シグとパピ
第15話
ユズと連絡がとれないまま、気づけば年を越していた。
もしかしたら今年は知砂と初詣に行けるかもしれない。そんなことを思っていたが、彼女は冬休み中ずっと父親の実家に里帰りしていらしく、新年になってから結局まだ会えていない。
ミユはパートナーが無事に退院したらしい。一緒に暮らす準備をしているのだと毎日忙しそうな様子だが、あれ以来よくリプやDMをくれるようになった。ユズにもメッセージを送り続けているらしいがまだ連絡はとれていないようだ。
――ユズ、なにやってんだろ。
昼休憩。時雨は教室の自分の席でスマホをぼんやりと見つめていた。窓際の席ということもあって冷たい空気がほんの少しだけ入り込んでくる。その空気を吸い込んで眠気と戦うものの、それでも欠伸を抑え込むことはできない。
「眠いよね、ご飯の後って」
前の席で椅子をこちらに向けて座り、本を読んでいた女子生徒が時雨の欠伸に気づいて顔を上げた。時雨は「ねー」ともう一度大きく欠伸をする。
「まあ、緒方さんは眠そうって感じしないけど」
「そう?」
「ご飯のあと、いつも何か読んでるよね」
「暇だから」
「ふうん。まあ、たしかに暇だよね」
時雨は頷きながら頬杖をつき、スマホに視線を向ける。自然と会話は終了。とくに気まずくもないのはお互いに興味がないからだろう。
緒方とは同じクラスで席が前後。そしてお互いに友人作りに失敗した者同士。ただそれだけの関係だった。集団に入れなかった者同士がたまたま近くの席にいた。だったら、とりあえず表面的にも一緒にいればクラスで目をつけられることもない。そういう利害の一致から一緒にいるだけであり、とくに互いに興味もないので友人関係ではない。
おそらく緒方との距離感はこれが最適なのだ。きっと彼女も同じなのだろう。踏み込んだことは聞かないので会話に気を遣うこともない。クラスで浮かないために必要な存在。ただそれだけ。
そのとき、教室の後ろでワッと笑い声が響いた。見るとクラスでも人気のある女子生徒たちが集まって楽しそうにスマホを見て盛り上がっていた。
「賑やかだね」
小さな声に顔を向けると緒方が無表情に教室の後ろに視線を向けていた。そして小さくため息を吐くと再び本へと視線を落とす。
「だねー」
時雨も頷き、机にうつぶせになるように身体をゆっくり倒した。そして顔だけを窓の方へ向ける。
友人がたくさんできたとしても、きっと時雨にはあんな風に集まって騒いだりはできない。そんな友人がほしいわけではない。
モゾモゾと腕だけを動かしてスマホを顔の前に持ってくる。画面に流れていくのは平和な時間を過ごしているフォロワーたちの言葉。中には知砂やミユの言葉もある。何も変わらないネットの世界。そう思ったが、ふとあることに気づいて時雨はタイムラインを遡っていく。
――パピさん、いないな。
最近、タイムラインに彼女のアイコンを見ないのだ。少し前まではどんな時間帯でも必ずいたような気がするのに。不思議に思いながらパピのアカウントを開いて彼女のタイムラインを覗いてみる。最後のポストは年末だった。十二月二十七日。クリスマスの頃には友人たちとカラオケパーティー中の楽しそうな様子が画像つきで大量にポストされている。しかし最後のポストは彼女らしくない。
『つまんないな』
その一言を最後に彼女の言葉は途切れてしまっていた。そのポストには多くのリプがついている。元々パピはフォロワーが知砂と同じくらい多い。しかし知砂とは違い、その中にはリアルでの友達も多いようだった。最近のパピを心配する言葉が連なっている。
少し心配になって彼女へリプを送ろうと指を動かす。しかし何と送ればいいのか思いつかない。みんなで遊びにいったときや集まったときも彼女と会話をした記憶がなかった。彼女にどんな言葉を送るのが正解なのかわからない。
時雨はパピのようなタイプが苦手だ。明るくてよく喋って友達が多くて、そして無遠慮に人の心に踏み込んで来ようとする。だから無意識に距離をとってしまっていた。彼女もきっと時雨のことが苦手だったのだろう。知砂やミユ、そしてユズとはよく話すのに時雨にだけはあまり話しかけてはこなかった。
「予鈴鳴ってるよ」
ふいに緒方から声をかけられて時雨はハッと身体を起こした。五限は移動教室だったはずだ。見るとすでに緒方は準備を終えている。
「先に行ってるね」
「あ、うん」
さっきまで教室の後ろで賑やかだったグループもすでにいない。
「――きっとパピさんはああいうグループにいるタイプなんだろうな」
静かになった教室で呟きながら、時雨はノロノロと授業道具を取り出す。すでに本鈴が鳴り始めていた。
「は? パピ?」
ゲームセンターのベンチで知砂が思いきり顔をしかめた。時雨は頷きながら「最近タイムラインで見ないなと思って」とスマホを見つめる。
「どうでもいいじゃん、あいつのことなんか。今年初めて一緒に遊ぶのにやめてほしいんだけど、あいつの話」
言って知砂は不愉快そうにため息を吐いた。どうやら話題の選択を間違えてしまったらしい。そういえばファミレスに集まったときも知砂とパピはあまり仲が良いとは言えない様子だった。時雨は苦笑しながら「でも、ちょっと心配じゃない?」と首を傾げた。
「今までタイムラインに見ない日なんてなかったのに」
「……まあ」
「ミユさんもDM送ってみたらしいんだけど返信はないって」
ふうん、と知砂はつまらなさそうに頷いてから「ユズの真似でもしてんじゃないの」と続けた。
「あいつ、かまってちゃんだから」
「そうかなぁ」
「それよりシグ」
この話は終わりとばかりに知砂はスマホをダウンジャケットのポケットに入れると鞄から小さな袋を取り出した。
「これあげる」
「え、なに?」
「お土産」
「お土産……」
呟きながら時雨は差し出された袋を見つめる。
「え、いらない? だったら――」
「いる! いただきます!」
引っ込められかけた袋を慌てて時雨は掴む。そして「ちょっとびっくりしただけで」と笑う。
「びっくり?」
「そう。まさかお土産がもらえるとは思ってなくて」
「……まあ、わたしも誰かにお土産とか買ったことなかったけど」
「そうなの?」
「いらないなら返して。わたしが使う」
「いらないなんて言ってないから!」
伸びてきた知砂の手から逃げながら時雨は袋を開けてみる。そこには長方形の小さな箱が入っていた。
「これ、アロマオイル?」
小さな箱はうっすらと青い。表には英語で何か文字が書かれているがよくわからない。知砂は頷いた。
「あの辺りでしか売ってないやつ。ネット販売もしてないから割とレア。良い匂いでわたしも使ってるから補充のついでにシグの分もと思って」
「わー、ありがとう! アロマとか初めて」
「え、そうなの? ディフューザーとか持ってる?」
「持ってない」
即答すると知砂は苦笑しながら「まあ、それっぽいよね」と立ち上がった。
「知砂ちゃん?」
「買いに行こう。お年玉とか残ってんでしょ?」
「まだあるけど。でも、そんなに持ってないよ?」
「平気だって。安いやつなら二千円くらいであるから」
「あ、そうなんだ。じゃあ、大丈夫」
ホッとしながら時雨も立ち上がる。そのとき、スマホにDMの通知が表示された。その送信者を見て時雨は思わず「あ、パピさん」と声をあげる。
「パピ? なに、連絡あったの?」
「うん。なんかDMが。パピさんからDMなんて初めて」
「ふうん?」
少しは気になっているのだろう。知砂が時雨のスマホを覗いてくる。開いたDMにはこうあった。
『遊び行こーよ』
それだけだ。日時もどこへ行こうとも書いていない。困惑していると知砂が「ほっとけば?」と興味を失ったように先に歩き出した。
「どうせあいつの気まぐれなんだから。スルーしとけばいいよ」
「……うん」
しかし、それではパピが本当にいなくなってしまうかもしれない。ふとそんな不安が頭をよぎり、時雨は『いいですよ』と返信をした。
「シグ、早くー」
「あ、ごめんね」
時雨はスマホをポケットに入れると知砂の後ろに続いた。
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