第6話 比較されなきゃ怖くもない
「イラジャイマセー、コンバンワ!」
コンビニの自動ドアを潜るとチャイム音とともに、外国訛りの激しい日本語の挨拶が飛び込んできた。
私は心の中で軽いため息をつく。「かわせさん」は大体週4日の深夜勤務。土日以外だと水曜日がお休み――、のはずだけど、不定期で他の日も休んでいる。
彼女がいない日、代わって必ずいるのは「ムハンマドくん」。彫りの深さと眉毛の太さが特徴の、黒人の店員さんだ。
「かわせさん」を期待していた私はがっかりするのだが――、遅れて自然と顔が綻んでくる。
「Oh、オ姉サン、今日モチョコレート? 夜中ニ甘イモノ、太ッテデブニナルヨ!
「デブ言うな。別に今食べるんじゃないし……」
「ダッタラ、ナンデコンナ時間ニチョコ買イニ来ル? ヒョットシテ、私ニ会イニ来テイル? 私、祖国ニ彼女イルカラダメダーメヨ?」
「どっから来んのよ、その自惚れ? はい、これポイント、さっさと通して」
私とムハンマドくんの姿しか見えないコンビニ。深夜でもテンション高めの彼の声が店内に響き渡る。
そう――、憧れの「かわせさん」の代打、ムハンマドくんは数少ない私が家族以外でまともに話せる人なのだ。だから、彼女に会えなくて凹んでも、そこまで落ち込んではいない。
なんなら――、「言葉を交わす」という意味では、「かわせさん」よりムハンマドくんの方がずっと気楽でその数も多い。彼女を前にすると緊張が先にきて、まともに話ができなくなるからだ。
その点、申し訳ないけど(?)ムハンマドくんには1ミリの緊張感もわいてこない。
彼と話すようになったのは、「かわせさん」目当てでお店に足を運ぶうちに向こうから話しかけてきたからだ。
『オ姉サン、イッツモ遅イ時間ニヤッテ来ルネ? 夜更カシ美容ノ天敵!
たしか、こんな感じだったかな? 最初は「変な外人」くらいに思って愛想笑いだけを返していた。――ていうか、「お姉さん」ってあんたの方が絶対年上だろう、と。
けど、深夜のお客がよほど少ないのか、私がそれほど魅力的(?)なのか――、個人的に「はずれ枠」のムハンマドくんと何度か顔を合わせ、話しかけられるうちに私はほんの少しだけ彼に心を許し始めていた。
ひょっとしたら陰鬱な引き籠り生活の中で、他者とのかかわりを求めていたのかもしれない。
そして彼が外人ゆえか、自分とはきっとなにからなにまで違い過ぎて比較の材料がない――、ゆえに劣等感を抱かなかったのだろう。
一度言葉を交わすと、彼の陽気さは私の毒気を浄化してくれるようだった。今となっては家族の次に気楽に話せる人で、「はずれ枠」から「隠れ当たり枠」くらいに昇格している。
「――かわせさん、明日はいるの?」
「ミズキ先輩、明日イルヨ! ナニカ用アルナラ伝エトクヨ?」
「いい、いらない。ただ聞いただけだから……」
こうして世間話のついでに「かわせさん」情報を聞き出せるのも、ムハンマドくんについてくる特典。彼女の本名が「かわせ みずき」なのも彼との会話で知った。
グッジョブ、ムハンマドくん! これからもよろしく頼むよ!
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