第3話 もっと聞かせて

 男は紫都からの強圧を歯牙にもかけず、生意気に口を開いた。

「話すことなんか、なんもねぇよ」

「そうか。じゃあ死ね。地獄で詫びてろ」

 安喰が銃口を頭に突き付け、引き金に指をかけた。

「ちょっと待て!」

 急いで始末しようとする安喰を、俺が遮った。安喰は殺気立った顔から、超絶機嫌がいいとでも言いたそうな笑顔に切り替わり俺を見て諭した。

「どうしたのヒロ?こいつは僕が骨も残さず処理するから安心して」

「いやそうじゃなくて」

 今まで見たことのない安喰を横目に、紫都の下敷きになっている男に問うた。

「さっき俺のことを末弟とか言ってたよな?あれ、どういう意味だ?」

 男は知らないのか、と若干驚いていたが、紫都のほうを見ると勝手に納得したそぶりを見せた。今にも消されそうなのに随分余裕そうだ。

「お前さん、何も話してないんだな」

「私を認識し始めたのがつい最近だからな。それに、克実こいつが説明すると思った」

「はぁ!?僕が勝手にべらべら喋るわけないでしょ!?こっちはさ、ヒロがいつ狙われるか心配で心配でこいつらを再起不能に滅多打ちにしておいたのにさぁ……」

「待って俺抜きで喋んないで」

 話の先が見えなくなる前に制止させて、改めて冥堕と呼ばれる男に問いを投げた。

「で、お前みたいなチャラい兄貴なんて見たことも聞いたこともねえんだけど」

「今は、だろうな。俺らとお前は父親が同じなんだ」

「……マジ?全然似てないじゃん」

 髪色、瞳の色、目元、鼻筋…全てが俺とこいつではかけ離れている。俺が平凡で、こいつが高嶺の花と言った感じだろうか。どちらにしろ俺より女ウケがいいのは間違いない。

「俺の容姿なんて想像上のものでしかねえよ。俺とお前が会ったのは今日が初めてだしな、兄弟だったのは2000年前くらいの話だ、俺も覚えてねえよ」

「それはそうだな……え、待って、2000年前?」

 突拍子もなく自分の重要な部分をバラされた。俺は今年で17だ。……待てよ、俺は2歳で今の親父に拾われて、その前のことは何も知らないし聞かされていない。冥堕がアゴをしゃくって紫都を指した。


「それは紫都が」


 その瞬間。


 ドオォン!!


 爆発音とともに、凍てついた空気の塊が俺たちを襲った。視界が真っ白になり、あまりの強さに俺は飛ばされそうになるも、安喰が咄嗟に俺の左腕を掴んだ。風はすぐに止み、俺は重力に逆らえず落ちる。

「痛ってぇ…」

 無抵抗に落ちたからか、全身に激痛が走る。無理に起き上がろうとするところを安喰が駆け寄ってきて支えてくれる。視界が開けると、少し離れた所に季節外れの厚着をした子供が立っていた。ショートヘアの白髪で、異様に袖が長い北極民が着ているジャケットが目立ったが、何より目を引いたのは――

「狐…?」右肩にいる白い、赤い目をした狐だった。


「あなた、5分で戻るって言ってたよね」子供が――少女が口を開く。


「そう言ったあなたを信じて外で待ってたの。なのに2分20秒も遅れた。覚醒もしてない子供を始末するのに何を遊んでたの?」

 口調は淡々としているが、言葉には冷たい怒りがこもっている。周りの気温が一気に下がり、思わず少女からのオーラで背筋が凍る。

「違うんだよ凍華トーカ。相手が悪すぎた」

「それはあなたの注意不足でしょ」

 冥堕が反論するも、凍華と呼ばれた少女が一蹴する。

「ねえ紫都。冥堕を返してもらえないかしら。今回はそれで見逃してあげる」

 凍華が右手をこちらに向ける。そして狐が少女の肩から地面に着地する。

「断る。貴様も仲良く消えるか?」紫都が冥堕を一層強く踏みつける。

「そう言うと思った」

 交渉決裂、とでも言うような表情になり、

「死んじゃえ」

 突如、凍華から鋭い氷の刃が飛んできた。紫都は軽々と冥堕の首根っこを掴み、盾にして防いだ。それでも全ては捌けず、残りの刃が俺に向かってきた。間一髪で体を右に逸らす。

「あぶねッ…」顔をかすめたのか、頬から血が出ていた。

「いきなり何するんだよ!!おい!離せって!!」

 モロに被弾したにも関わらず冥堕は紫都に文句を垂れている。紫都は胸倉を掴み直し「すぐ治るならいいだろ」とほざいていた。少女は冷ややかな眼差しでこちらを観察している。

「行け」

 次の瞬間。

 少女の狐は大型犬ほどに巨大化し、紫都に向かって猛進し始めた。紫都は動こうともしない。狼とも呼べる狐が牙を剥き、飛びかかり――


 ブジュッと、肉が切れ、血が飛ぶ音が響いた。


 紫都の右腕ごと冥堕を取り返したのだ。

 狼は凍華の元へ帰り、冥堕をゆっくりと降ろした。ちぎれた腕は凍華が「これはいらない」と投げ捨てる。

 紫都は顔色ひとつ変えない。傷口からは赤黒い血がビチャビチャと滴るが、徐々に黒い液体へと変化していった。

 冥堕は凍華に解放され頭が上がらない。

「ありがと〜凍華ぁ。ワイヤーも切ってくれてさあ」

「またやったら氷漬けだから」

 凍華は紫都に向き合った。

「どうする?上手く立ち回れてないし、腕も1本減っちゃったし」

「お帰りいただこうか」

 安喰が立ち上がり、口を挟んだ。

「お前たちがご所望の”鉱石”、まだ未完成だよ。それでも奪うのなら、容赦しない」

 謎の言葉に2人は互いに顔を見合わせる。

「それなら出直してくるわ」

「できるだけ遅めに、な。今度は真剣勝負しようぜ」


 そう凍華と冥堕は言い残し、姿を消した。

 2人がいなくなり、景色は変わって学校の校庭になった。もう夕方で時計を見ると5時近い。「紫都!!」慌てて俺は立ち上がり紫都に駆け寄る。それを彼女は左手で制止した。切断面から黒い液体で満たされ、段々と腕の形に変化していく。最終的には完璧な傷1つない右腕が形成された。コートの袖も復元されていて、新品同様である。

「お前…大丈夫なのか?」

 思考が追いつかない俺に、紫都は手を握ったり開いたりしながら意地悪な笑みを浮かべる。

「名演技だったろ?」

「…は?」

 そのやり取りを見て安喰が笑いをこらえきれず、吹いた。

「ふっ、あっはははは!!あーっ、腹痛い!っははは……!」

 一体何がそんなに面白いんだ?3人の中で、俺だけが状況をまだ呑み込めずにいる。安喰はしばらく爆笑し、落ち着きを取り戻し、涙目になりながら伝えた。

「ひひっ、……ふう。いやぁ、あいつらが来るって聞いた時は不安だったけど、紫都がここまでやるとは思わなかった。あー面白かった!よし、そろそろ話さないといけないよね。いいだろ?」

 安喰の問いに、紫都は「そうだな」と賛同した。

「さっき冥堕…あの男が少し言ってた君の出自と、彼らとの関係性だ。…その前に、一回ヒロの家に帰るか」

「もしかして、俺んち泊まるつもり?」

「当たり前だろ。一晩で終わるといいんだけど」

 途方もない過去を抱えているのか俺は。先が見えない話に早速、気が遠くなるも、安喰と一緒に教室まで荷物を取りに戻ることにした。校舎に向かおうとするとき、振り向き紫都に話しかけた。

「なあ、お前はどうして俺たちを助けに来たんだ?」

「貴様が死ぬと、かなり面倒なことになる。その手間を省くためだ」

 相変わらずそっけない返答だった。その答えに疑問をもたず、そうか、と言いその場を離れた。彼女の素性も帰ったら安喰に聞いてみるか。そういえば、あいつがもがれた腕はどうなったんだ。疑問は駆け巡るばかりで、家に着いてからも止まることはなかった。


======


 紫都は校庭から去っていくヒロミを見送って、一人つぶやく。


「ユーベル……貴様はどこに……」


 背後に気配を感じ、すぐさま振り返り氷の翼を出現させ構える。

 現れたのは、黒いコートを肩に掛けている青年だった。

「へえ、そこまで回復してるとは。なかなかタフだな」

「私を追ってこっちまで来たのか」

「テメエが狙いじゃない」

 青年が右手を握りしめる。


 パァン。


 乾いた破裂音がこだまする。


「がっ……」

 

 青年の拳は、紫都の腹部を貫いた。手を引き抜くと同時に、形成した右腕が崩れていく。握った手掌からは黒い真珠が妖しく輝いていた。

「俺のアビリティは返してもらう」

 青年が真珠を飲み込んだ直後、漆黒の液体をまとう翼が背に顕現した。液体はとめどなくあふれ、地面を満たし、倒れた紫都を覆っていく。

「俺の勝ちだ」

 勝利を確信した瞬間、氷の翼が青年を襲った。

「何ッ!?」

「手ぬるいな、若造が」

 紫都は流動体に足をとられながらも立ち上がる。その顔は闘志と狂気に満ちていた。昔の忌み嫌っていた友人と同じような。


 然る後、そこには2人はおらず、インクが付いた氷の羽根が1つ、残っていただけだった。羽根は意思があるかのように、どこかへ宙を舞っていった。

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