冷徹な彼に溺れる

紫峰奏

第1話 家族のために

 俺は松本陽介、20歳。5人兄弟の長男で家族を支えるために毎日必死だ。


「俺が、家族を支えなきゃ」この言葉が、頭の中で何度も響いている。両親が事故で突然死んでから、俺は家族を守ることを唯一の目的にしてきた。妹たちを守らなきゃ、家族をなんとかしなきゃ。そのために、俺は強くならなければならない。どんなに辛くても、誰にも頼らず、ただ一人で支え続けなければならない。


 でも、最近、それがすごくしんどいんだ。


「陽介、何か手伝おうか?」


 杏(あん)の声が、ふと耳に入る。16歳の妹、杏は心配してくれる。少しでも俺の力になろうとするけれど、その優しさが逆に胸を締め付ける。杏は子供だ。まだ子供だから、俺が頼るわけにはいかない。


「ううん、大丈夫だよ」と、無理に笑顔を作って言った。でも、心の中では焦りが広がっている。


 冷蔵庫を開けてみると、昨日の残り物と、わずかな食材だけが残っている。今日の夕飯すらどうしようか、真剣に考えなきゃいけないのに、杏にはそんなこと言えない。頼んだら、きっと心配してもっと手伝おうとしてくれるだろうけど、それが怖い。


「陽介、ほんとに大丈夫?」と、杏は少し不安そうな顔をして、でも何も言わずにリビングに戻っていった。その背中を見送るたびに、胸の中で何かが押しつぶされるような気がした。


「どうして、頼れないんだろう」と、ふと思った。家族のために頑張るべきだって思う気持ちと、実際に一人で抱えきれなくなっている自分がいる。それに気づくと、ますます情けなくなる。


 特に、18歳の悠(ゆう)。悠には絶対に頼れなかった。悠は、いつも冷静でしっかりしている。どんな時も落ち着いていて、頼れる存在。でも、だからこそ、俺は悠に弱い部分を見せることができない。もし、頼んだらどうなるんだろう? 悠が俺を支えてくれるのは分かってる。でも、頼んだ瞬間に俺が壊れてしまいそうで怖い。


「陽介、大丈夫か?」と、悠が近くに来て心配してくれている。


「うん、大丈夫だよ」と、また無理に笑顔を作って答えた。でも、悠は俺の顔をじっと見つめてきた。彼は俺の目の奥に隠れた疲れを、簡単に見抜いてしまう。


「無理してるだろ? お前が倒れたら、みんな困るぞ」


 悠の言葉が胸に突き刺さった。悠が心配してくれているのは分かる。でも、俺はその優しさを受け入れたくなかった。悠に頼るなんて、甘えだと思っていたから。


「ありがとう。でも、本当に大丈夫だよ」


 俺はそう言ったけれど、その言葉は自分にも嘘をついているようで、ひどく空虚に感じた。


 悠は少し黙ってから、肩を軽く叩いて言った。

 

「ならいいけど。無理するなよ」


 悠のその言葉が、胸の中で深く響いた。でも、俺は何も言えなかった。悠の優しさに感謝しつつ、心の中で「頼らないでおこう」と必死に抑えていた。


 その時、携帯の震える音が響く。画面を確認すると、見覚えのある名前が表示されている。それは、最近俺が引き受けた危険なアルバイトからの連絡だった。家計が厳しくて、少しでもお金を稼がなきゃならなかった。危険だと分かっていながら、どうしても断れなかった。


 すぐにメッセージを開き、「了解しました」と短く返す。すぐに次の指示が送られてきた。それを無心で確認してから、携帯を閉じた。杏や悠には、絶対に知られたくなかった。この仕事は、家族を守るためにやっているけど、それを打ち明けたらきっと家族が心配してしまう。それが怖かった。


 その後、妹たちと一緒に夕食を囲んだ。できるだけ普段通り、明るく振る舞ったつもりだ。でも、心の中では、もっと大きな不安が広がっていた。


「俺は、これで大丈夫なんだろうか?」その思いが胸を締めつけて、何度も繰り返された。


ーー 

松本家の兄弟たち

1. 松本陽介(20歳)

長男で、家族を支えなければならないという強い責任感を抱える青年。家計を支えるために必死に働くが、内心では不安と孤独を感じている。家族に頼れず、一人で抱え込んでしまう。


2. 松本悠(18歳)

陽介の弟で、冷静でしっかりしている。陽介を気遣うが、あえて踏み込むことができず心の中で悩んでいる。


3. 松本杏(16歳)

陽介の妹で、最近は家事を手伝うようになり、陽介を気遣っているが、まだ子供っぽい部分もあり、陽介の本当の気持ちに気づけていない。


4. 松本彩(12歳)

陽介の妹で、少しおっとりしているが家族思い。陽介を信じ、頼りにしている。


5. 松本心(8歳)

最年少の妹で、無邪気に陽介を慕っている。陽介を家族の支えとして信じている。

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