第12話

 翌週の土曜日。葉月は朝から涼花の見舞いに来ていた。駐輪場にバイクを停めて休日用の入り口から院内に入ると、そのまま中央エレベータへ向かう。その途中にある院内コンビニには客の姿が多かった。土曜日ということもあって見舞客が多いのだろう。


「涼花、ジュースとかいるかな」


 炭酸のドリンクでも買っていこう。そう思ってコンビニへ足を向けたとき、ふと店内に見知った姿があることに気づいた。


「シグちゃん……?」


 呟きながら店内に入る。彼女はまるで何かを確認するように店内をゆっくり歩いていた。ミユは少し迷ってから「あの、すみません」と声をかける。するとシグはビクッと足を止めて怯えたように振り向く。


「あ、いきなりごめんね。わたしだよ、わたし」


 慌てて言うとシグはようやくミユに気づいたようだ。


「ミユさん?」

「うん。ごめんね。なんか、なんて話しかけたらいいか迷っちゃって」


 笑いながらそう言うと彼女は複雑そうな表情で「いえ」と顔を俯かせてしまった。


「えっと……」


 声をかけてみたものの何を話したらいいのか思いつかない。葉月は店内を見渡しながら「買い物中だった?」と聞いた。


「いえ、別に」

「そっか。シグちゃん、炭酸飲むよね?」

「え?」

「ちょっと買ってくるから店の前のソファで待っててくれる?」

「いや、わたしは――」


 シグの言葉を遮って葉月は適当にジュースを手にするとレジに向かう。

 もしこれで彼女が待っていてくれたなら話をしよう。だが帰ってしまっていたら、そのときはどうしよう。他の子にユズのことを相談しようか。しかし正直、シグ以外の子たちとはシグ以上にやりとりをしたことがないのだ。

 炭酸ドリンクを二本買った葉月は店を出ると休憩用に置かれているソファに視線を向ける。そこには背を丸めてスマホに視線を落とすシグが座っていた。


 ――待っててくれた。


 安堵しながら葉月は彼女の隣に腰を下ろす。


「はい、ジュース」

「ありがとうございます。えと、お金」

「いいよ、これくらい」

「……じゃあ、いただきます」


 葉月は自分もジュースを一口飲むと「シグちゃん、どうしてここに?」と訊ねる。


「……ミユさんは?」

「わたしはお見舞い」

「お見舞い、ですか」


 彼女は呟くと片手に持ったスマホに視線を向ける。


「わたしは、もしかしたらと思って」


 意味がよくわからず葉月は首を傾げる。それに気づいたのかシグは顔を上げてコンビニを見つめた。


「ミユさん、言ってたから。ここでユズと会ったって。だから、ここにいればユズも来るかなって」


 連絡しても無視されるから、と彼女は消え入りそうな声で続けた。葉月は答えるべき言葉が思いつかず、無言で彼女の横顔を見つめる。

 どうやら涼花が言っていた通りだと思う。彼女の横顔を見ていると思い出すのは昔の自分。涼花がいなくて、ひとりぼっちを実感していた頃の自分の姿。


 ――そういえば。


 シグは葉月に嫉妬しているのだと涼花は言っていた。言われたときはピンとこなかったが、彼女の表情を見ていると思い出したことがある。それは自分がまだ涼花と出会ったばかりの頃。

 高校のクラスメイトだった彼女はよく葉月と一緒に行動してくれていた。放課後には教室に残ってお喋りをしたり、帰り道には寄り道をしたり。それなのに彼女の連絡先は半年くらい知らないままだった。

 自分から聞こうとしても勇気が出ず、周りの友達が涼花と気軽に連絡を取り合っていることを知って嫌な気持ちにもなっていた。きっと今のシグはそのときの葉月と同じ気持ち。


「――ミユさん?」


 不思議そうなシグの声に葉月は微笑む。


「ごめんね。なんかシグちゃんとユズちゃんって昔のわたしたちみたいだなって思っちゃって」

「わたしたち……?」

「うん」


 葉月は頷くと「ここにね、入院してるんだ。わたしの彼女」と続けた。シグは「彼女」とオウム返しに繰り返すと眉を寄せて「彼女?」と首を傾げた。


「そ。もう親も公認のわたしのパートナー」


 迷いはなかった。恥ずべき関係でもない。それにきっとシグなら大丈夫。そう思う理由にはやはり彼女がユズの友達だからという思いがある。


「そうなんですか……。えと、病気ですか」


 少し心配そうな表情で彼女は言う。それを聞いて葉月は思わず笑った。


「いや、なんで笑うんですか」

「うん。ごめんね。その反応、ユズちゃんと同じだったから」


 葉月は頷くと「ユズちゃんともね、このソファで初めて会ったの」とシグの姿にユズを重ねながら記憶を呼び起こす。


「わたしの彼女、涼花って言うんだけどね。バイクで事故しちゃってさ――」


 涼花が乗ったバイクが車に追突された。その連絡を受けたときは生きた心地がしなかった。幸いにも一命はとりとめたものの、意識が戻らない。

 それでも最初の内は希望も持てたのだ。きっとすぐに意識が戻っていつものように葉月のことをからかったりしながらも優しい言葉をかけてくれる。そう思っていたのに彼女の意識は戻らなかった。

 一週間、二週間、一ヶ月……。

 やがてその状態が二ヶ月経った頃には葉月の心も疲れてしまっていた。彼女には毎日だって会いに来たい。ずっと声をかけていたいし、手を握っていたい。しかし彼女の家族には自分は友達ということになっている。それ以上の関係であると告げることができない。だから友達以上の振る舞いはできない。その状況は葉月にとっては地獄でしかなかった。

 次第に気持ちは落ち込み、集中力がなくなり、他人と関わることができなくなって仕事を辞めた。


 ――どうしたらいいんだろう。


 その言葉だけが常に頭の中をグルグル回る。いっそのこと消えてしまえば楽になれるだろうか。どうせ涼花も目覚めない。もう彼女の声も聞くことができない。だったら――。


「隣、いいですか?」


 聞こえた声に葉月はハッと顔を上げた。すぐ目の前にはまだ十代と思われる少女の姿。彼女は可愛らしく小首を傾げた。


「あ、どうぞ」


 答えながら周囲に視線を向ける。近くのソファには誰も座っていない。


 ――なんでわざわざ隣に。


「具合、大丈夫ですか? もし悪いようだったら病院の人とか呼びましょうか?」


 怪訝に思っていると隣に座った少女はそう言って心配そうに眉を寄せた。葉月は愛想笑いを浮かべる。


「大丈夫ですよ」

「とてもそうは見えないんですが……」

「ほんと大丈夫です。わたし、患者じゃないですし。お見舞いに来てるだけで」

「毎日来てますよね。最近、この時間にはいつもここにいる」

「え……」

「あ、別にストーカーとかじゃないですからね」


 慌てた様子で言う彼女に思わず葉月は笑ってしまう。するとなぜか彼女はホッとしたように笑みを浮かべた。その表情が温かくて少しだけ心が楽になる。


「えっと、あなたも毎日ここに来てるんですか?」

「最近はそうですね。てか、敬語なんてやめてくださいよ。どう見てもわたしのが年下でしょ?」


 そう言って彼女はニッと笑った。葉月も「うん。じゃあ」とつられて笑みを浮かべる。


「あなたも家族か友達のお見舞いで?」

「んー。そうとも言えるような言えないような。いや、やっぱり言えないか」

「どっちなの……」


 しかし彼女はそれには答えず「お姉さん、明日も来ます?」とスマホで時間を確認しながら言った。


「うん。来るよ」

「じゃあ、わたしも来ますね。明日のこの時間、ここに」

「え、でも明日も平日だよ? 学校とか」


 言いながら葉月は腕時計を確認する。時間は十四時を過ぎた頃。彼女はどう見ても高校生だろう。この時間は学校があるはずなのに。


「大丈夫です! 午前は学校行ってるんで!」


 彼女はそう力強く答えると「じゃ、また明日」と去って行った。


「……つまり午後はサボってるってことなんじゃ」


 去って行く彼女の背中を見ながら葉月は呟く。なぜ話しかけてきたのかわからない。しかし彼女と話して気持ちが少し楽になったことは確かだ。


 ――不思議な子。


 本当に明日も来るのだろうか。いや、来るわけがない。きっと勢いでそう言っただけ。思いながらも心のどこかで期待している自分もいた。

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