第5話

「王宮って思ったより小さいんだな」


 ランディが街に着いて一番に発した言葉だった。


「近くに行けば、もう少し大きいわ」

 

 なんとなくムッとして答えたベリーは、挨拶もそこそこにランディと別れるつもりだった。


「街まで乗せてくれて……」



「やるのかい? お嬢さん?」

 

 野太い声に振り向くと、二の腕がとんでもなく盛り上がった男が三人、旅姿の女性にからんでいた。

 

 女性は無言。


「大変! 助けなくちゃ。ランディ、助けてあげられる?」

「俺が? あの男たち相手に?」

「ああっ、もう! 最悪」

 

 ランディが当てにならないと判断し、キョロキョロと辺りを見回した。街の人々は、聞こえているはずの声に全く反応していない。


『姫は何が出来ますか?』


 レインの声が頭に響く。


「うるさいわねっ。わたしだって、出来るんだから」

 

ベリーは、思いっきり息を吸い込んで叫んだ。


「きゃああああああ! 火事よっ!」

 

 甲高すぎる声は、街中を覆った。あちらこちらと、ありとあらゆる建物から人の顔がのぞく。歩いている人々も、足を止め、垣根が出来始めた。


「早くっ! こっちよ」

 

 同じように驚いている男たちが動き出す前に、女性のもとに駆け付け、腕を引っ張った。

 

 人波に紛れ込む。ランディもハッとして、あとをついてくる。


「どうよっ……わたしだって……」

 

 足早に歩いているせいか、興奮のせいか。悪態をつきたいのだけれど、息切れがひどい。


「だいっ……大丈……夫だった?」

「ええ。ありがとう。あなたも大丈夫かしら?」

 

 女性の声にコクコクと頷く。

 彼女は息が乱れていない。ベリーは、運動不足かもしれないと、心で反省した。

 

 それにしても衛兵は何をしているのかしら! お父様に言わなきゃ。


 人混みにまぎれながら思う。街というのはいつも人が多く、騒がしく、無関心であると。祭りの時でさえ、同じ状態にあるのだから。

 

 ベリーは、街の中をふらついたことはなかったけれど、馬車から見た光景はよく覚えている。

 お祭りの時の屋台の匂い。何度、駆け寄ろうと思ったことか。絶対に実行すると、次の目標を決めた。。

 

 ベリーが助けたはずなのに、なぜか女性に「少し休んだほうがいいわ」と促され、街の中心地にあるパブ兼宿屋『火の鳥』という店に入った。

 

 おかみさんの店より、ずいぶん居心地が悪いなと思った。『渡り鳥亭』は、もっと陽気でもっと健全に思えた。

 建物は丈夫な石造りであるのに、椅子は、あまりものの木で作ったような簡素な物か樽だった。ちぐはぐだなと感じたけど、よく壊されるので都合がいいのだと言われ、納得した。


 席に着き、女性は改めて礼を言った。


「ありがとうね。私はミラ。旅の途中よ」

「あ、わたしはベリー。えっと、わたしも旅の途中です」

「ランディだ」


 男性というのは、どうしてこうも無愛想なのかしらと不思議に思う。いえ、そもそもなんで一緒にいるんだろう。そう思って、ランディを見ていたら、


「二人は仲良しさんなのね」なんて言う。


「え。やだ。さっき知り合った……いや、この街まで馬に乗せてもらっただけなの」


 どこをどう見たら仲良く見えるのか聞こうかと思ったら、ミラが先に言った。


「あら、そうなの? なんか雰囲気が似ていたから」

 

 ランディは特に気にする事もなく、麦酒を飲んでいた。ミラも美味しそうに飲んでいる。だが、麦酒はベリーには苦く、笑顔で飲むことは出来ないだろうとカシスジュースを飲んでいた。

 

 それでも、麦酒の王冠には目が行き、二人の目を盗んでポケットにしまった。不要なものだから、別に盗むようなことでもないのだけれど。

 

 王冠の他に、ふと、気になった物があった。


「綺麗ね。そのペンダント」

 ミラの胸元に下がっているペンダントを指差して言った。


「えっ? 見えるの?」

「そりゃあ、首からかかってるんだもの。深い青色の……なんて言う形なのかしら? 五つとげが飛び出てるわ」


「星の形よ」


 ミラは、まじまじとベリーを見る。

「星……? その形が星なの?」


「実際にこんな形ではないと思うわ。だから、象徴ね。……あなたも見えるのかしら?」

 ミラがランディに問う。

 

 ランディは、ただコクリと頷いただけだった。ミラのフウッという呼吸が聞えたので、ベリーは慌てて言った。


「えっ、えっ? 見ちゃダメだったの? どこかに隠しておいてくれないと……どうしよう。もう見ちゃった……」


『…………なのよ。だから、これは、私とあなただけの秘密よ?』

 

 ふっと、頭の中に声がよぎった。あれは、誰の声だったか。なにが秘密なのか。


「別に見られて困るものではないけど。というか、見える人はあまりいないのよ。見えた人には資格があるだけの話」

 ミラが肩をすくめて話す。


「資格?」


「そう。あなたたち、急ぎの旅かしら? ちょっと、砂漠に遊びに行かない?」


「え? 遊びって……」


「あんた、まさか、星の一族か?」

 ランディが驚きを露わに尋ねた。


「知ってるの?」

「言い伝えとしては充分じゃないか?」


「え? え?」

 ベリーは二人の顔を交互に見やるだけだった。

 

 ジッと見つめ合う二人を横にハラハラしていると、扉が開き、深いオレンジ色のタータンの布をまとった男が入って来た。

 ウェーブがかった髪をダルそうにかき上げ、ポロンと、手に持った不思議な形の黒いオブジェに張られた弦を鳴らした。


「詩は必要ございませんか?」

「珍しいわね。この国にバードがいるとは思わなかったわ」

「バード?」

 

 ミラに尋ねたところ、バードとは、いわば歴史の傍観者だという。口伝されていく言い伝えは、真実であったり、噂話であったり、武勇伝であったり、恋物語であったり、様々なのだと。


「一曲頼む」

 ランディがコインを一枚投げた。


「碧き星の子供たち」

「承知しました」

 

タイトルなのか、バードはランディの言葉に頷き、音を奏でる。不思議な形の黒いオブジェは、彼の指に弾かれて優雅な旋律を押しだした。



 碧き星に仕えし者

 種族を隔てるものは無い

 それゆえ知識と能力を授けよう

 碧き星を守りし者

 夜の闇にまぎれてもなお

 見える瞳と特力を授けよう

 その心と身体は碧き星のもの

 空を讃え

 緑を育て

 水に身を任せ

 風の声を聞け

 碧き星に生まれ落ちた

 碧き星の子供たち



 高く伸びる声は、一瞬でこの場を浄化した。そんな気がした。騒いで見向きもしなかった人々が、手も口も止めて、詩に聴き惚れていたから。

そして、はっとしたように喧騒が戻る。


「一杯どうぞ」

 ミラがバードに、麦酒を勧める。


「ありがとうございます」

 バードは嬉しそうに、喉を潤した。


「いい詩だったわ。この国に滞在するバードって珍しいわね」

「もちろん旅の途中ですよ。資金が底をつきましてね」

「どうして、この国にバードはいないの?」

 

 初めてバードを見たベリーは「詩を唄ってお金を貰うのか」と心でつぶやきながら、興味津々で聞いてみた。


「平和な国だからでしょうか?」

「わからないわ」


「平和な国というのは、それなりに生活に満足している人が多いのです。こうして、店に入って来ても、誰も見向きもしなかったでしょう? 平和を欲している国は、幻想や懐古をも欲しがるのです。私たちの詩は、教えであり救いでもあるのだと思っています」


「この国には、必要ないのね? それはいいこと?」


「さあ? 私にはわかりません」


 ベリーはレインに言われているような気がして、頭痛がしてきた。

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