王子の重めの求愛に戸惑う子ザル(令嬢)

有間ジロ―

第1話 EP1 王子恋に落ちる



 僕が理想の女性を見つけたのはこの王立学院に入って3年目のことだった。理想というか、一目ぼれ。

 今年から学院に通うようになった2歳年下の妹アビゲイルが新しい友達が出来たと、嬉しそうに言っていたのを何気なく覚えていた。話を聞くとあまり貴族令嬢っぽくはないがとにかく可愛いらしいのだそうな。昼休みなどに不用意に学院の中をうろつくと周りがやたらと騒がしいので普段は生徒会室などに籠っているのだが、ふと、アビーの新しい友達というのが気になった。この時は何かを期待していたわけではない。学生の身でありながらこの国の第二王子としていろいろと忙しい身だし女性の相手をするよりは友人たちと時間を過ごした方がよほど気楽だと思っていた。”理想の女性“のタイプなど特に考えたことなどなかったから。


 だけど。


‟アビーは昼休みは良く池のある中庭にいるって言ってたけど…”


 中庭のベンチに見覚えのある後姿を見つけた。アビーだ。そして隣の小柄な令嬢が新しくできた友人に違いない。柔らかそうな茶色の髪をポニーテール。細いうなじが印象的だった。アビーの話を聞いているのか頭をかくかく上下に動かしている。一瞬だけこちらに顔を向けたが遠目で顔がはっきり見えない。だが大きくてつぶらな瞳が瞬きした。とくん、と胸が鳴りもっと近くで見たくなった。


 声をかけてみようか…


 近づこうと足を踏み出した時とたん二人は立ち上がり僕がいる方とは反対の方角に歩いて行ってしまった。


‟あ…”


 中途半端に見てしまったので気になるではないか。


‟く…アビーめ。私の気配に気が付いて嫌がらせのつもりで逃げたに違いない”


 歯ぎしりすると、


‟いえ、殿下。午後の授業が始ま時間なのです。我々も行かないと”


 友人/護衛の一人がぼそりと言った。


 その後しばらくアビーとその友人の姿を目にすることが出来なかった。毎日中庭に探しに行ってるのに、こちらの思惑を知り避けているかのようになかなか会えなかったのだ。何気なく顔を見て挨拶くらいするつもりだったのが、会えないとなるとこちらも意地になるというかなんというか。


‟殿下、学年も違うし授業によっては教室の場所も変わるのでそうそうお会いできるとは限りませんよ。アビゲイル王女殿下にお願いするか、いっそ王宮にお招きになればよろしいのでは?”


 いちいち冷静な友人/護衛が憎たらしい。


‟ばかめ。王宮になど招いて余計な勘違いなどされたらどうするんだ”


 そう、王子に招待されたと舞い上がるならまだしもこちらが気があるなどと勘違いされ自慢げに噂など流されたら面倒だ。アビーに頼めばいいのだがそれも癪に障る。

 だが、こうも毎日学院内をうろついてるとさすがに不審に思われる。


‟最近フレドリック殿下のお姿をよく見かけますわよね”

‟以前はお昼などもあまりお庭を散策されることなどありませんでしたものね“

‟でも目の保養ですわ―”


 ざわざわと煩い。


‟御令嬢たちには珍しがられて目の保養なんて喜ばれているが、そのうち本当に不審者扱いされるよ”


 友人のアロンにふうっと、ため息をつかれた。

 今日も今日とて昼休みになるや否や中庭にやってきたわけだが収穫なし。もうあきらめて生徒会室にでもに行こうかと思っていた時中庭の外れの木立に白いものがちらちら見えた。


‟?”


 かなり奥まっていてあまり人目につかない場所だが、あの白いものは制服?


‟…降りられなくなっちゃったのね。そこから飛びおりたら私が受け止めてあげるけど…無理みたいね”


 そこには小柄な女子生徒が木の上の方に向かって話しかけていた。その視線の先には子猫がミャーミャー鳴いている。女子生徒は子猫に話しかけているのだ。茶色の髪にポニーテール。


 あれは…


 探し人だと気づき、胸がとくん、となった。

 彼女は周りをキョロキョロ見回している。

 助けを探しているのか。


‟おい…”


 手を貸してやれと護衛に声をかけようと思った瞬間。


‟これくらいなら大丈夫そうね”


 女子生徒は独り言ちした後、木の幹に片手をかけ木の股に足をかけた。


‟!”

 そして


 あっという間に子猫のいる枝の高さに手が届く場所まで登ってしまったのだ。するするとした身のこなし。足を動かす度にふくらはぎから膝までがあらわになった。目のやり場に困ると思いつつ、細い足についた筋肉や体重を感じさせないしなやかな動きにくぎ付けになった。


‟おいで、もう怖くないよ”


 子猫に手を伸ばし胸元に抱える。


“ああ、ここからは学院の建物がよく見えるわね。こうしてみると王立だけあって美しい建物だわ”


 視線を上げたときその瞳がキラキラと輝いた。頬が少し紅潮している。見惚れていると、彼女はふと下を見た。何か考ええているようだ。片手が塞がって降りられないのか。


 チャンス!


 手を貸そうとっさに足を踏み出した。


 その時


 彼女の手が枝から離れた。


‟あぶな…!”


 小さな体はふわりと宙に浮きそしてすたっ!と地面に着地した。そして何事もなかったように立ち上がると子猫を両手て抱えて自分の目線に持ち上げる。


‟猫だから木登りはそのうち上手くなると思うけど、無茶しちゃだめよ。あら、お前は誰かの飼い猫ね。だったらお家の人の目の届くところで練習しなさい”


 と、まじめな顔で諭す。そして


 ‟あ、もう行かなくちゃ。授業に遅れてしまうわ”


 子猫の頭をするっと撫でると地面におろして足早に立ち去った。

 僕は踏み出した足と延ばしかけた手を動かすこともできずに硬直していた。ほんの5分ほどの出来事だっただろう。

 さっきはとくん、と鳴った心臓は今や早鐘のように打っていた。桃色の矢に貫かれてしまったのだ。


‟いやー変わった御令嬢だったね。あんな人いたっけ?お見事というかなんというか”


 アロンが感嘆したように言い護衛たちも頷いいてる。


‟…ろ”


‟はい?”


‟お前たち今見たことはすべて忘れろ!”


‟いやあんなの忘れられないって。なかなかお目にかかれるもんじゃないし”


 アロンが軽口を叩く。


‟だめだ!絶対に思い出すな。あのむき出しの足もかわしらしい小さな手も。猫にけた話しかけたぷるっとした唇もつぶらな瞳も、ぜっっったいに思い出すんじゃない!!!”


 あっけにとられる友人/護衛達をよそに僕は胸をかきむしった。


 ああ!見つけた。理想の女性を見つけてしまった。なんなんだあの娘は!天使か!?妖精か?!それとも森の小動物…



 幸運は続いた。

 この日はアビーが王宮の催し物で着るドレスの仮縫いで学院に来ない。アビーがいると話しかけやすいかもしれないが、色々と後がうるさいからな。

 おそらく一番出没しやすい場所である中庭で彼女を探していると女性のキンキンした甲高い声が聞こえてきた。どうやら女生徒同士のもめごとらしい。


 いやだいやだ。巻き込まれるのはごめんだ。


 踵を返そうとした時


‟アビ―様⁉貴女誰の許しを得てアビゲイル様をなれなれしく呼んでいるの?”


‟そ、それもアビー様が…”


 この声は


‟あなた一体何様のつもり!”


 僕の…


 とっさにそちらに足を向けた。

 カッとして大きな声を出しそうになったがそこには予想以上に人数の女生徒達がいた。大きく息を吸い込んで冷静になろうとする。


‟子ザルのくせに!”


 子ザル?確かに言い得て妙だ。だが彼女をそう呼んでいいのは僕だけだ。

 光沢のある長めの爪を研ぎ澄ませ振り上げられた細く白い手を掴む。華奢な感触には何の感慨も浮かばないがそのくらいの距離まで近づいたことを後悔した。止むを得なかったとはいえ化粧と香水の匂いにうっと鼻をつまみたくなる。刺さりそうな長い睫毛を震わせてこちらを驚愕の目で見ている女の顔。


 やめてくれ、こっちを見つめるな。だが俺は仮にも王子だ。そして相手はたしか公爵令嬢。冷静に冷静に。


‟おやおや怖い場面に出くわしてしまったようだね。一体何事だい?”


 業務用スマイルで女生徒達を見回した。首をすくめていた少女も驚いたように僕を見つめてくる。

 ああ、やっと間近で見ることが出来た。二粒のブドウの様な瞳。食べてしまいたい。ほっそりとした項にキスをしてみたい。ぽかんと口を開けて僕を見ている。あれ?よだれ?よだれが垂れてる?そうか彼女はこいつらの所為で昼食の時間を邪魔されてお腹がすいてるのだ。公爵令嬢とその仲間たちに憤りを感じながらも緩みそうになる口元を引き締めつつ、令嬢の手を放し何気なく護衛の服で手を拭う。


 一言話すごとに近づいてこようとする☆△@公爵(名前を思い出せない)令嬢とその仲間達を適当にあしらう。学院の中では身分に関係なくアビーの名前も僕の名前も呼んでいいと許可すると彼女たちは”フレドリック様””フレドリック様“と僕の名前を連呼しながら去って行った。うざい。


 ああ、そう言えばこの子の名前は何というのだっけ。最初にアビーに話を聞かされた時は興味がなく覚えていない。だが、彼女は礼をすると僕に話しかける隙を与えずに去って行ってしまった。


 ‟子ザル…”


 何てかわいらしい響きだ。両手でこの胸に抱え込んでしまいたい。思わず笑いがこぼれ友人/護衛の達の生暖かい視線を浴びてしまった。


 ~~~


 誰が何と言おうとこれで僕と彼女は友達だ。


 エリーゼ.コートワーズ伯爵令嬢。

 アビーに名前を聞いた後、友人になったと自慢したら


‟お兄様、友人になったのに名前もご存じないの?”


 と冷ややかに言われた。初めは僕にとっては名前も身分も関係なかったが実際伯爵令嬢と聞いて少々意外に思ったが。彼女の印象はとても伯爵令嬢という感じではなかったから。なにより見事なガニ股で木登りする姿をみて伯爵令嬢と思う人間はいないだろう。森で育った平民と言われた方が納得がいく。だが彼女の普段の様子を見ればさすがにきちんと教育を受けたであろうと予想できる。

 コートワーズ伯爵というと現当主は一見目立つ男ではないがしっかりとした領地経営をしていると聞く。子供たちも領地で厳しく教育させられているとか。厳しく、のところで??と思ったが意味が違うようだ。淑女教育ではなく領地を治める者としての教育らしい。少し調べると彼女には兄がいてこちらもなかなか優秀らしい。兄妹共に学業はトップクラスだが既に父親の手伝いを始めているという。エリーゼはこの学院に入るために最近王都に出て来たということだ。


 おし!

 と拳を握った。

 伯爵令嬢ならば身分に関する障害はかなり低くなる。幸い王太子である兄上は最近めでたく大変頑丈、いや健康そうな婚約者を迎えた。子供の4,5人くらいは軽く産んでくれそうな他国の王女だ。この大陸は平和。この国は経済的に潤っているから政略結婚の必要はない。

 迷わず僕のこの愛をエリー嬢にぶつけるだけだ。




‟お兄様。最近行動がストーカー化してますわよ”

‟失礼な。何を根拠に”


‟毎日毎日中庭に現れては茂みの陰から私たちを覗き見してるし”


‟だって話しかければお前たちは逃げていくじゃないか”


‟お兄様がエリーの傍に近づきすぎたり、理由をつけて髪とかに触ろうとするからエリーが緊張してしまうんです”


‟失礼な。ゴミを取ってあげようとしてるだけだ”


‟お兄様の目にしか見えないゴミなんてゴミのうちに入りません”


‟話がしたいだけなんだよ―”


‟一言話すごとに距離が近づいでいくじゃないですか。しかも目玉を食べたいだの首筋を舐めたいだの変態じみたことばかり言って”


‟言い方!わかってるよ。だから最近は彼女に気まずい思いをさせないように控えてるじゃないか。そっと陰から見守って視覚で堪能してるだけだ。声をかけるのは10回に1回くらいだろう?”


‟一日10回以上物陰に隠れてるのを発見したら不気味でしかないんですけど”


‟わかった。これからはもう少し節度を持って行動する”


‟最近は独り言も多くて赤くなって悶えたりしてアロン様も呆れていらしたわよ”


 つくづく失礼な妹である。


 ~~~


 今宵は兄上の婚約披露だ。エリー嬢ももちろん参加する予定だ。この機会を逃してはいけない。一歩関係を進めなければ。上手くいけば結婚の申し込みだ。


 今日は僕も盛装をしてるから二割り増しくらいに見えるだろうか。自分の顔は客観的に見て整っていることは承知している。だが人には好みを言うものがあり、エリー嬢が好んでくれるかわからない。

 実際わが3兄妹は皆同じような見てくれをしているが全員自分たちのような顔が好みではない。暑苦しいのだ。くどいのだ。バタ臭いのだ。自分の顔や家族の顔は見慣れてるしこういうものだと受け入れているが恋人や伴侶まで同じような系統の顔だと胸やけものだ。

 アビゲイルが懸想している護衛のハンスなど卵に線を引いただけの様な超シンプルな顔立ちだ。

 そして兄上の婚約者カタリナ王女は等身大の雪だるまにドングリサイズの目、ピンクの綿菓子を頭に乗せたような姫だ。彼女に一目ぼれした兄上は彼女を持ち上げられるだけの筋肉をつけるべく集中強化訓練をした。僕と違って優男系の兄上は短期の筋力増強計画を実行したのだ。


 今主役である王太子と婚約者のファーストダンスが始まった。

 見ろ!雪だるまを抱え上げてくるくる回っている。兄上の涙ぐましい努力のたまものだ。

 …2回転が限界のようだ。


 主役達がファーストダンスを始めたから後は動いて構わない。はやくエリー嬢のところへ行かなければ。


 アビーのいるところにはエリー嬢もいると見当をつけ若い令嬢たちがいるところに近づいて行くと彼女たちの会話が聞こえてきた。


‟王太子殿下はきっとカテリナ王女のお人柄が気に入られたのよ。とても気さくな方らしいですわよ。それかお国の利益のために選ばれたのに決まっているわ。そうでなければあんな”


 ☆△@公爵令嬢が訳知り顔で話している。


 またお前か。

 この公爵令嬢も実は婚約者候補だったのだが一番最初に外された。言ってしまえば可哀そうだが顔が兄上の好みではなかったからだ。目鼻立ちがはっきりした、一般的には美人といえるのだろうが目元の化粧が暑苦しさを五割増しにしている。それにしても、今の彼女の発言は兄上の婚約者の容姿をけなしてると同時に公爵という強力な後ろ盾を持ちながらも選ばれなかった自分は性格にも難ありと自分で言ってることにも等しい。これ以上の発言は慎んだほうが身のためだぞ、と思った時アビーが声を上げた。


‟あら、お兄様は面食いですわよ”


 その言葉にみんな一斉にアビーの方を振り向いた。その中にはエリー嬢もいる。黄色のドレスにリボンをあしらい普段はポニーテールにしている豊かな髪を少し複雑に結い上げている。おくれ毛が項にかかり、つい手を伸ばしたくなる。今日はほんのりと目元と口元に色が入っていてかわいらしいのに何か色気が…


‟もちろんカテリナ様はとても楽しくてお優しくて気さくな方です。少しお話するとお人柄がよくわかるわ。とても博識ですしね”


 アビーの言葉に意識を戻す。


‟でも、なによりもお兄様の一目ぼれでしたのよ。お兄様の噂ご存じでしょう?ものすごく面食いなんですよ”


公爵令嬢が驚愕の表情で言葉がこぼれる。


‟…な、まさか、あんな白ぶ”


 おい、お前今何て言おうとした?

 さすがに見過ごすことが出来ず口を出した。


‟おっと、言葉は選んだ方がいいよ?”


‟フ、フレドリック様”


‟今日は一段と麗しいお姿”


 キャーという小さな悲鳴があちこちから聞こえてくる。ああ、エリー嬢も少しは僕を見直してくれただろうか。つぶらな瞳がこちらを見ている。口にハンカチをあてているが気分でも悪いのだろうか?よだれを拭いてる?また腹が減ってるのか?


‟兄上はとにかく柔らかくて白くてふわふわしたものがお好きなんだ。そして甘い匂いのするもの。だからカテリナ王女はまさに兄上の好みのど真ん中。お優しい明るい性格もあの笑顔ににじみ出てるしね。本当に一目で恋に落ちたと言っておられたよ”


 お、1曲目のダンスが終わったようだ。兄上が婚約者殿をむぎゅーっと抱きしめているのが目の端に入る。両腕が彼女の背中にまで回りきれていないがこればかりは訓練でどうにかなるわけではないものな、と他人の事には冷静に観察できるが僕は焦った。

 もたもたしていると2曲目のダンスが始まってしまう。


‟さて2曲目のダンスがもうすぐ始まるな”


 御令嬢たちがピクリと反応します。期待の眼差しをすり抜けて


‟僕と踊っていただけますか?”


 僕はまっすぐエリーの方に向かって手を差し伸べた。

 彼女が戸惑っているのがわかる。なかなか手を取ってくれない彼女に焦れて少し強引に手を引いた。

 半ば引きずるように中央に行く。このダンスの意味は重要だ。この場にいる全員に知らしめなければ。彼女に手を出す者はこの僕を敵に回すのだと。


 あ、ちょっと劇的な気分に浸ってしまった。


‟あの、私ダンスはあまり得意では…”


 エリー嬢が真っ赤な顔で小さくつぶやいた。なにその顔反則。


‟大丈夫。僕は得意だからまかせて。それに君は運動神経がいいだろう?”


 余裕のあるふりで片目を瞑って彼女の細い腰をくいっと引き寄せた。この時の僕の心拍172(普段は68)。

 彼女は羽のように軽かった。体重だけではなく動きが、だ。やはり運動神経がいいのだろう。僕のリードであっという間に曲に合わせて体を乗せてくる。くるくると回ると緊張していた顔がほころび楽しそうな笑みが浮かんだ。

 ああ、もうこのままバルコニーから飛び降りても空を飛んでしまいそうな心地だ。


 伯爵が領地に帰らないうちに、明日にでも結婚の申し込みに行こう。そしていかに僕が彼女の事を愛しているかを訴えねば。


 ~~~


 翌日


 王太子の婚約披露宴は遅くまで続いたためアビゲイルはいつもより寝坊してのんびりと起きた。今日は学院も休みなので着心地の良いドレスに着替え食堂へ行く途中、兄フレドリックの部屋の前を通りかかる。


‟げ!お兄様、どうなさったの?”


 フレドリックは自室の長椅子に片手をつき床に跪きもう片手で顔を覆っていた。明らかに尋常ではない様子に慌てて部屋へ駆け込む。


‟…た”


‟え?”


‟エリーゼに振られてしまった”


 悲壮な表情をアビゲイルに向け声を絞り出した。


 いつの間に!


 昨日の披露宴の後、久しぶりに陛下一家水入らずでお茶をした。その時一人で悶えながらエリーゼに告白すると誓っていたのは聞いたがあれはまだ半日も経っていまいではないか。


‟夜のうちに贈り物を準備しておいて今朝一番に出かけて行ったのだ”


 はた迷惑な…


‟それでエリーにはお会いになったの?”


‟ああ”


‟お兄様は何とおっしゃったの?”


‟付き合ってほしいと言った。本当は結婚の申し込みをしたかったが、先ずはエリーに僕の事を知って、好きになってもらいたかったから”


 あら意外にまとも


‟それでエリーは何と?”


‟申し訳ありませんが、それはできませんとその場ではっきり言われた”


 フレドリックはその場にまた崩れ落ちた。



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