面食いですわよ

有間ジロ―

面食いですわよ

 私、エリーゼ.コートワーズは今年この国の王立学院に入学しました。この学院は基本的に貴族の令息令嬢や少数の裕福な商人の子供達が通う学院です。中には能力的に認められた平民がほんの少人数いますが。

 私はの家は貴族とは言っても農産物を主収入とした田舎貴族です。私はのどかな田舎で育ちどちらかというと農民に近いような感覚を持っています。ですから学院に入るために王都に出てきたのはいいのですが、煌びやかな方たちには免疫がなく間近で目にするととても緊張してしまいます。それに上位貴族の子息令嬢の中にはあからさまに下位の者を見下している方々がいるので、できるだけ近づかないように大人しく日々を過ごしております。私は見た目も装いも地味なのでその点は問題はありませんでした。


 ところがある日突然、休み時間に中庭のベンチに腰を掛けていると美しい女生徒に声をかけられてまいました。


 ‟こんにちは、お隣、いいかしら? “

 ‟ア、アビ…ル様”

 ‟あら、私の事ご存じ? “


 ご存じないわけないじゃありませんか!


 目の前に立っていたのはこの国の第二王女アビゲイル様。美の女神もかくやというお姿で私をまっすぐ見つめています。まぶしくて目も開けられない位神々しいオーラを放ちながら。


 ‟アビゲイル様…ど、どうぞ“


 彼女は口を狼狽える私の隣に腰を掛けたのでお顔がさらに近くなってしまいました。

 

 目が潰れてしまう~!


 ‟同じ学年なのにまだお話をしたことがなかったでしょう?お友達になりたくて声をかけてしまったの。私のことはアビーと呼んでくださる? “


 呼べるわけないじゃありませんか!


 ‟あなたはエリーゼ.コートワーズ様ですわよね? “

 ‟は、はい”


 周りの視線が痛いです。

 当然のことです。アビゲイル様は王女というだけでなくその美しすぎるご容姿のせいで上位貴族の方々でも容易に声をかけることが出来ないと聞いています。柔らかな絹糸の様な御髪が波打ち、青空を映し出したような瞳。瞬きをするたびに長い睫毛がばっざばっさと風を起こします。ビスクドールのようなすべらかな肌、つやつやしたピンクの唇。すらりとした肢体にきれいな曲線を描いた胸元と腰回り。立ったり座ったりのしぐさも優雅で同じ制服を着ているとは思えない程絵になります。


 そんなアビゲイル様が私の様な目立たないその他大勢の一人に声をかけ、隣に座ってしまったのですから!

 あ、いい匂い…


 女性からも男性からも嫉妬の周波が送られてきますが私にどうせよというのでしょう。


 ‟お一人でくつろいでいるときに、迷惑だったかしら…? “


 硬直して返事を返せない私の顔を覗き込んでアビゲイル様は眉を下げる。


 ‟ままま、まさか、迷惑なんて“


 ようやく声を絞り出した私に満面の微笑を向けて


 ‟よかった!これからはエリーってよんでもいいかしら?”


 と手を握ってきた。

 私は必死で頷きました。


 ‟きゃあ!エリ―! “

 ‟?”


 突然アビゲイル様が驚愕の表情で悲鳴を上げられました。

 どうされたのかしら。


 ‟ハンス!ハンス! “


 途端に目の前に一人の青年がすっと現れました。今まで一体どこに。無表情で特に目立った特徴のない方です。護衛の方なのかもしれません。


 ‟妃殿下、大丈夫です。鼻血を出しただけです”


 青年は冷静にそう言うとハンカチを私の鼻に当てました。あ、私鼻血を出してしまったのね。ハンカチもいい匂い。


 大丈夫だという私の言葉は押し切られ医務室に連れていかれてしまいましたが、おかげで周囲の視線から逃れられアビゲイル様とたくさんお話が出来たのでよかったです。アビー様と呼ぶように約束させられてしまいました。

 恐れ多い…


 話してみるとアビー様はとても気さくな方でご身分やご容姿の所為で周りから遠巻きにされているのがさみしいとおっしゃいました。だから私はアビー様とお友達になったのです!


 どういうわけかアビー様に気に入られたようで学院にいる時は常に一緒に行動するようになりました。そのせいでたまに一人でいると他の御令嬢から嫌がらせを受けるようになりました。

 そう、今まさに。


 今日はアビゲイル様はお城で所要があるとかでお休みしています。私は公爵令嬢アリアナ様とその取り巻きの御令嬢たちに囲まれています。


 ”ねえ貴女。最近ずいぶんアビゲイル様にまとわりついているようだけど、ご自分がアビゲイル様のご学友として隣にいるのがふさわしいと思っているの? “


 げっ!と心の中ではしたなく思ってしまったのは許してください。そしておそらく顔に出てしまったのも。目の前で両腕を胸の前に組んで立っているアリアナ様は険しいお顔をしています。もともと美しい容姿をされているのでしょうが目元にがっちりしっかりとお化粧をされているので存在感というか、圧がすごいです。睫毛などビシバシ長くとんがっていて、刺さったら血が出そうです。しかも私より背が高いのにヒールの高い靴を履き髪を高い位置で結わえているのでますます大きく見え、上から睨んでくるので私はまさに蛇ににらまれた子ウサギです。

 こんな時はどんな返事をするのが正解なのでしょうか。


 ‟ふ、ふさわしいと思っているわけでは… “

 ‟ふさわしいわけありませんわよねぇ。ご自分でもわかってるでしょう? “


 アリアナ様の周りにいる取り巻きの方々の一人が畳み掛けるように言ってきました。


 ‟じゃあどうしていつもアビゲイル様にいつも付きまとっているの? “

 ‟つ、付きまっとてなど… “

 ‟付きまとっているじゃない!毎日毎日朝から夕方まで休み時間もお昼の時も!”

 ‟そ、それはアビー様が…”

 ‟アビ―様⁉貴女誰の許しを得てアビゲイル様をなれなれしく呼んでいるの?”

 ‟そ、それもアビー様が…”

 ‟あなた一体何様のつもり! “


 正直言ってイラっときました。だっていろいろ聞いてくる割には最後まで返事をさせてもらえないんですもの。でも、それが顔に出ていまったのかもしれません。アリアナ様はキー!っという顔で手を振り上げました。


 ‟そんな顔をして生意気な!子ザルのくせに“

 せめて子ウサギと言って下さい!


 叩かれる!ととっさに目を閉じて首をすくめてしまいましたが衝撃は襲ってきませんでした。その場がシーンとなったので恐る恐る目を開けると、アリアナ様の振り上げた手は一人の青年に掴まれていました。アビー様によく似たご容姿の美しい男性でした。


 ‟おやおや怖い場面に出くわしてしまったようだね。一体何事だい?”


 アビー様には二歳年上のお兄様がおります。そう、この方が第二王子フレドリック殿下です。この方もアビー様に負けず劣らず見目麗しく学院内外で絶大な人気を誇っております。

 そのフレドリック殿下がご学友か護衛の方たち(おそらくその両方)とともにこの場に登場したのです。

 太陽神の彫像に息を吹き込んだならこうなるだろうと思われるような精悍で麗しいお顔。姿勢よく引き締まった体の線は制服を着ていても、良く鍛えられているのがわかります。剣の腕は騎士たちと遜色ないと言われる噂を裏付けるものです。アビゲイル様とよく似た顔をされていますがそこには女々しさなど感じさせず、でも気品と威厳は同じものを漂わせておられます。フレドリック殿下は口調は柔らかいもののやや不機嫌な表情をされています。


 ”フレ…殿下… “


 手を掴まれたアリアナ様も取り巻きの令嬢たちも真っ赤になったり真っ青になったり動揺しまくっております。私ははしたなくもぽかんと口を開け、見つめてしまっているのに気が付いて慌てて口を閉じました。殿下は私の方を見て自分の口の端をちょんちょんとつつきます。え?と思い私も手を口もとにあてると、あれ?よだれ?


 殿下は慌ててハンカチで口元を隠した私をチラッと見てクスリと笑ったようです。


 く、恥ずかしい…


 ‟こ、この方が妃殿下に付きまとったりなれなれしくお名前を呼んだりりしているので貴族としての礼儀を教えて差し上げようと“


 ‟アビーからは学園で仲のいい友達が出来たと聞いている。それに学園内では身分によって待遇を変えたり差別したりすることは良しとされていないはずだ“


 確かに建前上はそうなっております。


 “で、ですが王族の方を愛称で呼ぶなどといくら何でも…”


 アリアナ様がそう言うと


 ‟だからといって叩くなど、やり過ぎではないか? “


 殿下の眼差しが一瞬厳しくなりました。見ているだけでヒヤリと背筋が寒くなります。

 でも、次の瞬間ふわりとゴージャスな微笑を浮かべました。。


 ‟もちろん君たちも僕のことをフレドリックと呼んでくれて構わないよ”


 なぜか真っすぐ私の方を見ています。

 殿下のその言葉に御令嬢たちは真っ赤になって口々に


 ”フレドリック様… “”フレドリック様… “


 と連呼しています。


 ‟ほら、もう休み時間が終わるよ。教室に戻ったら”


 ちらっと学舎の方を見て発せられたその言葉に御令嬢たちは優雅に淑女の礼をして名残惜しそうに去って行かれました。私も慌ててフレドリック様に礼をしてその場を離れます。

 すると後ろから


 ”子ザル… “


 という声とぷぷっと噴き出すのが聞こえてきました。

 それは私のことだと自覚しさすがに恥ずかしくなってかっと顔が熱くなりました。そう、私は領地でも‟子ザルお嬢“と呼ばれることがよくありました。農地や森を駆け回っていたので日に焼けて浅黒い肌。ガリガリの手足に小さいけれど小回りの利く体で実は木登りだって得意です。鼻も低いし大きすぎる目はいつもキョロキョロしていて、性格もじっとしていられなく落ち着きがないといつも母に叱られていました。

 でも領民や家族が”子ザル”と呼ぶときには親愛の情が籠っているので気になりませんでしたし自分を恥ずかしいと思ったこともありません。ですが王都に来てこの学院に入ってからは私の容姿が貴族令嬢らしからぬものだという事言うことを実感させられました。陰で”子ザル“と囁かれていたのにも気づいていました。それでも貴族としてのマナーはきちんと学んできたしお兄様について勉強も頑張ってきました。王都に来る前にはダンスやドレスの着こなし方についても集中講義を受けてきました。恥じることはないと自分に言い聞かせてきましたが、王都の貴族の方々とのあまりの違いに落ち込んでしまっていたのは事実です。だから学院ではらしくなく大人しくしていたのでお友達もなかなかできませんでした。そんな私にアビー様が親しく声をかけてきてくださったのはとてもうれしかったのです。


 ああ、でもフレドリック殿下にも笑われてしまいました…


 ~~~


 “こんにちは、子ザルちゃん”

 ‟で、殿下、本日もご機嫌麗しく…”

 “いやだなぁ、そんなにかしこまらないでって言ったじゃないか”


 なぜかはじめてお目にかかった日からフレドリック殿下が毎日声をかけてこられます。


 “またお兄様!せっかくエリーとお話してたのを邪魔して!しかもなれなれしすぎます”


 アビー様が美しい眉間にしわを寄せて恐れ多くもフレドリック殿下をしっしっと手で追い払おうとしています。


 “いやだなあ、僕たちも友達になったんだよね?”


 え、いつ…?


 “この前アビーが休んだ時に”


 私の心の声が聞こえていたのでしょうか。


 フレドリック殿下のおかげで周りからの視線がさらにキツイものになりました。

 ああ、そっとしておいて頂きたいのに。


 “そうつれなくしないでよ。ねえ、エリー嬢も兄上の婚約披露パーティーに来るんだよね?”

 “もちろんですわ”


 返事をしたのはアビー様。

 最近アビー様とフレドリック殿下の兄上である王太子殿下の婚約が決まったそうです。実はこの王太子殿下、とっくに適齢期なのに大変な面食いだそうで婚約者がなかなか決まらなかったとか。他国とは数百年戦争など起きておらず、隣国との関係も良好。よほど人格や身分に問題が無ければ政略結婚する必要がなくご本人の希望が通るようで。そのせいなのかどんな令嬢が王太子妃になるのか注目されていました。    有力な公爵令嬢、隣国の美姫など山のような候補者がいたそうなのですがどなたもお眼鏡にかなわず。噂では“好みの容姿ではない”のが理由だったとか。それがこの度とうとう婚約が決まったのです。少し離れた小国のお姫様だと聞いています。

 我が家も貴族の端くれなので婚約披露パーティーには招待されております。少し野次馬根性が入っていますが私もどれほど美しい方が選ばれたのか正直なところ興味があるので楽しみです。



 ~~~



 ‟あれが、王太子殿下の婚約者様… “

 ‟なんというか、かわ、可愛らしい、方ですな”

 ‟ロキデア王国の第四王女だ”

 ‟あそこは小国ですが希少な鉱石が採れるといいますからな”

 ‟あれほど容姿の選り好みをされていたのに”

 ‟やはり王太子殿下も結局は国の利益を考えて選ばれたのでしょう”


 よく聞けば失礼なささやきがあちこちから聞こえてきます。

 今宵は王太子殿下の婚約お披露目パーティー。

 今、王太子殿下とその婚約者様が会場に入場されたところです。王太子殿下は噂では大変な面食いでなかなか婚約者が決まらないという事でしたが。


 北の国から来られたカテリナ王女様。

 非常に色白で桃色がかったふわふわの金髪で背の高い殿下の隣に並ぶと胸のあたりまでしかありません。にこにこと笑顔を振りまいていらっしゃいます。


 王女様は非常に非常にふくよかな方でした。なにもお口には入っていないのにほっぺたがぱつんぱつんしています。マシュマロの様な、いえ、東国にあるというスィーツ、穀物を蒸してつぶして丸めたモチ?とかいう食べ物の絵を見たことがありますが何となくそれを思い起こさせます。

 なんというかお菓子やお肉がお好きなのでしょうね、と思ってしまいます。


 お隣にいらっしゃる王太子殿下もニコニコとお幸せそう。

 お二人は会場の中央に進み出てダンスを始めました。意外にも軽やかに踊っておられます。



 私の両親はあちこちに挨拶に行ってしまい、私も何となく同じ年ごろの令嬢たちの輪の中に入ってしまっていました。


 ‟王太子殿下はとても乗り気だっんですって“

 ‟初めてお会いしてすぐご結婚を申し込まれたとか“

 “ロキデア王国では国民にとても親しまれている王女様で遠国に嫁ぐという事であちらの両陛下も初めは渋っていたのにどうしてもと懇願したらしいですわよ”

 ‟あの王太子殿下のお顔、ご覧になって”

 ‟とろけそう”

 ‟殿下はきっとカテリナ王女のお人柄が気に入られたのよ。とても気さくな方らしいですわよ。それかお国の利益のために選ばれたのに決まっているわ。そうでなければあんな”


 私を子ザル扱いした公爵令嬢が訳知り顔で話しています。彼女も実は婚約者候補だったらしいですけど選ばれなかったのですね。その発言は婚約者様のご容姿をけなしてると同時にご自分の性格に難ありを認めてることになるのでは…


 ‟あら、お兄様は面食いですわよ”


 その言葉にみんな一斉に声のする方を振り向きました。

 深いブルーに金糸の刺繡の入ったドレスをまとったアビー様が立っておられました。おそらく学友たちが集まっているので声をかけに来てくださったのでしょう。

 豊かな髪を結い上げいつもの10倍くらい王女然とされているお姿にうっとり見とれてしまいます。アビー様のドレスの裾や胸元によく見ると所々に黒い刺繍でアクセントが付けられていてまばゆいお姿に少しだけ落ち着きを与えています。


 ‟もちろんカテリナ様はとても楽しくてお優しくて気さくな方です。少しお話するとお人柄がよくわかるわ。とても博識ですしね“


 そうおっしゃるとチラリと公爵令嬢を見て


 “でも、なによりもお兄様の一目ぼれでしたのよ。お兄様の噂ご存じでしょう?ものすごく面食いなんですよ”

 ‟ …な、まさか、あんな白ぶ“


 わなわなと震える公爵令嬢様。


 ‟おっと、言葉は選んだ方がいいよ?”


 アビー様の後ろにはフレドリック様が立っておられました。


 ”フ、フレドリック様“


 キャーという小さな悲鳴があちこちから聞こえてきます。ああ、この方もまぶしすぎます。王族の正装など間近で目にしたのは初めてなのです。学園では無造作に降ろしている前髪を上げて撫でつけているので額から輝く目元まであわらになっています。めまいがしてきました。


 ‟兄上はとにかく柔らかくて白くてふわふわしたものがお好きなんだ。そして甘い匂いのするもの。香水や化粧くさいのが何よりも嫌いだしね。だからカテリナ様はまさに兄上の好みのど真ん中。お優しい明るい性格もあの笑顔ににじみ出てるしね。本当に一目で恋に落ちたと言っておられたよ“


 確かに今、最初のダンスが終了したところで王太子殿下が、愛しくてたまらない!といったご様子で王女様を抱きしめてしまわれました。むぎゅーっという音が聞こえてきそうです。両手が王女様の背中に回りきれておりませんが、そこは指摘しないのが礼儀というものでしょう。


 ‟さて2曲目のダンスがもうすぐ始まるな”

 御令嬢たちがピクリと反応します。

 ”僕と踊っていただけますか? “

 その手は私の方に向かって差し伸べられました。

 な、なぜに…

 断れるわけもなくあっけにとられているアリアナ様とその仲間たちを残して私は引きずられるように中央に連れていかれました。

 ダンスは練習しました。しましたが…


 ‟あの、私ダンスはあまり得意では… “

 ‟大丈夫。僕は得意だからまかせて。それに君は運動神経がいいだろう? “


 フレドリック殿下は片目を瞑って私の腰をくいっと引き寄せました。

 足を踏んでしまっても知りませんよー

 ほとんど抱きかかえられる感じでくるくると回ります。なんだか楽しくなってきました。

 よいのでしょうか。楽しんでしまって。



 ~~~



 婚約披露パーティーの後。

 王族一家は珍しく揃って家族団らんの一時を過ごしていた。


 ‟フレドリックが珍しく自分から積極的に御令嬢をダンスに誘ってると思ったら”

 ‟いかにもフレディが好みそうな御令嬢でしたわね”


 両陛下も今夜のフレドリックを思い出しながら微笑む。


 ‟エリーはかわいらしいでしょう? “


 アビゲイル王女が自慢するように言う。

 その時ダン!とテーブルを叩く音がしフレドリック王子が頭を抱えて呻いた。


 “そうなんだ!ああ、くるくる動く表情につぶらな瞳。思わずかじりついてしまいたくなるちんまりとした鼻。柔らかな栗色の髪に健康的な肌。僕の腕の中にすっぽりと納まってしまうくらい華奢な体なのによく見ると細い手足にはしっかりと筋肉がついている。木から降りられなくなった子猫を助けるために木に登ったあのしなやかな動き。周りに人がいないか確かめるためにきょろきょろと周りを窺う様子。子猫に説教をする真剣な眼差し。さっきダンスをした時には野に咲く花のような香りがしたよ。思わず首筋を舐めてしまいそうになった”


 悶えながら自分の世界に浸りエリーゼの事を語っている。完全に同意だけれどこう何度も繰り返されるといい加減うんざりする、とアビゲイルは生ぬるい目で兄を見た。


 “まったく、フレディお兄様も面食いですわよね”


 それぞれ好みは正反対だが共通しているのは王太子もフレドリック王子も化粧と煌びやかなドレスで着飾り香水の匂いをまき散らす美しいと言われる御令嬢たちは嫌いなのだ。

 やれやれとあきれた様子の妹に兄たちが反撃してきた。


 ‟お前だって人のことは言えないじゃないか“

 ‟そうだ。お前の護衛のハンス。10人の人間があいつに会っても10分後には全員が忘れてしまうような印象の薄いあの顔が好きなのだろう?”

 ”なんだか失礼な言い方ね。ハンスのあのすっきりした顔。100万回見ても飽きないわ。お兄様たちみたいな暑苦しい顔なんて10分で胸焼けものだわ“

 ”おまけに無表情だし背格好も中肉中背。街に出たらあっという間に風景と化してしまうじゃないか“

 “あのさっぱりして癖のない黒髪に細い目、薄い唇。お兄様たちには彼の美しさがわからないの?”


 アビゲイルは頬に手を当てほうっとため息をつく。

 王家の王女と王子たち。3人とも両親のいいとこ取りで堀が深く金髪碧眼。きりりとした目元に筋の通った高い鼻梁。美形ぞろいと他国にまで評判が広まっている。彼らは皆自分たちの容姿に見飽きているのか一般的に言われる美男美女には全く興味を示せないのだ。バタ臭くて暑苦しいらしい。しかもそれぞれ確固とした好みがある。それ故に自分たちのことは”面食い”と自負しているのだ。


 “まあまあ良いではないか。容姿好み云々といってもお前たちの人を見る目はあるぞ”

 父王がそう言えば母である王妃も続ける。

 “そうですよ。カテリナ姫は性格もかわいらしいけど、とにかく人に警戒心を持たせない。それでいて非常に頭の回転が速くロキデア国の鉱物取引の相手国との交渉に深く関わっていたと聞きいています”


 “だから初めは嫁に出すのを渋っていたのですね”

 王太子が頷く。


 “コートワーズ伯爵は良質のワインや他の農作物を使った加工品で領地を潤している男だ。堅実な性格らしく子供たちにも領地経営を小さいころから学ばせているそうだ。エリーゼ嬢もその兄も新しい加工品の開発に随分貢献しているらしい。学院の成績が優秀なだけでなく広い知識と斬新な考え方を持っていると教師たちが驚いていた。華美な贅沢もせず領民たちに交じって領地を良くしようと頑張っているから領民にも慕われているようだし”

 “伯爵なら王子妃に問題もないですわね”


 “ハンスだってアビゲイルがわがままを言って今だに護衛にしているがそろそろ爵位を継ぐ準備を始めないとな。あの有能な男をいつまでもお前の護衛にしておくにはもったいない”


 ‟やっぱり容姿の好みって大切よね”

 と、アビゲイルは誇らし気に言った。







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面食いですわよ 有間ジロ― @arimajirou691

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