悪役令嬢は、死んだ

藍無

第1話 悪役令嬢の葬送

「お母さま…」

 どんなに素晴らしい人間にも、人格者にも、天才にだって、終わりは来る。

 私はこの日、それを知った。

 今まで、知らなかったわけじゃない。

 頭で理解していただけで、完全にそのことをことができていなかったことに気が付いたのだ。

 私は、白く美しい花を棺の中に手向たむける。

 白い髪に水色の瞳の美男子――お父様は顔を私に顔が見えないように、逆方向を向いていた。泣いているのだろうか?

 それとも、悲しすぎて涙が出ないのだろうか。

 わからないが、きっと無理に顔をのぞき込んではいけないんだろうと子供ながらに思った。

 絶対に、死んでも死ななそうな悪役令嬢――ロティシアが、死んだ。老衰ろうすいだった。

 私は、ここが乙女ゲームの世界なんだということを知っていた。

 なぜなら、私は母と同じで前世の記憶を持ったまま、この世界に転生した者だから  だ。よく、母とは乙女ゲームの話で盛り上がった。同じ、ストーリーを知っている者        同士だったから、良く話が合った。とても、楽しかった。

 この世界で私は、六人の兄弟の中で末っ子だ。ちなみに今は、5歳だ。

 前世では、姉が乙女ゲームをやっているのを見ていた、平凡なただの中学生だった。ある日、トラックにはねられてこの世界に転生してしまったのだ。

「レジィ、大丈夫?」

 歳が一つ上の姉――サーラが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 私はそこで、自分の頬を涙がつたっていることに気が付いた。

「……大丈夫だよ」

 私が泣いちゃ、だめだ。

 きっと、みんな辛くて、泣きたいだろうに頑張って我慢しているんだ。

 それなら、私だってこらえなくちゃ。

 私は涙をぬぐった。

 けれど、ぬぐっても、ぬぐっても涙があふれて、とまらなかった。

「どうして、よ」

 どうして、涙が止まらないんだろう。

 どうして。

「大丈夫だよ、泣いても、いいんだよ」

 姉がやさしくそう言ってくれた。

「……ありがとう」

 私は、一生懸命笑おうとした。涙がこぼれないように。

 でも、失敗して、弱々しい笑みを浮かべてしまった。

「ごめん、なさい」

 私の瞳から、涙がついに、止まらなくなった。

 私は、声をあげて泣いた。

「レジィ、今日くらいは泣いても、大丈夫だから」

 そう言って、サーラはやさしく私の頭を撫でた。

 なぜか、ほっとする温かい手だった。

「ありが、とう」

 しばらくの間、わたしは泣いていた。

           *

 家に帰る馬車で、みんな無言だった。

 誰も、何も言おうとしなかった。

 お父様は、下を向いていた。長い髪が邪魔をしてこちらには表情が見えなかった。

 家に帰ると、お父様は何も言わずに自分の部屋へこもった。

 それから、お父様は何日もろくに食事も食べず、その部屋にこもり続けた。

 私は、心配になり、お父様の部屋のドアをノックした。

「お父様、レジナです。お話がしたいので、部屋に、入ってもいいですか?」

 部屋から、返事は帰ってこなかった。

 仕方がない、強硬手段だ。

 私は、厨房へ行った。

「包丁を借りてもいいですか?」

「へっ? あ、危ないのでもちろんだめですよ!?」

 料理人が驚いた様子でそう言った。

 まあ流石にそうか。今は五歳児だもんなあ。

 私は、今度は鍛錬場へ行った。

「サーラお姉様! 剣を借りてもいいですか?」

「だめよ! レジナにはまだ早いわ!」

「じゃあ、木剣は?」

「―――それならいいけど」

 そう言って、木剣を貸してくれた。

 私は、その木剣を持って、お父様の部屋の前に行った。

「お父様! ちょっとドアから離れててくださ~い!」

 私はそう言って、木剣で思いっきりドアを叩いた。

 確か、前世でお姉ちゃんがファンディスクをプレイしているのを見ていた時に、レジナは出てきた。超『怪力』のキャラクターとして。

 私の予想はあたった。大当たりだ。

 一瞬にして、ドアが粉々に砕け散ったのだ。

 そして、そこには驚いて固まっているお父様がいた。

「お父様、少し話がしたいのですけれど、いいですか?」

 私はにっこりとほほ笑んでそう言った。

「………いいよ」

 気圧されたのかお父様は、驚いた表情のまま、そう言った。

「お父様は、どうして何日も部屋に閉じこもっていたんですか?」

「……だって、僕の可愛いロティが…」

「お母さまに笑われてしまいますよ!」

 私がそう言うとお父様は、はっとしたような表情で、

「……そうだね」

 と言った。そして、ほほ笑んで、私の頭を撫でた。

「励ましてくれてありがとう。レジィ。おかげで目が覚めた。俺は今まで何をめそめそしていたんだ。そうだ、こんなすぐそばにロティが残してくれた大切な宝物がたくさんあるというのに」

 そう言って、私に抱き着いた。

 どうやら、元気になってくれたらしい。よかった。

 『呪い』のせいで、歳をとることができないお父様が壊れないように私がそばでこれからも助けてあげないと。

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