第3話 前世の記憶の手がかり

それから数日が経った。


桜との関係は、自然と近くなっていた。

何か特別なことがあったわけじゃない。

ただ、同じクラスで過ごし、一緒に帰ったり、昼休みに話したり――そんな日常の積み重ねが、俺たちの距離を縮めていった。


けれど、その一方で俺の中にはずっと引っかかっているものがあった。


「……やっと、会えた」


初めて会ったときの桜の涙。

そして、俺自身が時折感じる強い既視感。


(やっぱり、俺たちは過去に会ったことがあるのか?)


確かめようにも、証拠なんてない。

ただの偶然なのか、それとも何か意味があるのか。

分からないまま、時間だけが過ぎていった。


そんなある日、桜が俺に話しかけてきた。


「ねえ、陽向くん」


「ん?」


「最近、同じ夢を見るの」


「同じ夢?」


「うん。桜の木の下で、誰かと話してる夢。顔は見えないんだけど……すごく懐かしい気がするの」


俺は思わず息を呑んだ。


(俺も、似たような夢を見たことがある)


「夢の中で……何か言ってるのか?」


「……“春にまた会おう”って」


桜の言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。


(俺が前に見た夢と同じ……)


やはり、これはただの偶然じゃない。

俺たちの間には、何かがある。


「桜」


「……?」


「この前、公園で“ここに来たことがある気がする”って言ってたよな?」


「うん」


「もしかしたら、俺たち……前にここで何か約束したんじゃないか?」


「……!」


桜の目が大きく見開かれる。

けれど、それ以上のことは思い出せないようだった。


俺たちは、同じ“記憶の断片”を持っている。

だけど、それがどんなものだったのか、はっきりと思い出すことができない。


(何か手がかりはないか……)


俺は考えた末、あることを思いついた。


「なあ、桜。今度の土曜日、少し付き合ってくれないか?」


「え?」


「近くに、地元の歴史資料館があるんだ。100年前のこの街について調べられるらしい」


「100年前……?」


「俺たちが見てる夢が、もしかしたらその頃のものだったら……何か分かるかもしれない」


桜は少しの間考えて、それから小さく頷いた。


「……うん。行こう」


土曜日の朝、俺たちは駅前で待ち合わせた。


「お待たせ!」


いつもより少しラフな服装の桜が、笑顔で駆け寄ってくる。


「いや、俺も今来たとこ」


どこか緊張しながら歩き出す。

歴史資料館は、駅から徒歩15分ほどの場所にあった。


ガラス張りの静かな館内に入り、受付を済ませると、俺たちは「この街の歴史」についての資料が集められたコーナーへ向かった。


(何か手がかりがあるといいんだけど……)


展示パネルを一つずつ見ていく。

この街の歴史、戦争、町並みの移り変わり――様々なことが書かれていた。


そして、奥の一角に**「100年前の人々の記録」**というコーナーを見つけた。


古い写真や、手紙のコピーが展示されている。


「……陽向くん、これ」


桜が小さく声をあげた。


彼女が指さしたのは、ある一枚の白黒写真だった。

それは、100年前の桜並木の下で撮られた、ある男女の写真。


そこに写っていたのは――


今の俺と桜にそっくりな二人だった。


「……嘘、でしょ?」


桜が震えた声を漏らす。


俺も信じられなかった。

でも、それがただの他人であるとは思えなかった。


そして、その写真の横には、小さなメモが添えられていた。


「藤宮桜 1914-1931」


「……藤宮桜?」


桜が、自分の名前を小さく呟く。

まるで、それが自分自身であることを確かめるように。


そして、俺はその横の文字を見つけて、息を呑んだ。


「佐倉陽介 1912-1931」


(……佐倉?)


俺の名字と、同じ。


その瞬間、頭の中で何かが弾けるような感覚がした。


(……俺たちは、100年前に生きていた?)


写真の二人の顔を、改めて見つめる。


100年前の俺と桜は、確かにここにいた。

そして――1931年に、二人とも命を落としている。


どういうことだ?

どうして、二人とも若くして亡くなっている?


桜が、震える声で呟いた。


「陽向くん……私たち、本当に……」


俺は、震える桜の手をそっと握った。


「……もっと調べよう」


このままじゃ終われない。

俺たちが、100年前にどうして生きていたのか。

どうして、春にまた会うことを約束したのか。


――そして、どうして二人とも1931年に死んだのか。


それを知るまでは、終われない。

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