれほど時間が経ったのか分からないが、やがて——
ゴツン。
何か硬いものにぶつかった。
…壁?
冷たくて滑らかだが、完全な障壁ではなさそうだ。力を込めて押しつけると——
ブチッ。
小さな穴が開いた。
そこに滑り込むと——
——光が差し込んだ。
目が見えないはずなのに、「光」の存在を感じる。眩しさに戸惑いながらも、私はついに脱出した。
目の前に広がるのは…ダンジョンだった。
壁には青白く光る苔、床には水たまり。奥へ続く闇の中、何が潜んでいるのか分からない。
…だが、その時——
——突然、頭の中に声が響いた。
---
システム起動…新しい個体を確認。
身元: 不明。
種族: プロトタイプ000。
システムインターフェースを起動…
私は硬直した。
…な、何だこれは?
声ではない。むしろ、情報が直接脳内に流れ込んでくる感覚。AIのプログラムでも埋め込まれたような、不思議な感触だった。
ダンジョン。未知の世界。人間ではない肉体。そして、謎のシステム?
まさか…これは異世界転生というやつか?
…いや、待て。
「プロトタイプ000」って何だ?
集中すると、新たな情報が流れ込んできた。
---
種族: プロトタイプ000。
状態: 安定。
体構造: 未完成。
初期スキル: "捕食 (Devour)"、"適応 (Adapt)"
詳細: プロトタイプ000は未確認の試験体であり、固定形態を持たない。
…試験体?
つまり、誰かが私を「作った」のか? 目的は? 何のために?
疑問は尽きないが、今は考えても仕方がない。まずは、自分の「体」を理解しなければ。
骨も皮膚も筋肉もない。
ただの流動的な物質。形を自在に変えられる、まさにスライムのような何か。
そして、私は最初から二つのスキルを持っていた。
捕食 (Devour)——何かを取り込む能力?
適応 (Adapt)——環境に適応する能力?
「捕食」の意味は明白だ。問題は「適応」…これは、一体?
私は動き出した。床を這い、体を伸ばし、前へ進む。
その時——
小さな動きが視界の端に映った。
——ダンジョン・スパイダー (迷宮蜘蛛)。
私は躊躇なく近づき、**「捕食 (Devour)」**を発動した。
——スパイダーが、一瞬で消える。
そして、システムメッセージが表示された。
---
低級生物「迷宮蜘蛛」を捕食しました。
解析中…
新しいスキルを獲得可能: "蜘蛛の糸 (Silk Thread)"
適用しますか? (はい / いいえ)
…能力を「吸収」できるのか?
私は迷わず「はい」を選んだ。
瞬間——
糸を吐き出す感覚が生まれた。試しに放つと、壁に細い糸が張りついた。
「…面白い。」
自分の可能性に、私は興奮を覚えた。
だが、その時——
ゴゴゴゴ…
…足音?
振り向くと——
——巨大な蜘蛛がこちらを睨んでいた。
「…ヤバい。」
私は即座に天井へ糸を放ち、一気に引き上げた。
ドンッ!!!
直後、鋭い爪が地面を砕いた。
…死ぬところだった。
「捕食 (Devour)」を使えばなんとかなるかもしれない。しかし——
何も起こらなかった。
「えっ?」
私はもう一度試した。
「捕食!」
…それでも、何の反応もない。
——まさか、回数制限があるのか?
その瞬間、システムから新たなメッセージが届いた。
---
スキル「捕食 (Devour)」は使用不可。
理由: 使用回数のリセットが未完了。
……そんなの、聞いてない!!
恐怖が一気に襲ってくる。スキルが使えない? じゃあ、どうすればいい!?
そんなことを考えている間にも、巨大な蜘蛛は再びこちらに向かってきた。
時間がない。
私は反射的に天井へ糸を放ち、再び引き上げる!
バシュッ!
蜘蛛の牙が、私がいた場所を鋭く噛み砕いた。
ギリギリで回避できたが、次はない。
武器もない。戦う手段もない。
…だが、「逃げる」方法ならある!
私はすぐに決断した。
「蜘蛛の糸 (Silk Thread)」で足場を作る!
連続で糸を射出し、壁へ張り付ける。
それを繰り返しながら、私は蜘蛛が届かない場所へ移動していった。
一方、蜘蛛は下でこちらを睨みながら、バチン! バチン! と牙を鳴らしていた。
……よし、完全に振り切った!
なんとか、生き延びた。
私はしばらく壁に張り付きながら息を整えた——というのも、実際に「息」はしていないが。
この世界は弱者に優しくない。
「捕食 (Devour)」が万能ではない以上、戦い方を工夫する必要がある。
強くなるには、もっと多くの生物を「捕食」し、スキルを集めるしかない。
…だが、それにはまず——
「捕食の制限」をどうにかしなければならない!
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