それぞれの境界
城門有美
プロローグ
第1話
店内には静かなBGMと食器がぶつかる音が響いていた。人の声はほとんどない。当然だろう。笠本時雨は両手で握ったスマホの画面を確認する。時刻は二十三時前。そろそろ終電が迫っている時間帯。平日のそんな時間にファミレスで騒ぐ者などいない。
ふいにため息が聞こえて向かいに座る女性に視線を向ける。歳は二十代前半といったところだろうか。少し疲れた様子で彼女はもう一度ため息を吐くと「そろそろ帰ろうか」と力ない笑みを時雨たち三人に向けた。
「えー、なに。もう帰んの?」
女性の隣に座る制服姿の少女がテーブルに頬杖を突き、スマホを見つめたまま不満そうに言う。あの制服には見覚えがある。県内では有名な私立女子校の制服だ。彼女はスマホから目を離さず「もう少し待ってみない?」と無表情に続けた。
「ムリ。終電もうすぐ」
短く答えたのは時雨の隣に座る小柄な少女だった。彼女もまたスマホから視線を逸らすことなく「明日も学校だし」と続けた。
「まー、たしかに? 中学生がこんな時間にこんな場所にいたらわたしたちが職質受けそうだし?」
「は? わたし、パピと歳同じだけど」
「わたしが早生まれなだけじゃん。あんたみたいに見たまんま中学生な発育不良と一緒にしないでくれる?」
「まあまあ。どっちにしてもこの店、二十三時半が閉店みたいだから出ないと。ね、シグちゃんも」
そう視線を向けられた時雨は「そうですね」と頷いてスマホの画面を見つめる。画面の中を緩やかに流れていくタイムライン。そこに目的のアカウント名は見当たらない。タップして開いたグループDMの画面にも新たな投稿はない。
「ユズ、自分から誘っておきながら来ないってマジでないっしょ」
「パピが無駄にテンション高いリプ返してるからイヤになったんじゃないの」
「はあ? 知砂、あんたこそやる気の無いリプしてたじゃん。ユズ来ないの、そのせいじゃん?」
「まあまあまあまあ。二人ともケンカしないの。ユズちゃんにも何か事情があるんだろうし。今日はとりあえず帰ろう? 一応ユズちゃんにも今日は解散ってこと伝えて、と」
言葉と共に画面にメッセージが投稿された。
『今日は解散します。また連絡しますね ミユ』
「これでよし。さ、帰ろ?」
ミユは微笑むと上着を羽織り、バッグを持って立ち上がった。
「ぜんぜんよくねーし」
ボソッと不満そうにパピは呟く。しかし、ここにいても仕方がないと理解したのか立ち上がった。時雨もそれに続いて立ち上がったが、知砂はスマホを見つめたまま動こうとしない。
「知砂さん」
時雨が声を掛けると彼女は視線だけを時雨に向け、怠そうに立ち上がった。そして無言でレジへ向かっていく。その姿を見ながらパピが小さく舌打ちをした。
「反抗期かよ。イヤなら来なきゃ良かったじゃん」
「会いたかったんだよ、知砂ちゃんも」
ミユの言葉にパピはもう一度舌打ちをするとレジへ向かった。
「――ほんと、会いたかったよね。もう一年も経つんだから」
ミユは呟くと彼女たちの後に続く。
時雨はその場に立ったまま手に持ったスマホを見つめた。表示されているのはさっきミユが送信したメッセージ。少し画面を上へとスクロールさせると、そこには彼女からのメッセージがあった。
『今週の木曜さ、あの駅前のファミレスで会わない? 二十時くらいでどうかな ユズ』
送信日時は月曜。それ以降、このDMルームにもタイムラインにも彼女は現れていない。
「シグちゃん、お会計済ませちゃおう?」
「あ、はい」
気づくとすでに三人は会計を済ませたようだ。時雨は慌てて彼女たちの後に続いた。
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