出会い



「あんたはどうしてここにいるんだ?」



 レリアは見たこともないほど真っ黒な肌の美しい女の人に、馬車の荷台でそう問われた。レリアも肌が焼けることはあるが、ここまで黒くなることはない。


 奴隷のしるしをつけられて、痛みも引かぬ間に無理やり乗せられた馬車の荷台の中にはレリアとその女の人以外にも何人かいたが、二人以外だれも話したがらない様子だった。


 彼女の問いに、レリアは声を潜めて答えた。



「……うっかり、してて」



「うっかりだって?何したんだよ」



 レリアは今までのことを包み隠すことなく話した。二度と会わないだろうし、これも何かの縁だと思ったからだ。


 その女の人は最後まで熱心にレリアの話を聞くと、レリアの頭を擦るように撫でた。撫で方を知らないような、そんな撫で方だった。



「よりによって奴隷だなんて運が悪いなあ」



レリアはまるで自分は違うというような言い方にむっとなって言い返した。



「じゃあ、そういうあなたは違うんですか?」



「違わないよ。あんたよりも先輩ってだけだ」



 にっこりと歯を見せて笑う彼女の事情を聴きたいと思ったが、レリアは明るい彼女の表情を曇らせたくないと思って何も言わず笑い返した。


 道中、彼女はいろんな話をしてくれた。奴隷として生きるこつだとか、二人で故郷の話もした。その中でレリアの心に一番残ったのは、彼女の夢だった。


 いつかこの地獄から救い出してくれる人を求めていると……欲を言えば金持ちか貴族がいいとも言っていた。



「あんたは可愛いから、きっとすぐに抜け出せるよ」



 レリアは彼女の話が嘘でも真実でもどっちでもよかった。心細い状況の中で話しかけてくれたことがうれしかった。


 名も知らぬ彼女は二日で荷台を降りて行った。


 たった二日、されど二日。明るく強かな彼女と過ごした二日間はレリアにとって大切な思い出となった。







「誰がこんなガキを連れて来てこいと言った!?」



 彼女と別れてから随分と経った。二の腕の痛みはとうに引けた。黒々と焼け、かさぶたを纏った烙印ははっきりと文字を読み取れるようになった。


 しかし荷台に乗っている間随分と寒いと思っていたら、知らぬ間に雪国へ来ていたらしい。


 レリアの故郷ではたまに降る程度の雪が、ここでは腐るほどある。


 そこでレリアは意地の悪そうな男に平手打ちをくらわされていた。頬のこけた男は頭に血が上り過ぎたようで顔を真っ赤にして怒っていた。



「も、申し訳ございませんアレクサンデル様……こ、こいつは直ちに処分いたします!」



 慌てた様子で、レリアをここまで連れてきた奴隷商人はぺこぺこと頭を下げながらレリアを連れてアレクサンデルと呼ばれた男の屋敷から立ち去った。


 せっかくきれいな金髪なのにあんなに神経質だなんて残念な人だな、としかレリアは思わなかった。





 一面の雪景色に見とれる暇もなく、レリアは奴隷商人たちによって雪の積もる深い森の中へ連れられていた。



「これじゃ骨折り損のくたびれ儲けだ!クソが……こいつも弱っちまってまた売りとばす前に死んじまうじゃねえか!クソがクソがっ!ふざけんな!」



 レリアは突然奴隷商人のうちの一人に指さされ、肩を跳ねさせて恐る恐る顔を上げた。そして目の前に拳が迫ってきているのに気が付いて思わず目をつぶった。



「おい、もういいだろ……こいつの羽根を持ち帰るだけでも金にはなるさ」



 しかしその拳は二人のうちのもう一人に止められてレリアに当たることはなかった。



「何言ってんだよ!俺は一発殴らなきゃ気が済まねえ!」



「まだガキだろ、それにこんな寒いとこに連れてこられて南部の奴が耐えられるとは思えない。どうせ死ぬんだ、今ここで殺すのも寝覚めが悪いだろ」



「チッ……若造が。勝手にしろ。羽根は全部抜いて来いよ。初仕事だからって情に流されやがって……俺は帰りの準備をする」



 レリアは知らぬ間に命の危機を脱していた。黙ったままでいると、止めてくれた奴隷商人が雪の上に頽れていたレリアの目線にあわせてかがんだ。



「ごめんな、嬢ちゃん……俺にはあんたと同じくらいの妹がいるんだ。妹のためにも、俺には金が必要なんだ……だから、すまん。許してくれ……」



 その男はレリアにそういうと、つらそうな顔をしながらレリアの羽根を毟った。


 彼は優しい手つきでレリアの羽根を抜いた。毟るというほど大げさではなく、彼の優しさのおかげでそれほど痛くはなかった。



 これからどうしようか。


 レリアは凍える手を生ぬるい吐息で温めながら、辺りを見渡していた。しかし辺りは気味が悪いほどに真っ白だった。


 レリアは雪国での生き方を知らなかった。さっき奴隷商人が言ったように、ここでおとなしく死を待つだけなのだろう。


 薄着のレリアは体に積もる雪と吹きすさぶ寒風に体温を奪われていった。段々と目が霞んでいく。眠くもないのに勝手に瞼が閉じていく。



「寒い……」



 レリアは遂に意識を保っていられなくなりそうで、毟られた羽を閉じて、瞼を閉じようとした。



「――君、大丈夫?」



 掛けられた声に、レリアは残った僅かの体力をふり絞って振り返った。何も言っているのかは定かではなかったが、優しく、柔らかなその声を信頼していた。



「そのままだと死んじゃうよ」



 座ったままのレリアへ何の疑いもなく近付き、己の防寒着を着せてくれる彼に安心したレリアは安堵のあまりそのまま気を失ってしまった。



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