第15話 AMNESIA

 フォンクォンに向け移動を始めたキャリアー。本来なら自分は警戒の為にメインブリッジか格納庫にいるべきだが、治療を受けるオーロラが心配でそばを離れることが出来なかった。

 大した外傷は無いとはいえ、細い身体とあまりにも白い肌を見ると胸が締め付けられるような感覚で心配だった。

ノアもそれを汲んでくれたようで、何も言わずに戻って行った。

 栄養補給用の点滴に繋がれ、ベッドの上で寝息を立てるオーロラは自分の手をしっかりと握りしめていた。

「すっかり懐かれてるのね」

 あらあら、とまるで近所の子供を見るようにミライは呟く。


「オーロラは記憶が無いから……僕を個人として最初に認識したんだと思います。多分」

「そうね、体に対して少し精神が幼くなってるわ。この子には貴方が余程の大人に見えているのよ」

 それこそ父親……いや、兄程度だろうか。20歳にもなってないというのに庇護してくれる大人として見られるのはなんとも不安だ。

「僕は、どうすればいいんでしょう」

「守ってあげたいって思っているのではなくて? そのままその心に従えばいいわ。この子には貴方以外を信頼するのにもっと時間がいるでしょうから」

「そう、ですね」

 自分の右手をしっかりと握りしめているオーロラの頭を、静かに撫でた。

 願わくば彼女の記憶が早く戻るように、そしてそれが辛いものでないように祈る。


 医務室で点滴治療を受けるうちに、ようやくオーロラの体に血色が戻ってきた。今にも消えてしまいそうだった寝息も、生命を感じるようなしっかりとしたものへとなっている。

「食事は慎重にする必要があるけれど、もう体調は問題は無いかしらね」

 ミライは点滴を取り払い、身体を少し調べてそう告げる。

「良かった……」

「心配しすぎよウィッシュ君。あまり不安な顔してるとこの子までそうなっちゃうわよ」

「分かってはいるんですけどね……」

 目が覚めたのか、オーロラはいつの間にか起き上がっていた。

「起きたのね、気分はどう?」

「気分……だいぶいい」

 少しぼんやりしてはいる、しかしながら力強いとまでは行かなくともか細かった声に気力が乗っているのを感じる。


「もう動いても大丈夫そうね。まずは服を着替えて、そうしたらあなたの部屋に案内するわ」

「服、部屋……わかった」

 カーテンが閉じられ、十数分の間の衣擦れの音の後にもう一度開く。

「ナストアさんのお下がりだけど……ピッタリね」

 腕と鎖骨部が大胆に露出したタンクトップにツナギのエンジニアっぽい服装、自分の服をあちこち眺めてキョトンとしているその様子は可愛らしい。

「あれよりスースーしない、良い」

 どうやらお気に召したようだ。

「じゃあ次は部屋ね。ウィッシュ君、案内してあげて」

「僕ですか?」

「ええ、だって貴方の部屋の隣だもの」

「ああなるほど……いや待ってください?!」

 オーロラの正確な歳は分からないけれど、それなりに近い年齢の男女が隣の部屋というのはダメだろう。


「あまり空き部屋にも余裕が無いのよ、よろしく頼むわね」

 ミライは一方的に告げるとオーロラの方へ向き直る。

「体調が悪くなったらいつでもいらっしゃい。あと食事の時もね、あなたはまず流動食から始めた方が良さそうだから」

「わかった、ありがとう」

 ぺこりとお辞儀をし、お礼をしてから自分の方へ小走りに近づいて来る。

「行こ、ウィッシュ」

 と急かすように押してくる。そんなに部屋が待ち遠しいのだろうか

「じゃあよろしくね」

 ひらひらと片手を振って、ミライは自分たちを見送った。


 エレベーターに乗り自分の部屋のある階へ登る。

 自分の部屋は出撃のしやすさを考慮してあるのかエレベーターと階段のすぐ側にあり、割と直ぐにたどり着ける。

「ここが僕の部屋で、オーロラはこっちだね」

 ドアを開けると小綺麗に整理された部屋、ベッドだけが置かれている状況は自分が初めてここに来た時の状況と似ている。

「私の……」

 部屋に入ってあちこちを眺めたり、窓から外を覗いたり、ベッドに飛び乗って跳ねたりしている。女の子が使うには殺風景だが気に入るといいのだけれど。

「……ウィッシュの部屋、入っていい?」

 ベッドの上で急に静止したかと思うと、こちらを向いてとんでもないことを聞いてきた。

「えっとー……それは……」

「ダメ……?」

 真っ赤な瞳を潤ませる様子がうさぎのように見えてくる。可愛らしいし断れない。

「わ、わかった。いいよ」

 パァと子供のような笑顔を浮かべ、嬉々として自分の部屋に入っていく。


 まだ日が浅いとはいえ、自分の工具などを置いているせいか部屋は少し錆臭い。

「道具は危ないから触らないでね」

「うん」

 部屋をぐるりと一回りし、ベッドに飛び乗るとその上へ寝転がる。

「ふふ、ウィッシュの匂いがする」

「恥ずかしいからやめて……」

 発言と行動に反して見た目が自分とそう年齢が変わらないから心臓に悪い。

「ねぇ、ウィッシュってどこから来たの?」

 オーロラの両腕は己の枕を抱きしめている。

「僕? 僕は工業国のルールから来たんだ」

「ルール。うーん、聞き覚えない……」

「いい所だよ、機械に囲まれてて。鉄と油の匂いがいつもしてる」

「ふぅん……この部屋みたい」

「ルールじゃあもっと濃い匂いだよ、何せ街自体が機械仕掛けになってるから」


「そうなんだ……いいなぁ、国」

 彼女には記憶が無い、それ故に自分の本当の故郷すら思い出せない。

 帝国である可能性はあるにせよ、彼女が記憶を取り戻さなければそれは真の意味で故郷とは言えない。

「記憶が戻れば、きっとオーロラの国も見つかるよ。安心して」

「……うん」

 とは言っても解決策は自分には無い、向かっているフォンクォンの皇帝に会うことでそのヒントを得られるのだろうか。

 思考に入ろうとした時、轟音がそれを阻む。

「爆発!?」

「なに? 怖い、怖いよウィッシュ……!」

 パニックになるオーロラを抱き寄せ、部屋からビデオ通信をメインブリッジにかける。


「ノアさん、一体何が!?」

「敵襲だ、グレガリアの残党共が来やがった。行けるか?」

 映し出された映像には数にして4体程のモノ・アイの発光が見える。

「すぐに行きます!」

「こっちからはジークも出す、焦るなよ! 嬢ちゃんに怪我をさせるな!」

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