第4話 蓮との距離

 昼休み、美咲はオフィスの休憩スペースにいた。


 カップに注いだばかりの紅茶をゆっくりと混ぜながら、ちらりと視線を上げる。


 蓮が、一人でコーヒーを飲んでいる。


 普段、彼は他の同僚と談笑していることが多いのに、今日は珍しく静かだ。


 (今なら、話しかけられるかもしれない……)


 今までなら躊躇していた。でも、未来の自分からの手紙を思い出す。


 「黙って立っているだけでは、あなたの魅力は伝わらない。」


 (よし……!)


 美咲は深呼吸し、思い切って蓮の隣の席に座った。


 「……コーヒー派なんですね。」


 声が少し震えた気がする。


 蓮は驚いたように美咲を見たが、すぐに口元に笑みを浮かべる。


 「うん。コーヒーは苦い方が好きだけど、美咲は紅茶派?」


 「そうですね。コーヒーも飲めるけど、紅茶の香りが落ち着くから。」


 「……なんとなく分かる。」


 蓮はカップを軽く傾けながら、静かに言った。


 その雰囲気に、今まで感じたことのない距離の近さを覚える。




 「蓮さんって、いつも落ち着いてるけど、何か趣味とかあるんですか?」


 自然と出た言葉に、自分で驚いた。今まで、彼に対してこんな風に会話を広げたことなんてなかったのに。


 蓮は少し考えた後、意外な答えを返してきた。


 「実は……旅行が好きなんだ。」


 「えっ?意外です。」


 「よく言われる。でも、知らない場所を歩いて、新しいものを見つけるのが好きなんだ。」


 美咲の胸がとくんと鳴る。


 「私も、旅行好きです。」


 蓮が少し目を丸くした。


 「本当に?」


 「はい。でも、最近は忙しくてなかなか行けなくて……でも、旅先で新しい発見をするの、すごく楽しいですよね。」


 「分かる。その土地ならではの風景とか、人の雰囲気とか、そういうのを感じるのが好きなんだ。」


 意外な共通点があることが嬉しくて、美咲はつい笑顔になる。


 「もし今、どこか行きたい場所があるとしたら?」


 蓮の問いに、美咲は少し考えて——。


 「……ヨーロッパの街並みを歩いてみたいです。」


 「いいね。俺も、いつかイタリアに行きたいって思ってる。」


 「イタリア?」


 「うん。歴史ある建築とか、美術館巡りをしてみたくて。」


 (蓮さんって、そういうのが好きなんだ……)


 彼の知らなかった一面に触れた気がして、美咲の心が温かくなる。




 それから数日、美咲は以前よりも蓮と話す機会が増えた。


 何気ない会話を交わすたびに、緊張は少しずつほどけていく。


 (こんな風に蓮さんと話せる日がくるなんて、思ってもみなかった……)


 数週間前の自分を思い返す。


 自信がなくて、ただ黙って過ごしていた日々。


 でも、今は——。


 「美咲、お昼行かない?」


 蓮が自然に声をかけてくれるようになった。


 「え?あ……うん!」


 驚きながらも、心の奥がじんわりと温かくなる。


 (変わってる……私、本当に変わってるんだ。)


 鏡を見なくても分かる。


 表情が柔らかくなった。


 言葉を口に出すことが、怖くなくなった。


 未来の自分からの手紙は、確かに彼女を変え始めていた。


 そして、その変化は——きっと、もっと素敵な未来へと続いている。

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