流れ星を探して

碧月 葉

天体観測

「どんだけ荷物持って来てんの……」


 ドサっと下ろされたリュックサックは四次元由来のものだったのだろうか。

 次々と道具が出て来きた。

 エアーマットやブランケットは分かる。天体観測は首が疲れるのが難点だから、寝転びながら星空を眺めるのは良い。

 しかし、シングルバーナー、ケトル、フライパン、ソーセージ、バケット、茶葉、酒色々……。


「お前なぁ、キャンプじゃないんだぞ」


「良いじゃないですか、明日は土曜日ですし。せっかくだから一緒に楽しみましょうよ」

 

 さくは、ウキウキと道具をセットしていく。


 此処はキャンプ場でも、山奥の空き地でもない。

 勤務先のビルの屋上だ。

 街外れにある割には高層で天体観測には好条件だった。


 今夜はしし座流星群の極大日。ダメ元で社長に屋上で星を見ても良いか確認したら、OKが出たので有り難く使わせて頂くことにした。

 ホットコーヒーを飲みながら一人でゆったり星の光を浴びようと思っていたのに、思わぬツレができてしまった。


 昼休みに後輩の朔と話していたら、是非一緒にとせがまれ、渋々了承したのだった。

 朔は高校時代の部活の後輩で、就職した会社にも後から入ってきたというクサレ縁深い奴だ。

 

 

「お前、アウトドアとか趣味だったの?」


「はい、ソロキャンプとか流行った時に始めてハマりました」


「え、一人でキャンプ行ってんの?」


「楽しいっすよ。自然の中で自由気ままに過ごすって、結構良いデトックスになるんですよ」


「え、じゃあ今日なんで来たの?」


「一人には一人の、二人には二人の楽しみ方があるんです」


 ソロキャンプで鍛えた朔のアウトドア技術は中々なもので、しばらくすると香ばしくプリップリのソーセージが焼き上がり、俺はビールと一緒にそれを味わった。


「メシって外で食うと何でこんなに美味いんだろ」


「センパーイ、そこは最高の焼き加減だって俺を褒めるとこですよ」


「悪いわりい。そうだ、林檎食うか?」


「やった、期待してきて良かった、先輩最高!」


 朔はガッツポーズを決めた。

 たかがりんごで喜び過ぎだろ。



 こいつは昔からりんごが大好きだった。

 俺の家はりんご農家で、この季節になると毎日のように弁当にりんごが入っていた。というか、母ちゃんが手ぬきをしてりんごが丸ごと入れられている日も少なくなかった。

 イチゴやバナナじゃあるまいし、勘弁してくれと思いながらカブりついていたのだが……。

 ある時、部活でもそれをやっていたら熱視線が飛んできた。


 朔が食い入るように俺を見ていたのだ。


「食べたいの?」


 尋ねると顔を真っ赤にして頷いたので、反対側を齧らせてやった。


「最高に美味いっす……」


 朔が涙ぐむほど感激していたので、それ以来、度々りんごを持ってきてやった。

 毎回、大きく振れる尻尾が見えるようで、何だか餌付けしている気分になったっけ。

 



「あー、懐かしい。マジで美味い」


 シャクシャクと音を立て、朔は目尻を下げて嬉しそうにりんごを頬張る。


「相変わらず好きだな、お前。いっぱいあるから、持って帰って良いぞ」


「ありがとうございます。じゃあ、それでデザートも作りましょうか」


 朔はニコニコとリュックから何かを取り出した。

 グラニュー糖、ハチミツ、シナモン……。

 こいつ、あの短時間でどれだけ準備したんだろう。


「おいおい、パイでも焼く気か?」


「流石にこの設備でそこまでは。『焼きりんご』ですよ」


 朔はナイフで芯をくり抜くと、穴にグラニュー糖と蜂蜜、ラム酒を注ぎ、バターを詰めてアルミホイルで包んだ。


「手慣れてんな」


「どうやったらもっと美味しく食べられるか、研究したんです。絶品ですよ。先輩ん家のりんごで作ったのなら尚更に」


 朔はそう言って包まれたりんごを撫でた。



 待つこと20分。

 じっくり蒸し焼きにされたりんごにシナモンをふりかけ、朔は自信満々の表情で手渡してきた。


 甘酸っぱいりんごの香りにラムの甘さ、そこにスパイシーさも加わり、匂いだけでもポテンシャルの高さが窺える。

 味は……とろっとなったりんごの食感、ちょうどいい自然な甘さ、だけどしっかりデザートしてて……


「何これ、めちゃ美味」


 そう言って朔を見ると、満ち足りた表情で微笑んでいた。

 



 夜も更けて、東の空からしし座が昇ってきた。

 そこそこ冷え込んできたのもあって、互いの体温が感じられる距離に寝転んで、ランタンの光を落とした。

 

「今夜が活動のピークだと思うけれど、ここ数年しし座流星群は低調なんだ。果たしてどれだけ見えるかな」


「へぇ低調ですか。星にも調子ってあるんですね」


「ああ。しし座流星群は、テンペル・タットル彗星が元となる流星群なんだ。彗星は33年周期でやってくる。その前後の数年間が特に多くの流星が現れるんだけれど、今年はまだそういう時期じゃない」


「じゃあ次にたくさん見れるのはいつなんですか?」


「大体2035年前後って言われてるから、あと10年は先だな」


「ねぇ先輩、その時も一緒に見ましょうよ」


「はぁ? 何でお前と見なきゃなんねーの」


「いいじゃ無いですか。その時にはもっと凄いキャンプ飯、ご馳走しますから、ね」


「仕方ないなぁ」



 流れ星はそう簡単には現れず、俺たちは満天の星を眺めながらたわいもない話を続けた。



「そういえば先輩は、農家を継ぐために戻ってきたんですか? 昔は宇宙を研究したいって言ってましたよね」


「星はここでも追えるからさ。じいさんも親父も頑張ってるから、俺の代で農家を終わらせるのは悪いだろ。2つの夢をゆっくり叶えてみようかなって。まぁ、農業だけじゃ食っていくの大変だから、もうしばらくはサラリーマンを続けるけどな」


「良かった、俺のりんごはほぼ一生安泰ですね」


「ったく、ほんとにりんご好きな」


千隼ちはや先輩のとこのが特別なんですよ」


「……ところで、お前こそ、何でこの街に戻って来たんだよ。東京のかなりレベルの高い学校行ったんだろ? こんな田舎より良い就職先、沢山あっただろ」


「給料だけが人生じゃありませんから。うちの会社、社長がいい人ですし……それに、こっちでやりたい事というか、諦められない事があったので帰ってきちゃいました」


「そっか、朔も夢があるんだな。頑張れよ。応援してるから」


「………はい。ありがとうございます」



 その時、東南の空から強烈な光が生まれ、大きく弧を描いて消えていった。


 興奮した俺はパッと横を向いた。


「見たか! 今の凄っ…………⁈」


 朔の顔は直ぐ隣にあって、何故がその顔は俺の方を向いていて……俺の唇は、あいつの柔らかいソレに触れた。 

 シャンっと俺の胸の奥でも星が弾けるような感覚があった。


「う、あぁぁ……すみません」


 朔の狼狽えた声、表情はよく分からない。


「っ、事故だ事故! お前ちゃんと上を見てろよ、きっとここからが本番だから」


「……はい」

 

 引かれ合ったのは果たして、唇だけなのか。


 気を取り直して、見上げた空では本日2つ目の星が流れた。



                  【了】

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流れ星を探して 碧月 葉 @momobeko

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