第5話 再び出会った日
1931年3月10日――。
それは、俺と桜が再び出会った日だった。
俺は家を捨てた。
名家の長男という肩書きも、親の期待も、何もかもを捨てた。
もう、自分のために生きたかった。
そして――桜のために生きたかった。
「陽介さん……本当に?」
「本気だよ」
「でも、そんなことしたら……あなたの家は……」
「関係ない」
俺は桜の手を握った。
「俺はお前と一緒にいたい。それだけでいい」
桜の瞳が震える。
そして――涙をこぼした。
「……私も、陽介さんが好き」
100年後の世界で、俺たちはこの瞬間を思い出していたのかもしれない。
けれど、俺たちはまだ知らなかった。
この幸せが、たった数日で終わることを――。
1931年3月14日。
町外れの桜並木で、俺たちは並んで座っていた。
「春が来たね」
桜が微笑む。
俺は彼女の手をそっと握る。
「……今年も、綺麗に咲いたな」
「うん」
桜の花びらが風に舞い、俺たちの肩に静かに降り積もる。
「昔、子供のころにここで遊んだのを覚えてる?」
「覚えてるさ」
「その頃から、陽介さんのことが好きだったんだよ」
桜は少し恥ずかしそうに笑った。
「私ね、ずっと思ってたの。来世があるなら、またあなたと一緒になりたいなって」
「……なんだよ、今世で一緒にいられるのに」
「でも、また生まれ変わっても、私は陽介さんを好きになると思うの」
「それなら、来世なんて待たずに、これからの人生を一緒に生きよう」
俺は桜の手を強く握る。
「どこへでも行こう。二人で新しい場所に行って、二人で暮らそう」
桜は目を伏せる。
「……うん、そうだね」
けれど、なぜか寂しそうな笑顔だった。
(……何か隠してる?)
けれど、それを聞く前に、桜がそっと呟いた。
「春にまた会おう――ね」
翌日、1931年3月15日――。
俺たちは町を離れるつもりだった。
何もかも捨てて、二人で新しい人生を歩むはずだった。
だが――
その夜、町を襲ったのは大火災だった。
「……火事だ!!」
「逃げろ!!」
黒煙が夜空に立ち昇り、赤い炎が町を飲み込んでいく。
人々の叫び声が響き渡る中、俺は桜を探して走った。
(桜!! どこだ!!)
ようやく見つけたとき、彼女は瓦礫の下に倒れていた。
「桜!!」
「……陽介、さん……」
俺は必死で彼女を助け出そうとする。
だが、周囲の炎は激しさを増し、煙が視界を奪っていく。
(クソッ、どうして……!!)
ようやく瓦礫をどかし、桜を抱き起こした。
「大丈夫か!? すぐに逃げよう!!」
「……ごめんね」
「何言ってるんだ、早く――」
「私……もう、動けないの」
「……え?」
桜の足元を見ると、瓦礫に強く挟まれていた。
どう頑張っても、ここから抜け出せない。
「……嘘だろ」
「陽介さんだけでも、逃げて」
「何言ってるんだ! 置いていくわけないだろ!!」
桜は小さく笑った。
「ありがとう……陽介さんと一緒にいられて、幸せだったよ」
「そんなこと言うな!! 絶対に助ける!!」
俺は全力で桜を助けようとした。
でも――間に合わなかった。
桜は、俺の手を握りながら、最後の言葉を残した。
「……春に、また会おう」
「桜!!!」
次の瞬間、瓦礫が崩れ、炎が俺たちを包んだ。
そして――俺もまた、その夜に命を落とした。
「――っ!!」
俺は息を切らしながら目を覚ました。
目の前には、桜がいた。
現代の桜。
「……思い出した?」
桜は涙をこぼしていた。
「俺たち、100年前に――」
「うん……」
俺は桜の手を握った。
「今度こそ……お前を失わない」
「……うん」
俺たちは、運命を変えるために――前世の悲劇を乗り越えるために、もう一度歩き始める。
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