知砂とユズ
第5話
多岐川知砂は物心ついた頃から人と接することが苦手だった。相手が怖いというわけではない。嫌いというわけでもない。ただ苦手だった。
親は共働きで知砂の面倒を見てくれていたのは祖母だった。思い返せば十五年の人生で何でも話すことができたのは祖母だけだったかもしれない。いや、祖母が何でも話していたというべきだろうか。
祖母は明るく元気な人でよく喋り、よく笑った。知砂が泣こうが八つ当たりをしようが祖母は笑って「まあ、そんなときもあるさね」と知砂の背中をバンバン叩いて励ましてくれた。まるで何でも分かっているとでもいうように。
おおらかで優しい人だった。しかし、そんな祖母も三年前に病気で呆気なく亡くなってしまった。見たいといっていた知砂の制服姿を見ることもなく。
その日から知砂は両親がほとんど帰って来ない家で一人ぼっちだ。
記憶にある限り友達と言えるような存在は今まで一人もできたことがない。他人を楽しませるような会話などできないと自覚していたので自然と人と接することを避けてきた。そんな知砂の性格を理解していない両親は根拠もなく中学生になれば友達ができると言っていたが、当然そんなわけがない。それどころか一人ぼっちの中学生活は小学生時代のそれとは違い、ひどく疎外感を覚えるものだった。
学校に行っても誰とも会話をせずに帰宅する。まるで目に見えない壁の中に自分だけが隔離されているかのような毎日は、この世界で生きているという実感を奪うには十分だった。
だからSNSを始めたのだ。始めれば何かが変わるかもしれない。この世界で生きている実感が得られるかもしれない。そう思ったから。
そのために必死にフォロワーを集めた。流行の画像を上げたり、積極的にやりとりを続けてみたり。
文字でのやりとりは考える時間が十分にあるので気楽にできた。気の利いた言葉を考え、押しつけすぎず引きすぎないリプを心がけた。そのおかげだろうか。フォロワーの数は瞬く間に増えていった。それは一般人にしては多すぎるくらいに。
だけど、それだけだ。フォロワーはいつまで経っても結局は赤の他人。友達どころか知り合いにすらなり得ない。自分はリアルでもネットでも一人のまま。それに比べて周りの世界だけが鮮やかに輝いていた。その中を覗くことすら知砂にはできない。その鮮やかな世界に生きてはいないから。
そんなことを思い始めていた二年前の春。一人のフォロワーと仲良くなった。きっかけは知砂がアップしたUFOキャッチャーの動画。適当に景品を手に入れたときのものを撮って上げただけだったが、そのフォロワーは「すごいすごい! 一回で取れたの? すごい!」と語彙力もない言葉で絡んできた。
知砂はベンチに座ってそのときのことを思い出し、薄く笑みを浮かべる。それからも知砂がゲームの動画を上げるたびに彼女は子供のように喜び、知砂を褒めてくれた。
――小学生みたいだったな。
思いながら周囲を見渡す。様々なゲーム機から色々な音楽が流れている居心地の良い空間。このゲームセンターが出来たのもちょうど二年前の春。そのときからずっとここが遊び場だった。あの頃までは。
知砂は手にしたスマホに視線を向ける。
『明日、十時。UFOキャッチャーコーナー横のベンチ』
送信日付は二年前の四月二十三日。それに対する返信には『了解!』とある。いきなりの要求に迷うことなくそう返事をしてきた彼女は今思い出しても変な奴である。
そのときスマホにDMの通知が表示された。シグからだ。DMを開くと『どこですか?』と知砂を探している様子のメッセージが表示された。
「さて、どこでしょうね」
知砂は呟く。だが返信はしない。
このまま放っておいたら彼女はどうするだろうか。諦めて帰るだろうか。そして怒って知砂のことをブロックするだろうか。別に構わない。彼女だってリアルで会ったことがあるだけで他のフォロワーと変わらない。ただの他人なのだ。
「ごめんなさい! 遅れちゃって!」
ふいに近くで声が聞こえて知砂は顔を上げた。するとベンチの前に安堵した表情のシグが立っていた。
「……遅刻」
驚きを隠して知砂がそう言葉を投げると再びスマホに視線を向け、画面をSNSのホームに戻した。
「ほんとごめんなさい」
シグは苦笑気味に謝ってから知砂の隣に腰を下ろす。
「あまりこの駅に来たことがなくて。それに場所、違いましたよ? ここってUFOキャッチャーのコーナーじゃないし」
彼女の声を聞きながら知砂は視線だけを前方に向ける。そこにはリズムゲームの機体が並んでいた。
「前は、そうだったから」
「前?」
「うん。ユズと初めて会った頃」
「ユズと……」
シグは呟くと黙り込んでしまった。横目で見ると、何かを考えているのか深刻そうな表情でどこか宙を見つめていた。困惑しているわけでも怒っているわけでもなさそうである。おそらくはユズとのことについて聞いてもいいのか悩んでいるのだろう。先日、電車の中でも同じような表情をしているときがあった。知砂は思わず鼻で笑う。
「え、なんですか?」
「いや、簡単に信じるんだなって」
「まさかウソなんですか?」
「さあ」
知砂は肩をすくめると「ただ、来るとは思わなかった」と続けた。
「しかもちゃんと探して見つけ出すなんて、お人好しすぎ」
「約束したんだからそりゃ探しますよ」
「約束――」
ただ一方的に時間と場所を送っただけだ。彼女からの返信に答えることだってしなかった。それを彼女は約束だと言う。
「知砂さん、なんで笑うんですか」
「笑ってない」
「笑ってますよ?」
知砂はもう一度「笑ってない」と繰り返すと立ち上がった。嬉しかった。だが、その気持ちを彼女に知られるのは恥ずかしくて知砂は「ゲーセン、来たことあるの?」と話題を変えることにした。
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