春にまた会おう

あきせ

第1話 春、君と会う

春の風が吹くたびに、桜の花びらが舞い落ちる。

白に近い薄桃色の花が、ゆっくりと空を流れていく様子を見ていると、不思議な気持ちになる。


「また、この季節が来たんだな……」


ぼんやりとそんなことを思いながら、俺――**佐倉 陽向(さくら ひなた)**は校門をくぐった。


新学期の始まり。

高校2年になった俺は、クラス替えの張り出された紙の前に立つ。

混雑する生徒たちをかき分け、なんとか自分の名前を見つけた。


「2年3組……か」


どんなメンバーになっているかは分からないが、特に期待もしていない。

友達はそこそこいるけれど、特別親しいわけでもない。

淡々と、無難に過ごせればいいと思っている。


ただ、一つだけ気になることがある。


春が来るたびに、俺はいつも「強い既視感」に襲われる。


――まるで、何かを思い出さなきゃいけないような、そんな感覚。

けれど、思い出せそうで思い出せない。


理由は分からないが、春の匂いを嗅ぐたびに、心のどこかがざわつくのだ。


(まあ、考えても仕方ないか)


気を取り直して教室へ向かう。

ドアを開けると、新しいクラスメイトたちが席を選びながら、楽しそうに会話を交わしていた。


俺は窓際の席に座り、ぼんやりと外を眺める。

すると、教室の扉が開いた。


次の瞬間、俺の時間が止まった。


「……?」


そこに立っていたのは、一人の少女。

黒髪のロングヘア、整った顔立ち、そしてどこか儚げな雰囲気を持つ彼女。


彼女を見た瞬間、胸の奥が強く締めつけられる。


(……知ってる?)


でも、知らないはずだった。

少なくとも俺の記憶の中に、彼女の名前はない。


しかし――。


少女は、俺の顔を見た瞬間、ぽろりと涙をこぼした。


「……やっと、会えた」


震える声で、そう呟く。


まるで、何年も待ち続けたような、切ない声で。


俺は動けなかった。

胸の奥が、ざわめきでいっぱいになる。


(……なぜか分からないけど)


(俺は、この子を知っている)


春風が吹いた。

桜の花びらが、教室の中へと舞い込んでいく。


――その瞬間、俺の中で何かが弾けそうになった。


少女――藤宮 桜(ふじみや さくら)は、涙を拭うこともせず、俺をじっと見つめていた。


静かな教室の中、クラスメイトたちも戸惑ったように彼女の様子を伺っている。


「え、転校生……?」

「なんで泣いてんの……?」


誰かが小声で囁くのが聞こえた。

けれど、そんな周囲の反応とは関係なく、俺は彼女から目を逸らせなかった。


「……やっと、会えた」


その言葉が、胸の奥に引っかかる。

どういう意味なのか、彼女自身も分かっていないような表情をしている。


やがて、先生が入ってきて場を収める。


「えー、静かに。今日は転校生を紹介するぞ。藤宮桜さんだ。みんな仲良くするように」


桜は一度深呼吸をして、軽く頭を下げた。


「……藤宮桜です。よろしくお願いします」


落ち着いた声。でも、さっきまで涙を流していたせいか、少し震えているようにも感じた。


「じゃあ、藤宮さんの席は……佐倉の隣でいいな」


「え?」


先生が指さしたのは、俺の隣の席だった。


桜は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んで、俺の隣に座った。


(……本当に偶然なのか?)


彼女を見た瞬間の胸のざわめき。

彼女が俺を見た瞬間に泣いたこと。

そして、偶然にも隣の席。


これだけの偶然が重なると、何か「必然」のようなものを感じてしまう。


「……佐倉くん、だよね」


桜が、小さな声で話しかけてきた。


「うん。佐倉陽向。よろしく」


「陽向……」


俺の名前を繰り返した桜は、また何かを思い出すような顔をした。

でも、首を振ると、「ごめんね」と微笑んだ。


「……私、なんで泣いたのか、自分でも分からないの」


「え?」


「陽向くんの顔を見たら、胸が苦しくなって、どうしようもなくなった。初めて会ったはずなのに、懐かしい気がして……」


そこまで言ったあと、桜はぽつりと呟いた。


「……なんだろう。まるで、ずっと前に約束していたみたいな気がする」


その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。


(約束……?)


どこかで聞いたことがある。

でも、思い出せない。


まるで、春風に吹かれた桜の花びらのように、指先をすり抜けていく感覚。


「……」


言葉にできないまま、俺は窓の外を見た。

そこには、満開の桜が、風に揺れていた。

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