ビアンバーワルキューレ店長氷鷹小夜の日常と非日常
ダイ大佐 / 人類解放救済戦線創立者
静華と真理愛
道都ススキノの一角にあるビアンバー〝ワルキューレ〟には今日も客が一杯――とはいかなかった。
店長の
小夜は175cmの長身に細身の、しかし胸は大きく、顔は申し分のない美形だった。女性劇団の男役を思わせる――店に来る客は彼女目当ての者も少なくない。
平日の昼から客が来る筈も無い。
今日は正午から店を開けていたが、訪れたのは指で数えられる程だ。
幸い店は赤字では無いが、従業員と自分の給料を払えば、残る金はほんの僅かだった。店を開いて三年、出資者の理解が無ければもう終わっていたろう。少しでも同性愛者への偏見が無くなれば、そんな思いでやってきた。先行きを心配しても仕方ない――そう思った時、店のドアが威勢よく開かれた。
「小夜さんいますか!?」お嬢様学校の私立澄川女学院の制服に身を包んだ髪の長い少女が叫ぶ。その後ろに小柄な少女がおっかなびっくりといった様子でくっついていた。
小夜はカウンターの奥から手を振って応える。ここに制服で来るような女の子はイレギュラーを除けば一人しかいない、
静華は腰まで黒髪を伸ばし、小夜ほどでは無いが女性の平均よりずっと背が高い。高校二年になったばかりだが静華はこの店に来るようになってもう長い。
後ろの娘は見た事が無い、スカジャンにパンツ、帽子の出で立ちだ。マニッシュな格好でショートヘアなのも一見少年に見えるが身体のラインの柔らかさから女の子だと小夜には分かった。
「どうしたの? 静華ちゃん。友達連れなんて珍しい」
静華はずかずかと後ろの娘の手を引くと、小夜の前のカウンターまでやってきた。
「聞いて下さいよ。この娘、真理愛って言うんですけど、ちょっと友達をカードで占ってあげたんですよ、そしたら舎監のシスターが占いは悪魔との交流だとか言って怒っちゃって」
「――先輩、私、良いんです。別に――」真理愛と呼ばれた娘が必死に静華をなだめる。
「良くないわよ。今時占い程度で信仰に反するなんて時代遅れも良いとこ。いいこと、真理愛、貴女は何も神に背いていないの。そうですよね、小夜さん?」小夜は店に来るなりマシンガンの様にしゃべる静華に小夜は感心半分呆れ半分だった。
「で、愚痴を言う為にこのお店にやってきたの? それに私のお店に来て何の注文もしないなんて大した度胸ね」
「あ」静華はようやく言葉を止めた。
「すいません小夜さん。ちょっと赦せない事だったんでつい――」
小夜は真理愛と呼ばれた少女を見る、帽子に隠れてはいるが水際立った美少女だ。くせ毛の髪が金髪ということは留学生だろうか? それにしては日本語が流暢だ。
小夜はスカジャンと帽子に見覚えがあると思った。
「あ、もしかしてそのジャンパーと帽子、〝戦闘妖精雪風〟? 真理愛ちゃん」
「え? 知ってるんですか? その、小夜……さん」真理愛が驚きを隠せないと言った口ぶりで言う。
「叔母が好きだったのよね、原作の小説も」
「私は、このスカジャンを登場人物が着てるアニメが有るって知り合いに言われて」
「原作、良ければ貸してあげるわよ」
「あ、いえ、読んだ事は有るんです。最後、哀しいですよね。最初は続編の予定は無かったけど、あるって聞いて救われた気分になりました」
「まだ、完結してないから分からないわよ」真理愛が神妙な顔になったのを見て、小夜は慌てて言葉を継いだ。「大丈夫よ。最悪、「これは私の雪風じゃない」って作者に手紙でも出せば良いわ」
「それで、なんで静華ちゃんは真理愛ちゃんを私のお店に連れて来たの?」小夜は静華に向き直った。
「あの、小夜さんの〝力〟を真理愛に見せてやって欲しくて、失礼なのは分かってるんですけど」静華は言葉を継ぐ。
「この娘、勘が鋭くて色んなことをまるで予知したみたいに言い当てるんです。見えないものが見えたりとか、精神疾患を疑われた事も有って」
「ふうん。それで私に」
「お願いできます?」
「良いけど、まずは注文ね」
「じゃ私、カルーアミルクアルコール無しで」
「わ、私は…」真理愛が慌てて注文しようとする。
「私が出すわよ、何でも好きな物を頼みなさい」静華がウィンクする。
「お嬢様は良いわね。お金の心配と無縁で」
「私だって奨学金だけでやってるんですけど」
「お金の心配しないで学校に通えるだけで恵まれてるのよ、静華お嬢様」小夜の一言に静華も神妙な顔になる。
注文を受けた小夜は二人に飲み物を出すとスナック菓子の盛り合わせを置いた。
「頼んでないですよ」
「私の奢り。大した額じゃないし」
「で、私の力が見たいのね。真理愛ちゃん」
真理愛はうなづく。
「何か手の平に収まるようなもの、ある?」小夜の問いかけに真理愛は少しためらうと、首にかけていたペンダントを渡した。
小夜は手にペンダントをかざす――宙にそれは浮いた。ゆっくりと回転しながら、上に登ったり下に降りたりを繰り返す。
「これって、手品じゃないんですか?」真理愛は驚いて小夜を見つめる。
「違うわ。それにこれ、ただのペンダントじゃないでしょ。幼子のキリストを抱いた聖母マリアのイコン? 貴女の家族の大切な思い出でしょ。それに――気を悪くしないでね、真理愛ちゃん、家族を亡くしてるわね。それも悲劇的な亡くなりかたで」
イコンの
「なんで分かるんですか?」
「なんでって言われても、気付いたらこの力が有ったのよ。別に望んだわけじゃないけど」
小夜はイコンを手に取ると、真理愛の首に掛けた。
「気味悪がって離れていく人も居たけど、私はこの力を授かって良かったと思ってる。どんなことも神の思し召し。私の力で救われた人もいるし、真理愛ちゃんもいつか誰かを救うかもしれない。気に病む事なんか無いわ。信じたくないなら信じないでも良いんだけど」小夜は伸びをすると真理愛に微笑んだ。
「ま、行き詰ったと思ったらいつでもこのお店においでなさい。お姉さんがサービスしてあげるから」
真理愛は信じられないという顔をしていたが、小夜のその言葉にうなづいた。
「来て良かったでしょ、真理愛」静華が自慢気に笑う。
「静華ちゃんは何もしてないでしょ」
「それは言いっこなし」静華は全然こたえてないといった様子だ。カルーアミルクを飲み干す。
「これぐらい図太くないと世間ではやってけないのよ、真理愛」静華は隣の真理愛にもたれかかる。
「先輩? 酔ってます?」真理愛が静華の手から逃れようとする。静華の手は真理愛の胸元に伸びていた。
「良いじゃない少しくらい」
「駄目――先輩! 小夜さん! アルコール入ってたんじゃ無いですか!?」真理愛は悲鳴を上げる。
「ああ、静華ちゃんいつもそうなのよ。アルコール入ってなくても店の雰囲気に酔っちゃうのよね」小夜は慣れてると言わんばかりだったが真理愛には貞操の危機だ。
「真理愛、ここはそういうお店なの――貴女だって期待してたんじゃない――?」熱っぽい視線と吐息で静華は真理愛に迫る。
「――それとも、私じゃ嫌――?」
「別にそんな――ひゃう!」胸を掴まれると同時に首筋に口付けされ、真理愛は固まる。
真理愛の胸の鼓動は跳ね上がった。
真理愛の抵抗が弱いのを良いことに静華は狼藉を働く。
そろそろ止め時かしら――小夜はグラスを拭きながらもう少し眼福を楽しむことに決めた。
静華の右手がスカジャンの中に入り込み胸を直接揉もうとした。左手は真理愛の腰にまわっている。
「――駄目! 小夜さん助けて!」真理愛が甲高い声を上げた。
「そぉんなこと言って――本当は期待してたんでしょ、真理愛――あ痛!」静華の左手を小夜が捻り上げる。
「はーい。そこまで。静華ちゃん」
「小夜さぁんなぁんで邪魔するんですかぁ――」静華は焦点の合わない座った目で小夜を睨む。
「嫌がる娘を無理矢理は当店のポリシーに反します。燃えるのは分かるけど。それに他のお客さんにも見られてるの、忘れてない?」
「真理愛と私の仲を見せつけてなぁにが悪いんですかぁ――あ、小夜さぁん、もしかしてぇ、嫉妬?」
小夜は問答無用で更に腕を捻った。
「痛ったたた! 小夜さん! ギブ! ギブアップ!!」今度は静華が悲鳴を上げる。
「もう、酔いも醒めちゃったじゃないですかあ」恨みがましい目で静華は小夜を睨んだ。
「アルコール抜きで酔える貴女の方がおかしいの」
「大丈夫? 真理愛ちゃん」静華から手を離すと小夜は真理愛を見る。彼女は顔を赤らめて息は荒かった。ちょっと意地悪が過ぎたかしら――小夜は軽く罪悪感を覚えた。
「いえ、いや、その、大丈夫――です」真理愛は上気した顔で服を整える。その様子に小夜は欲望を掻き立てられる。胸の先がのぞいたのが見えて思わず凝視してしまう。
「小夜さん目がイヤらしい」静華がジト目で見てきた。小夜は咳払いして神妙そうな表情を作る。
「私のことは良いの」
「小夜さんのムッツリ。貴女もそう思うでしょ、真理愛」
真理愛は小夜が自分を救ってくれたとばかり思っていた――当然静華の言葉を受け付けない。
「先輩が言っても何の信憑性も無いです」
「真理愛ちゃんは人を見る目が有るわね。流石」我ながら白々しいと小夜は思ったが、真理愛は一向に気付かない様子だった。
静華は解せないという顔をしていたが、気を取り直したらしく、スナックをつまむ。
「小夜さん、私と真理愛の相性、占って下さいよ」追加のカシスグレープフルーツノンアルコールに口をつけると、静華は真面目な顔になった。
「良いわよ」小夜は真理愛の顔を見てまんざらでもなさそうなのを見て占って良いと判断した。
小夜はカウンターの奥から一組のタロットカードを出すとシャッフルして二人に差し出す。表を伏せて横一列に広げる。
「真理愛ちゃん、一枚好きなのを選んで。あまり考えないで直感で」
真理愛が選んだカードから左に五枚取ると、小夜は十字型に並べた。
上からに一枚ずつカードをめくる。最後に中央のカードをひっくり返す。
「小夜さん、これ――」
「〝恋人〟のカードの正位置? 小夜さん狙いました?」静華が信じられないという顔をする。
「私だってこんなわざとらしいことしないわよ。〝恋人〟の正位置なんて」
「でも最初のカードは〝悪魔〟の正位置ですよね、これって」
「欲に負けるとか、そんな意味ね。相性占いだとセックスに溺れるとかもあるけど」その言葉に真理愛は顔を真っ赤にした。それを見た小夜は占わなくても二人の相性を確信する。
「あながち外れてるとは言えないと思うわ。良かったわね、静華ちゃん」
静華は下を向いて肩を震わせていた。まさか占いが不満だったわけでは無いだろうと小夜は思ったが、静華の反応は彼女の予想を超えていた。
「真理愛――やっぱり私たち、運命の恋人同士だったのね!」静華は真理愛に思い切り抱き付く。一方真理愛はカードを見た時からこの展開を予測していたのだろう、思ったほど感情的にはならなかった。
「先輩、離して――苦しいです」真理愛は腕をこじ入れて静華を引き剝がそうとする。
「良いでしょ真理愛。真理愛は嫌なの?」静華は唇を突き出して真理愛にキスしようと迫る。
「嫌とかそういう問題じゃ――」必死の抵抗も虚しく静華の唇は真理愛の頬に炸裂した。真理愛の顔は更に真っ赤に染まる。うつむいて石の様に沈黙してしまった。
「……先輩……ちょっと……」長い静寂の後、真理愛は必死に言葉を絞り出す。
真理愛の手は静華を押しとどめようとしていたのだが、静華を迎え入れているようにしか見えなかった。
一方静華は真理愛の唇を求めて更に彼女を蹂躙する。口付けの嵐を降らせながら最終目的地に到達せんと鼻息荒く迫っていく。
「あー良いなーー」もう一歩で山頂という時、間延びした声が聞こえて静華は思わず舌を噛んでしまった。
静華は恨みがましい目で声の主を見る。一方、真理愛はその隙に静華の魔手から逃れ出た。声をかけてきたのは店に出てきたワルキューレの従業員だった。真理愛は彼女を盾に静華の攻撃を防ぐ構えを取った。
「今日はここまでね、静華ちゃん。――夏奈ちゃん、おはよう」小夜はこうなることを分かっていたかのような口調で挨拶する。夏奈は駆け出しの声優だった。ワルキューレに入ってまだ日が浅い。静華は顔だけは彼女を知っていた。静華が獲物を横取りされた野獣の目で彼女を睨んだ。夏奈は小柄――真理愛とほとんど変わらない上背の、髪を肩甲骨まで伸ばした声の印象とは裏腹の細身の女性だ。
「お店の中で情熱的」夏奈はうっとりとした声で二人を見つめた。
「静華ちゃんも真理愛ちゃんも話すのは初めてね。この娘は一ノ瀬夏奈、うちの従業員よ。夏奈、挨拶して、こちらは静華ちゃんと真理愛ちゃん」
「初めまして。静華ちゃんに真理愛ちゃん」夏奈は年下相手だというのにうやうやしくお辞儀をした。
「で、続きをよろしく――」
「今の茶々入れですっかり冷めちゃいましたよ。夏奈――さん。人の恋路を邪魔すると――」静華は面白くなさそうな声で夏奈のリクエストを無視した。
「邪魔するつもりなんて――」
「悪気が無いのが一番悪いんです」静華は取り付く島もない。
「澄女の生徒がうちに来るなんて知らなかった。このお店も全国区になるかもですね、店長」まるでめげる様子もなく夏奈は微笑む。
「――じゃあ、小夜さんと夏奈さん、私たちはこれで」すっかり毒気を抜かれた静華と真理愛は帰り支度を始める。
二人と入れ替わりに小柄なサングラスにコート姿の女性が入ってくる。夏奈は注文を取りにテーブル席に座った女性の元へ向かう。
「面白いことになりそう――」小夜はカウンターを片付けると二人が出て行った扉をじっと見つめた。
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