変な動きをした人
攻略を目指す、俺。
人々がひしめき合う歩道に、車が行き交う道路。
異世界ではないそこは、俺の元居た世界をそっくり映し出していた。
「なになになに!?」
リュゼが慌てて声をあげる。
「大丈夫だ、と言いたいところだが……レーヴ、魔法を頼めるか?」
俺一人だけだと落下の衝撃に耐えられるが、三人では厳しい。
だから、重力を操る魔法を使えたはずのレーヴに頼んだ。
「嫌です」
「そう、か……」
拒否されては仕方がない。
別の方法でいこう。
「ちょ、ちょっと!? 私は今、魔法を使えないのよ!?」
「リュゼは魔力があったら大丈夫なんだな。よし、強化六段階……」
俺は自分の口から魔力を出し、リュゼに与えることにした。
だが、この動きは言った彼女に止められる。
「私にやったらダメでしょ! 今は、王女、様!」
俺は顔を掴まれ、レーヴの方に向けられた。
レーヴがむすっとした顔で、俺から視線を背ける。
「受け取ってくれないか? 強化六段階、魔」
俺はそんな彼女の顎を掴み、無理やり唇を奪った。
そして体内に大量の魔力を流し込む。
レーヴは別に魔力が枯渇していたわけでは無さそうだったが、リュゼには考えがあってのことだろう。
俺に見えていない何かが、彼女には”みえて”いたのかもしれない。
「ぷは……」
俺が口を離すと、粘性の含んだ透明な液体が空へと飛んだ。
「まさか舌まで入れてくるとはな……そんなに腹が減っていたのか……」
俺の口づけは、リュゼの時より濃厚なものとなった。
別に体液の交換で魔力の受け渡しをしているわけではないから、意味のない行為なのだが……
「せんぱい……」
レーヴのふくれっ面が、今にも蕩けそうな程柔らかくなっていた。
今までに経験したことのない量の魔力を、今彼女は保持している。
そのせいで、高揚感に包まれているに違いない。
「リュゼ、魔法を使ってくれるな?」
「はい……強化三段階、浮」
夢見心地なリュゼは、そのまま魔法を唱えた。
重力に従って自由落下していた俺たちは、魔法によって浮遊感を与えられ、そのまま地面へゆっくりと降り立った。
着地地点に俺が選んだのは、都会の中に点在する公園の一つ。
周りを木々が取り囲み、地面は芝生で覆われている。
「やはり幻影か……」
音が聞こえなかった。
公園で遊ぶ親子、ベンチで談笑するカップル、その他人々が口を動かしている。
見た目は実在しているように見えても、時折流れるノイズが、ここを仮想世界だと認識させた。
「先輩、私、怖い……」
レーヴが抱き着いてくる。
異世界人からすると、ここが異世界だ。
いきなり転移させられたら、その様な反応になるのも仕方がないだろう。
とも思ったが、彼女の声はわざとらしすぎた。
「ここは別世界、を模した門の中だろう……いや待て、文献で見たことがあるぞ」
俺は乏しい記憶力をフル稼働させるが、かつて見た門に関する文が思い出せない。
腕を組みうーんと首を傾げた。
「第七段階……すごい、こうなっていたんだ……」
対照的にリュゼは、ふらふらと歩きながら周りを輝く目で見ていた。
「そうなのか、これでいいの、か……?」
俺は何だか申し訳なくなった。
確かに隠し通路的なのは、ゲームの基本だ。
ステージをスキップできる機能は、遊び心としてとても理解できる。
だが、第二から第七は、少し飛び過ぎだ。
門の製作者の意図したものなのか、それとも試練の地以外でボスを倒したことによるバグなのか、俺には分からない。
この際だ、どちらでもいい。
この機会を利用させて貰おう。
「『英雄だけが、第七段階から帰還できた』その認識は正しいか?」
俺はリュゼに聞いた。
かつて読んだ文献内で、覚えていた一文だ。
「そうよ。ここには脱出地点が現れない。だから、試練を乗り越えるしかないの」
リュゼは淡々と答えた。
もう帰れなくなるかもしれないというのに、中々の胆力をしている。
「よし、だったら探すだけだな」
俺は歩き出す。
やる事が決まれば、話は早い。
「今はあんたの性格が羨ましく感じるわ」
「先輩と一緒なら、私はどこへでも……」
二人とも怖気づいているわけではないようだ。
それでいい、それがいい。
このパーティなら、絶対にできる。
そう、トリックショットに必要なのは、先を恐れない勇気なのだ。
それから公園を抜け、俺たちは一番高い建物、タワーを目指す。
迷ったら高い場所へ行け。
俺の中での鉄則だ。
道中、都会の喧騒に包まれる。
音は聞こえないが、あまりの人の多さにリュゼは引き気味だ。
レーヴは俺しか見ていないから大丈夫そうだが……
「本当に、人が波のようとは……言い得て妙ね」
「すぐに慣れる」
都会に出て初めに身に付けないといけないのは、他人との距離感だ。
ここの人たちは、いわゆるNPCなのだろう。
接触したとしても、透けるだけで実体はない。
それでも、人と物理的に重なるというのは進んで行いたくないものだ。
人混みでぶつからないようには、歩行中の位置取りが大切。
これはこれでゲームみたいに思える……思わないとやってられない。
「この人たち、皆同じ服を着ているわ。装備の一種かしら」
「それは……確かにそうだな」
スーツを着た男女は、戦場へと向かう面持ちで規則正しく歩いている。
俺にとって、彼らは立派な戦士だ。
「文明レベルが違いすぎるわ。これは門の謎に迫れそうね」
「リュゼの目的はそれか?」
「そうよ。私の祖先が何を思って”報酬”を選択し、なぜ門の奥に消えたのか知りたいの」
「あの魔法か……」
現実を改変する第七段階魔法。
それが英雄の遺したものだろう。
俺たちは話しながら歩いているが、周りの人たちがそれを気にすることはない。
この世界に存在していないのは、俺たちの方なのでは……と錯覚してしまうほどだ。
「試練を乗り越えたら分かるさ」
俺は、少し真剣になりすぎていたリュゼの頭をポンポンと叩いた。
「!? 王女様、これは……」
「いいよ、もう。あと、リュゼと呼んで」
「は、はい……」
今のレーヴはレーヴ史上最高に落ち着いている。
やはり先ほどの俺の
ビルと共に人が減り、タワーが目前に迫った。
何度か上ったことのある鉄骨の建物だ。
「高いわね……」
リュゼが顔を上に向け、感動している。
間近で見る迫力はまた違う。
「そうだな……階段あったかな……」
俺はどうやって登るかを考えていた。
今の状態で、チケットを買えるはずもない。
背後から物々しい殺気を感じた。
それはあまりにも邪悪で、体が反射で排除を選択する程だった。
俺は殺気の出所に、金属塊を撃つ。
「ムリムリ、こんな豆粒で僕を倒そうなんて」
俺が放った金属塊を人差し指と親指で掴み、へらへら笑う少年が一人。
「ねえ、君は”いつ”ここに来たの?」
彼から流れる異質な魔力。
俺は気づいた。
「すごいな、第七段階の魔物は」
少年は、人間ではない。
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