痛快時代劇 女剣士 堀部映理まかり通る

羽柴吉高

第1話 卑劣道場破り豚野郎三兄弟

登場人物


堀部映理(ほりべ えり):女剣士。諸国を巡り、剣の腕を磨く。


綾小路田茂麻呂(あやのこうじ たもまろ):貧乏貴族の息子。武士に憧れ、堀部映理の強さに惚れこみ、旅に同行しようとする。


大橋幸一郎(おおはし こういちろう):大橋道場の主。息子と稽古中に負った傷がもとで死亡。


大橋幸二郎(おおはし こうじろう):道場主の息子。


あかね:幸一郎の娘で、幸二郎の姉。


山中慎之介(やまなか しんのすけ):道場破り三兄弟の長男、北辰一刀流の達人。


山中慎二郎(やまなか しんじろう):道場破り三兄弟の次男。槍の使い手。


山中慎三郎(やまなか しんさぶろう):道場破り三兄弟の三男。鎖鎌の使い手。


堀部映理は、鋭い眼差しを持つ凛とした女剣士である。長くしなやかな黒髪は風にたなびき、彼女の動きとともに流れる。顔立ちは端正で意志の強さを感じさせるが、どこか哀愁を帯びた表情が時折浮かぶ。


彼女の装いは、伝統的な和装に現代的な機能性を加えた独特のものだ。深紅と漆黒が織り交ぜられた着物は、戦闘の邪魔にならないよう工夫されており、裾は短めで動きやすい。袖口や帯には細やかな刺繍が施され、剣士としての誇りと美意識が感じられる。


腰には鋭く研ぎ澄まされた愛刀を佩いている。その鞘は黒檀で作られ、金色の装飾が施されているが、決して派手ではなく、品のある仕上がりだ。柄には黒革が巻かれ、握りやすく実用的な作りになっている。彼女の手には長年の鍛錬を物語る細かな傷が刻まれており、その一つ一つが戦いの証である。


映理の姿勢はいつも堂々としており、静かな中にも隙がない。歩くたびにその存在感が周囲を圧倒し、彼女の前では誰もが無意識のうちに道を譲る。まさに「女剣士まかり通る」といった風格を持つ、孤高の剣士である。


「お待ちくだされ! お待ちくだされ!」


振り返ると、道の向こうから息を切らしながら駆け寄ってくる男がいる。ぼさぼさ頭にゆったりした羽織。

まぬけな顔――というより、どこかのんびりした笑みを浮かべた浪人風の男だった。


「あたしのことか?」と堀部振り返る。


男は膝に手をつきながら「さようでござる! 先ほどの腕前を拝見した!」と声を張る。


実は先ほど、堀部は街道を根城にする蜘蛛助というゴロツキ4人に絡まれた。


「お侍さんよ、籠にのってくれないか?」


「いらぬ」


「なんだ、よく見ると女かよ。それでは余計に乗ってもらわないとね」


堀部は蚊や蝿を見るかのような目で通り過ぎようとする。


蜘蛛助共は思い通りにならないと思うと手を出してきた。


しかし、刀を抜くこともなく、鉄扇で一撃を食らわせて撃退したのだ。


「旦那の腕に感服つかまつった! ぜひとも、麻呂を旅のお供にしてくだされ!」


麻呂? 貴族か何かか、と堀部は訝しむ。


「兄さんは貴族かい?どうして侍の格好をしているんだ!」


即答し、堀部は歩を進める。しかし、男は蛭のようにぴたりと張りつき、にこにこと歩調を合わせてくる。


「いやいや、そう言わず。麻呂は綾小路田茂麻呂と申す者! 何、決して足手まといにはならぬ! なにとぞ!」


堀部はため息をついた。さて、どうしたものか――。


【めしや】


堀部が飯を注文すると、田茂麻呂がさも当然のようにお銚子を手に取り、馴れ馴れしく堀部の左隣へと腰を下ろした。


「麻呂は綾小路田茂麻呂と申す。貧乏公家の息子なんだが、侍に憧れて家を出て諸国を旅しているんじゃ。いつか素晴らしい剣士につき侍になろうとしていますんじゃ…」


堀部が、店の片隅では、一人の侍が杯を傾けていた。すでに相当飲んでいるのか、顔は赤らみ、うつろな目をしている。


男:「そこの御仁、わしと立ち会え!」


大声で怒鳴るとふらふらする足つきで立ち上がって、刀を抜こうとするが、手は震えてろくに抜くことができない。


堀部:「ごめんこうむる。」

堀部は相手にせず、この居酒屋を出ていった。

慌ててあとを追う田茂麻呂。


堀部:「この辺には宿屋も寺もないな。今夜はどこで宿をとるか?」

気がつくと「大橋道場」の看板が見えた。

「わけを話してここに泊めてもらうか?しかし、妙に静かな道場だな。お通夜だな。」


田茂麻呂はにやりと笑い、もみ手をしながら言った。


「それなら麻呂にお任せあれ。交渉術はお手の物でござる。」


【大橋道場】


大橋道場の門は長らく手入れがされておらず、木材は乾いてささくれ立ち、軒先の瓦はところどころ欠け落ちている。かつて活気に満ちていたはずの広い庭は雑草に覆われ、風が吹くたびに枯葉が舞い散った。道場の奥に目をやると、練習場の板床は埃にまみれ、掛けられた竹刀や木剣は使われぬまま蜘蛛の巣が絡みついている。


大橋道場から道場主の娘らしき女あかねが出てきた。

田茂麻呂は口八丁手八丁で泊めてもらうことを納得させた。


田茂麻呂は道場の門前で胸を張る。

「旦那、快く受けてくれましたよ。」


堀部は道場を一瞥し、眉をひそめた。


「やけに静かだな。まるで喪中の家みたいだ」


あかねは今日までの出来事を語り始めた。


「道場主大橋幸一郎は、息子の幸二郎と稽古試合の最中に負った怪我がもとで、とうとう……亡くなりました。幸二郎は自責の念にかられて毎日酒浸り、そうなると全ての門弟は愛想をつかしとうとう一人もいなくなってしまったのです。」


彼女こそ大橋道場の主大橋幸一郎の娘 あかね で、その声には悲しみが滲んでいた。


堀部は腕を組みながら、めしやで見かけた侍の姿を思い出す。


「さっきの侍が幸二郎か?」


あかねは唇をかみしめ、躊躇いがちに話しを続ける。

「こんなときこそ、幸二郎にはがんばってもらわれなければならないのに。」

その場で泣き崩れるあかね。


その言葉に、田茂麻呂も涙する。


堀部は静かに言った。


「幸二郎殿に会いに行こう。話をしなければならないな!」


【翌日 川辺】


川面を静かに見つめる大橋幸二郎。穏やかな水面には、朝日がゆらゆらと反射し、金色の波紋が広がっている。岸辺には小さな草花が揺れ、時折、水鳥が飛び立ち羽音を響かせる。川のせせらぎは静かで、ただ風が梢を揺らし、涼やかな音を奏でていた。その肩には疲労と後悔が滲んでいる。


「大橋幸二郎!」


静寂を破る声が響く。振り向くと、そこには堀部映理が立っていた。


「えっ…どうして拙者の名前を?」


「今日は酔っていないんだな。すべて、あかねさんから聞いたよ」


幸二郎は顔を背け、ため息をつく。

「放っておいてください。拙者は…武芸者として未熟なのです…」


堀部は彼の目前まで歩み寄り、鋭い声を投げかけた。

「何を甘えたことを言っている!父の死を乗り越えてこそ武芸者ではないか!」

大声で怒鳴る堀部。


「……えっ」

その言葉が、幸二郎の心を鋭く貫いた。


「さあ、戻って道場を再建するんだ」


しかし、幸二郎はただ俯き、動こうとしない。


堀部はじっと彼を見つめると、静かに刀を抜いた。


「それなら、あたしがお前さんの腕を見てやる」


突然の斬撃。驚いた幸二郎は咄嗟に身を翻し、間一髪でそれを避ける。反射的に刀を抜き、堀部の一撃を受け流した。


「……!」


堀部は満足そうに頷いた。


「その腕だ! お前さんは何を勘違いしているんだ? 確かに父上は怪我を負い、今日亡くなった。しかし、それはお前さんの腕前が悪かったからじゃない。自分を責めるのもいい加減にしろ! さあ、一緒に戻って道場を再建するんだ!」


そのとき、田茂麻呂が慌てふためきながら駆け込んできた。


「旦那! 旦那! 大変だ! 大変だ! 道場に山中三兄弟が現れ、あかねさんと試合を始めたんだ! このままでは、あかねさんが殺されてしまう!」


「……!」


堀部は鋭く睨みつけると、即座に駆け出した。

「しかし、あたしは旦那じゃない! 幸二郎殿、急ぐぞ!」

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【山中三兄弟との死闘】


道場の中、あかねは木刀を握る手を震わせながら、山中慎二郎と対峙していた。


「何をふらついておる。俺の槍で一突きしてやる!」


槍が一閃し、あかねの目の前を鋭く裂く。反射的に身を引くあかねだったが、足がもつれ、危うく転びそうになった。その目には恐怖と覚悟が交錯している。慎二郎は冷笑しながら槍を構え直す。


そのとき——


「待ちな!」


突如響いた声に、一同の視線が道場の入り口に向いた。堀部映理、田茂麻呂、そして幸二郎が駆け込んできた。


「無粋な戦いはここで終わりにしてもらおうか!」


山中慎之介が立ち上がり、ふんと鼻を鳴らしながら名乗る。


「拙者は山中慎之介、諸国を回る武芸者で…」


しかし、その言葉を堀部が一蹴する。


「噂できいているよ。お前たちのことは、山中三兄弟?いや、豚野郎三兄弟ってみんな呼んで罵っているよ!」


慎之介の眉毛がピクリと動いた。顔を赤らめ、拳を強く握りしめる。


「何だと、ふざけんな!俺たちは真の武芸者だ!」


堀部はにやりと笑いながら、一歩前へと踏み出す。


「慌てなさんな!お前たちの相手はここにいるよ。二代目道場主、幸二郎殿だ!」


その言葉に幸二郎は静かに前へ出た。かつての迷いは消え、道場の主としての誇りがその眼差しに宿っていた。


あかねが身を引き、幸二郎がギラリと真剣を抜く。


慎二郎はにやりと笑い、「女なんかよりこっちの方がおもしろいや、俺のこの槍で天まで高くぶん投げてやる。」と嘲笑した。


言葉が終わるやいなや、慎二郎が槍を構え、一気に突きを放つ。幸二郎はその動きを見極め、一歩横へと跳び退く。槍の穂先が床を突き、木材が砕ける。


「速いな…だが、俺の槍はこんなものではない!」


慎二郎は素早く槍を振り上げ、再び攻撃を繰り出す。幸二郎は刃を閃かせ、槍の軌道を逸らす。金属がぶつかる音が響き渡る。


両者の攻防が続き、道場内はまるで嵐のような剣撃と槍撃が交差する。


しかし、そこは卑怯者の豚野郎三兄弟。


突如、三男慎三郎が立ち上がり、鎖鎌を回し、「えいっ!」と叫びながら幸二郎の右腕を捉えた。


鎖がガチリと巻き付き、幸二郎の動きが封じられる。その瞬間、慎二郎の槍が幸二郎の胸を狙い鋭く突き出された——!


堀部:「卑怯者!」

堀部は剣を抜きた。


すると、今度は慎之介が剣を抜き、豚野郎三兄弟と堀部・幸二郎の変則バトルが始まった。


堀部は鉄扇をなげる。鎖鎌を持つ慎三郎の首にあたりよろめく。堀部の凄まじい剣が慎三郎の額を割る。


「ぐわっ!」

倒れ込む慎三郎。


慎之介「よくも弟をやってくれたな!」慎之介と堀部が一対一で向かい合う。


堀部:「女剣士をなめるんじゃないよ!」


堀部は中断の構え、足を踏み込みながら慎之介を追い詰めていく。


慎三郎の鎖鎌の脅威がなくなると、幸二郎は自由に慎二郎を攻めまくる。


慎二郎の槍をかわした幸二郎の剣が袈裟懸けに慎二郎を斬り裂いた。


物凄い音が響き渡った。慎二郎は死んだ。しかし、幸二郎も腕に少し浅手をおってしまっていた。


田茂麻呂「やった!やった!幸二郎の旦那が勝った。豚野郎三兄弟の次男山中慎二郎をたった斬った!」

自分のことのように大喜びである。

急いで駆け寄り、幸二郎の腕にさらしを巻く。


残るは堀部対豚野郎三兄弟の長男山中慎之介の対決のみとなった。


場内の激闘がさらに激しさを増し、勝負の行方は混沌としていた。


【堀部映理対山中慎之介の戦い】


道場の外では風が静かに草を揺らしていた。道場内には血の匂いがわずかに漂い、先ほどまでの戦いの余韻を刻んでいる。慎二郎と慎三郎、豚野郎三兄弟の次男・三男は死んだ。今、この場に残るのは堀部映理と豚野郎三兄弟の長男山中慎之介だけだった。


慎之介は深く息を吐き、慎重に構えた。

刃に映る月の光が鈍く煌めき、彼の決意を映し出していた。対する堀部は、無駄な動きを一切見せず、静かに慎之介を見据えている。その眼差しには、すでに勝敗が決しているかのような冷徹な確信があった。


次の瞬間、慎之介が動いた。地を蹴る音が夜の静寂を破り、一瞬にして堀部の間合いへと踏み込む。鋭い剣閃が宙を切り裂き、音さえも置き去りにするような速さだった。しかし、堀部は微動だにせず、その動きを見極めていた。

刹那、堀部の刃が閃く。

慎之介の剣と堀部の剣が交錯した――かに見えた。

だが次の瞬間、慎之介の体が大きく揺らぎ、その膝が地面に落ちる。彼の胸元には深々と切り裂かれた傷が走り、血がゆっくりと地面に染み込んでいった。


堀部は静かに剣を収めると、深い溜息をついた。


豚野郎三兄弟はここに終焉を迎えた。


堀部:「これで、大橋道場もまた栄えるだろうよ」


田茂麻呂:「旦那!すごいや!すごい!」


静寂が訪れた道場に、再び新たな希望の風が吹き込む。


しかし、堀部と田茂麻呂の旅はまだ終わらない。


「旦那! 麻呂を置いていかないでくださいよ!」


田茂麻呂の叫び声を背に、堀部は笑みを浮かべながら歩き出した——。

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