第19話 茶の味に縁ありて。

 人に気をつけながら角を曲がり、辻を一つ過ぎてようやく目的の店へとたどり着く。

 扉を開けて入るとそれなりに客が入っていて、雰囲気に活気がある。

「いらっしゃい! 奥の卓に座ってくれ!」

 指し示された先には二人がけにはちょうどいいテーブル。その奥側にオーロラを座らせ、メニュー表らしきものを開く。

「飲み物は……これか」

 翻訳デバイスによって商品名と説明を理解する。

「どんなものが飲みたい?」

「甘いのがいい」

「わかった。えーと甘いのは、と」

 説明を信じて甜茶というお茶と自分用に烏龍茶を注文する。

 食べ物を注文するかは迷ったが、オーロラの手前で自分だけ食べるのも悪い気がしてやめた。


 少し経ってお茶が運ばれてくる。先に注いであげてから自分のお茶を淹れている間、オーロラはそれを眺めていた。

「先に飲んでてもいいよ」

「ううん、ウィッシュと飲みたいの」

「そっか、ありがとう」

 つくづく子どもらしいというか、底抜けの純粋さと善意がとても眩しい。

 自分が注ぎ終わり、口を付けるのと同時にオーロラもお茶へと口をつける。

 一口含むだけで香ばしい香りが口へと広がる。普段コーヒーばかり飲んでいるためにお茶は避け気味だがこれは美味い。

「このお茶、美味しい!」

 オーロラも大層気に入ったのか、ちびちびとではあるがお茶へと何度も口を付ける。

 ちゃんと希望通りにできていたか不安だったが、喜んでもらえたことがとても嬉しかった。


 お茶を味わっている間に店の扉が開く。誰かしら入ってきたようだ。

 少し気になって入り口へと目を向けると、見覚えのあるフード姿がそこにあった。

「いらっしゃい! いつものでいいかい?」

「ええ、どうもありがとう」

 どうやら常連らしい。何も言わぬまま一角のテーブルへと腰かけ、いつも頼んでいるであろうものが来るのを待っている。

 しかしそのフードは一切外さない、それが妙に気になって見つめてしまう。

「あら、貴方はさっきの」

 あまりにも見つめていた為か気づかれてしまった。


「どうも、先程は本当にとんでもないことを」

「私は気にしていないことです。どうぞ貴方もお忘れになって」

「ああ、はい……」

 どうにも気まずい。加害者側の罪悪感と言うべきか、茶の味が急に分からなくなるほどの緊張が走る。

「そちらのお嬢さんはご家族?」

「ええと、その」

 友人と言うには少し近すぎる。しかし恋仲ではない。かといって正直に言うべきでもないだろう、ならそういうほかは無い。

「まぁ、妹みたいなもので」

「その言い方、本当の兄妹じゃあないでしょう」

 間髪入れずに見抜かれた。さすがに挙動不審すぎたかもしれない

「……少し、事情がありまして」

 警戒すべきは誘拐犯と疑われる事だ。

 異国の地で捕まってしまえばどんな目に遭うかわかったものではない。

「なるほど。ふふ、からかってごめんなさいね。別に誘拐だなんて思いませんよ」

 さっきから思考がいちいちバレている気がする。

 背中を冷たい汗がなぞっていく。

「随分と懐いているのは分かります。きっと兄妹のように仲がよろしいのでしょうね」

「まぁ、はい」

 ちょうど料理がフードの人物へと運ばれてくる。

「大事になさって、その子を守れるのはきっとあなただけ。逆も同様なのだから」

「ありがとう……ございます」


 互いの机に向かい直し、目の前の料理や茶に集中しようとした空気が切り裂かれる。

「おい店主、来てやったぞ!」

 いかにもな悪人面の巨漢、さらには数人の子分まで引き連れている。

 直感がこの人物を危険と判断し、警鐘を鳴らしていた。

「もう来ないでくれと頼んだはずだろう」

「そんなことを言って、この店がどうなっても良いってのか?」

 周囲の人物を無理やり押しのけ、勝手に店の真ん中の卓へと座り込む。

 その途中で子分らしき一人がフードの人物へとぶつかったが謝りもしない。

「早く飯と茶を持ってこい! 潰されたくなきゃな!」


 誰も逆らおうとしない空気、そしてその横暴。それは、許してはいけない。

「オーロラ、少し大人しくしてて」

「わかった。頑張ってウィッシュ」

 オーロラは自分の目を見て、何かを察したのか机の下へと隠れる。

 フードの人物にぶつかった子分へと向かっていくと、毅然として言う。

「あの人に謝ってください」

「はぁ? なんだこの外国人」

 こちらを睨み、今にも殴りかかってきそうな程に顔を近づけてくる。

「あの人にぶつかったでしょう、謝ってください」

「うるせえなぁ、俺が誰の子分かわかってんのか?」

「知りませんよ。どこの誰だろうと、謝るのが当たり前でしょう」

「この野郎……! 外国人が、礼儀って奴を教えてやる!」

 顔を真っ赤にして殴りかかってくる。

 一発食らう覚悟程度はあったが、しかしその拳は恐ろしく遅く見える。

 神機に乗り続けている影響だろうか、己の動体視力と反射神経が研ぎ澄まされているのかもしれない。

 頭へと迫る拳を紙一重で避け、正当防衛だと示す為に頬を抑えつつ、顎へとアッパーカットを叩き込む。

 その一発だけで相手は脳が揺れたのか、そのまま回転しながら倒れ込んで気絶する。


「お、おい!?」

「やりやがったな外国人が!」

 周りの子分が次々と臨戦体勢になる。

「この霆泰ティンタイに逆らうとはいい度胸だ外人。お返しにこの国のやり方を教えてやる」

 さすがに多勢に無勢かもしれない。オーロラを抱えて逃げることも考えなければ……と思っていた。

 しかし突然響く雄々しい悲鳴。

 別の方向で霆泰の子分が吹き飛んで壁に突き刺さる。下手人はフードの人物であった。

「そこの頭巾野郎、お前もやる気か?」

「ええ、謝りもしない相手には礼儀が必要でしょう」

 いつの間にか手に持っていた棒を華麗に持ちながら、毅然と答える。


 空気が張り詰め、緊張が走る。

 いつまでそうしていただろうか、

「お前らやっちまえ!」

 その声が膠着状態を破る。数人の子分が自分たちへと襲いかかる。

 右から短刀を持って迫る男、しかしその動きはやはりとろい。

 横殴りに短刀を弾き飛ばすと、一瞬戸惑った男の顔面へとパンチをめり込ませる。

 その間に迫る別の男、何やら重りの着いた棒をこちらへと振りおろそうとしてくる。

 さっき殴り飛ばした男を盾に防ぎ、がら空きになった急所を蹴り昏倒させる。

 自分の横ではフードの人物が棒で数人を次々と打ち倒す。

 一人は鳩尾を突かれて蹲り、一人は急所を叩き潰されたのか泡を吹いており、また一人は戸を巻き込んで店の外で気絶している。

 細身な印象を受ける体とは対照に、自分よりも強そうに見えた。


 ものの数十秒で子分全員を倒されてしまった霆泰。いよいよ後がなくなったと見たのか、どこからか大きな刀を取り出す。

「生きて帰れると思うなよ!」

 さすがに素手では分が悪い。先程昏倒させた男の手から棒を奪い取り、剣のように構える。

 大きく予備動作をとって振るわれる刀、大きさからそれなりの風が吹いてくる。

 だが、正直言えば遅いと感じる他ない。

 もう一度振るわれる刀をしゃがんで避け、急所部へ棒を打ち込む。

「グゥッ!?」

 ほぼ同時にフードの人物が鳩尾へと棒を突き立てていた。

 同時に人間の弱い部位に攻撃を受けた霆泰は、部下と同じように泡を吹いて昏倒した。


 周囲の客からは歓声と拍手が上がる。ほぼ同時に何人かの兵士の制服を身につけた男たちが店へと入ってくる。

「この男たちでしょうか?」

 兵士たちはフードの人物へと指示を仰ぐ。

「ああ、例の所へ放り込め」

 さっきまでの柔和な言葉遣いは消えていた。

「はっ!」

 兵士たちが霆泰を連れていった後、フードの人物は店主へと向き直る。

「お騒がせしました。こちらはお詫びです」

 何やら手渡された店主の顔色が変化する。

「こ、これは!?」

「これで店を立て直すとよいでしょう。随分と壊してしまいましたから」

 こちらからは伺えないものの、フードを少しばかり上げたのが見える。

「あ、貴方は……まさか」

「今は、ただの客です。そしてこれからも」

 フードを再度なおし、棒をしまってから今度はこちらへと視線を向ける。

「ウィッシュさんでしたね。私の代わりに怒ってくれてありがとう」

「いえ……ただ、良くないと思っただけで」

「それで動ける人は少ないのです。その気持ち、大事になさって」

 そして開いたままになっている入り口へと歩いていき、

「また来ます」

 と店主に告げてからどこかへと消えてしまった。


「もう出てきて大丈夫だよ」

 机へと声をかけると、オーロラが首だけを机の上に出す。

「終わったの?」

「うん」

 警戒を解いたのか、椅子に座りながら体を完全に外に出す。

「飲み終わったら戻ろうか、そろそろ時間も遅くなるし」

「はーい」

 残っていたお茶をゆっくりと飲むのを眺めていると、店主が近寄ってくる。

「済まなかったね、お客さん。助かったよ」

 心の底から申し訳なさそうな表情をしている。

「いえ、多分僕よりもあの人の方が……」

「いやいや、お客さんがああしてくれなきゃ追い払える機会は無かったんだ。本当に助かった」

 そう言うと何かが入った袋が差し出される。

「これは?」

「せめてものお礼だ。お茶の茶葉とうちの点心、ぜひ貰っておくれ」

「ありがとうございます。お代とかは」

「不要だ、恩人にお代なんて貰えない。それに会計もいらないさ」

 さすがにそれは大丈夫なのだろうか。

 何やら店を直せる程度の何かを受け取っていたようには見えていたが。

「あの方が全部払ってくれたんでな。サービスってやつだ」

「ど、どうも」

「それにそこのお嬢さん、随分と美味しそうに飲んでいたろう? なら余計にお代は要らないよ」

 確かにあの笑顔はプライスレスだ。店主に素直に感謝を述べ、店を後にした。


 指定された地点にある巨大地下駐車場へと戻る。途中で寝てしまったオーロラを背負い、服や貰ったお土産を片手に階段を登るのはきつい。

 オーロラを寝かしつけ、ようやく部屋に戻ると数秒で眠ってしまった。

 明日はいよいよ大神機擂台賽。――少しまだ緊張はあるが、今日のことでいくらか気楽にもなったのだった。

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