新しき時代の風

砂漠編

第1話 銀翼の神機

 統一暦16年 6月


「コーヒー1つ、砂糖はなしで」

 屋台の中年男性に声をかける。

「ハイヨー、300sandllサンドルネー」

 翻訳デバイスの癖だろうか、少し癖のあるイントネーションで返事が返ってくる。

 屋台にしては少々値段が高いなと思いつつもポーチから小銭を3枚取り出しトレイに置く。

「チョウドネ、マイドアリー」

 手渡された紙のカップに入ったコーヒーは吸い込まれそうな程に黒い。その場で飲むのもあれなので停めてある小型バイクに戻ることにした。バイクの座席に座れるのでその点でもいい選択だろう。


 無権地帯の荒野や砂漠はこういった「旅団の民」による移動式バザールが点在していて、旅の中で立ち寄ると色々面白いものが見られる。自分の国が由来の物ですら独特のアレンジをされているので見飽きることは無い。


 コーヒーを飲み終え、ゴミを捨てる場所を探しに行くついでにとある物を探す。

「ここはだいぶ大きい旅団だし、トシ以外の神機しんきが見れるかも……イシュタムとか見れないかな」

 前述した面白いものは様々あるが、工業国出身である自分にとって最も面白いものは神機と呼ばれる人型兵器だ。こういった旅団では荒事も常であるため、平和な国では見ることが出来ない戦闘用の物が見れるのである。

 車などのあいだを抜けて進むうちに、あらゆる物の中でも一際も二際も大きな、まるで空母を改造したような見た目をした迷彩色の装甲車が見えてくる。旅団全体の移動の際の母体となったり、格納庫や神機を発進させる役割などの様々な機能を複合的に持っている超巨大特殊車両『キャリアー』、目的の物だ。

「入って大丈夫かな? 」

 入口近くを見回すが人の気配は無い。思い切って扉に手をかけるとロックもかかっていない。

「失礼しまーす……」

 やはり返事は返ってこない。まぁ咎められたら謝ればいいだろう。己の興味を満たす為にも多少は勇気を出さねばならない。


 運良く格納庫区画に入れたようで、入ってすぐに神機らしき大きなレッグが目に入る。同時に感じるのは鉄と錆の匂い、この匂いはいつだって故郷を思い出させる。

「これは……トシか、でも綺麗だな」

 あちこちの装甲が開いて配線が見えているのはおそらく整備中ということなのだろう。土気色の無骨で角張ったフォルムのボディ部分とは逆に、球を半分に切ったような丸めの頭部に着いているモノ・アイの赤い発光色を放つ複合センサーがこちらを見るように向いている。トシは陸戦型として公的民間問わず最も運用されている神機だからいい加減見慣れてきた。

「こっちはトラロック? しかもセンサーの量からして初期の狙撃タイプだ、すごいな」

 左の方に鎮座しているトラロックと呼ばれるその神機は、砂漠にしては目立つコバルトブルー色に染まった重厚なボディ、そして狙撃兵向けにモノ・アイ以外にも複雑なセンサーがいくつも付いた楕円形の頭部が特徴的だ。幾つもの古傷がついているのを見るに統一戦争時期からあったに違いない。工業モデルなら故郷で乗ったことはあるが、これとは色々と異なる。

 骨董品とまでは言わないが随分とレアなものだ、これを見れただけでもかなり自分の目的が達せられたと言ってもいいかもしれない。


 さらに奥に進むがあるのは最初に見たものと同じようなトシが4機ほど、まぁそんなものかと戻ろうとした時、まだ1ブロック分奥になにかある事に気づく。

 障害物を避けて入っていくと、奥にまるで格納庫の主のように置かれた神機があった。

「銀色の神機? 始めて見る……」

 それは他の機械的な神機とは違う、生物的なモチーフをとっていた。具体的に言うなれば猛禽類と人が融合したようなものを模したような特徴の頭部を有している。しかもトシやトラロックとは違い視覚センサーは薄緑色のツイン・アイ、それによってますます生物的に見えてくる。そのボディはまるで鎧を来た戦士のような細身で、さらには猛禽類のイメージを補強するかのように背面に鋭利な一対の機械的な翼が備わっていた。

 さっきも言ったように、それの全身は多少の金属らしいくすみがありながらも、戦場に立っていたら一種の異質さを覚える銀色の装甲を持っている。そしてその装甲の隙間を埋めるように翡翠のような透き通る薄緑色のエネルギー・ラインが走っていた。兵器と言うよりは古代の神像に近い何か、そういった風体であった。

「戦争時代の神機かな?それにしたってこんなのが居たなんて聞いたことないし……」

 統一戦争時代にはトラロックやトシといったHB型を凌駕する性能であるGA型神機が多く存在したと言われている。

 それはとてつもない巨体であったり、獣のような荒々しいものであったり、サメのように海中から現れるものであったりしたそうだが、鳥のような機体の話は聞いたことがない。


「坊主、そいつに興味があるのかい?」

 いきなり背後から声をかけられて驚く、振り返ると一人の中年の男がいつの間にか立っていた。

 外見は決して筋肉質という訳では無いがしっかりとした体つきで、その肌や顔にはいくつかの大小様々な傷跡が走っている。

「あっ、すいません。勝手に覗いてしまって」

 反射で謝る。許可を得ず入ったのだからまずは謝罪するべきだという意識が働いてしまった。

「いやいや別に怒っちゃいねぇよ、ただそいつに興味があるやつは珍しくてな」

 そいつというのはおそらくこの銀色の神機のことだろう。

「そうなんですか? こんなに綺麗な神機なのに」

「綺麗……ね。そんなことを言うやつも珍しい」

 しみじみとつぶやく男の言葉にはどこかしら含みがある。

「坊主の言う通りこいつは戦争時代の神機の改修型だ。ただ乗れるやつが居なくてな、こうやって死蔵してる」

「へぇ……だとするとGA型なんですか?」

「詳しいねぇ。そうさ、だからこいつは死蔵されてる。乗れるやつがいたら随分と楽になるもんだがな」

 改めて目の前の銀色の神機を眺める。もしこれが動いてたらどんなにすごいのだろう。もし自分が乗れたなら……


 そんな妄想を膨らませようとしていた所を轟音が劈く。

「何だ?」

 男の目の色が変わる。これは戦いに慣れた人の目、軍人の目だと直感する。

「ここにいたか旅団長! 敵襲だ! グレガリアの奴らがまた襲撃してきやがった!」

 後ろから比較的若そうな女性が叫びながら近寄ってくる。

「懲りないクソ共だ……ナストア、動かせるのは?」

 ナストアと呼ばれた女性は首を横に振る。

「ダメだ、全部まともに動けねえ。せいぜい固定砲台代わりがいいところだ。……てかコイツは?」

 ナストアは自分を見て指を指す。

「この坊主は銀色に興味があるんだとさ。今は構う必要はねえ、とりあえず銃やら持ち出しせ、何もしないよりはいい」

 この人はこの旅団の長だったのか、一番偉い人にいつの間にかあってたとは恐れ多い……が、今は敵の襲撃でそれどころではない。

「アンタもそんなボンクラに興味なんてもつんじゃあないよ。とりあえず逃げな、最悪巻き込まれて全滅だよ」

 銃を取り出しながらナストアは自分へ脱出を促す。

「あの……これ動かさないんですか?」

「馬鹿いうんじゃあないよ、そいつを動かせるんなら誰だって苦労しないのさ。そんなホコリ被り今更頼るかよ」

 この時自分は「これはチャンスだ」と思った。なぜそう思ったのかは分からない。でもこの時のこの言葉が、全ての運命を動かした。


「じゃあ、僕が乗ります。乗らせてください」

 その言葉を聞いた二人はとても驚いたような顔をして、互いに顔を見合わせる。

「アンタ本当にバカなのか!? それが何か分かってんだろうね? 自殺行為だよ!」

「大丈夫です、トラロックなら工業モデルですけど動かしたことはありますから」

 思い返すと自分でもなんの説得になっていないと思う。でもこの時の自分は、そういった死線に立たされてることで考え無しになっていたのだろう。

「アンタねぇ……!」

 何か言おうとするナストアを旅団長が制する。顔にはニヒルな笑みを浮かべている。

「いい、やらせてみよう。どうやら自信があるみてェだ」

「旅団長……!」

 旅団長は何かを自分へと投げ渡す、キャッチしてから見るとそれはカード型のカギだった。

「そいつが銀色の起動キーだ。せっかくだし坊主に賭けてみようじゃねえか。ナストア、パイロットスーツ持ってこい」

「……ああもうわかったよ!」

 ナストアは銃を置くと急いで奥に走っていく。旅団長は自分に近づくと指を三本立てて話し始める。

「お前さんに俺たちの命を預ける以上、俺と契約してもらう。まず一つ『生き残れ』死んだら元も子もねえ。次に二つ『相手を殺すな』殺しは余計なトラブルを招くからな。そして三つ……これはお前が生きて帰ってきたら教えてやる」

「わかりました」

 返事を聞いた旅団長は深く頷く。

「いい返事だ。坊主、名前は?」

「ウィッシュ、ウィッシュ・エンバークです。出身は工業国ルール」

「ウィッシュか、いい名前だ。俺はノア・ダンブライト。もうわかってるとは思うがここの旅団長をしてる」

 経験則でしかないが名前の響きからして生粋の旅団出身では無さそうに思える。帝国人の名前に近いような気が少しする。だが今気にするべきでは無いだろう。

「持ってきたよ!」

 投げ渡されたのは全身用のパイロットスーツ、そして鼻から口部分が重厚に守られているヘルメットだ。

「中にインカムが入ってるからそれで指示を聞け、乗り込んでから着替えろよ。上着は脱ぐのも忘れるな」

「はい!」

 銀色の神機へと近づく、するとボディ・ブロックの前方が上に開きコックピットが露出する。

 話からして十数年動かされていないはずのその内装はホコリひとつなく、一部の部品の多少の劣化を除けばほとんど新品と同じように見える。

 おっかなびっくりではあるが縁へと足をかけて乗り込む。同時にコックピットが閉じ「Insert the key.」と帝国語でモニターやデジタル計器に表示される。

「はいはいちょっと待ってね……」

 急いで上着を脱いで適当な場所に置いてからパイロットスーツに脚を通す。サイズは少々ブカブカに感じたが、袖を通してジッパーを締め、首元の調整用ボタンを押すと体にフィットする。

 ヘルメットは被った後、耳の位置にあるボタンを左右同時に押すことで、きっちりと首と頭に固定された。

『聞こえるか?』

 内蔵されたインカムからノアの声が聞こえてくる。

「はい、問題ないです」

『よし。ならそいつを起動しろ』

「はい!」

 細長いカード型の起動キーを差し込む。「Hello Master.」とモニターに表示され、コックピット全面のモニターいっぱいに視覚センサー越しの格納庫の様子が映し出された。

 同時にデジタル計器には機体名と型番が映し出される。

「機体名は……『GAM-013-M:Kukulcan』、ククルカンか」

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