魔法を使う、俺。
「とりあえず、あいつをどうにかしよう」
俺はレーヴの手を優しく離し、頭をポンポンと叩いてあげる。
彼女の心理状態が良からぬ方向に進んだときは、こうすれば落ち着かせられるのだ。
今までの経験上、大丈夫なはず……
「あの試練は、俺のだ」
実際は”せい”という言葉が間に追加されるのだが、そこまでは言えなかった。
色々と面倒になり、レーヴの表情を確認せずにそのまま塔から飛び降りる。
「先輩……やっぱりカッコ良い……」
背後から聞こえたレーヴの声に、俺は反応してしまった。
トリックショットの魅力をついに分かってくれたかもしれない、などという淡い希望を抱いてしまった。
彼女には俺の夢について語ってある。
自分が使える主君である以上、最終的な目的は共有しておくべきだと思ったからだ。
だが、最初は『その行為に何の意味が?』と言われ、そこそこ親しくなった後は『敵の戦意を削ぐためですよね!』などと無理やり実用面を探し出し褒めてくれた。
それが、”トリックショットをしようとしている俺”がカッコ良い……だと。
”やっぱり”ということは、実はレーヴもトリックショットに興味があったのか……
同志を見つけたオタクは、語り合いたい欲が出てきてしまう。
だが、こう飛び出した手前、今更戻れない。
ならば、最高にカッコ良い一撃を決めて、その行動によって俺の意思を示そう。
この思考が一瞬の内に行われ、地面に足が着く頃には先程の不安が再度やる気へと変わっていた。
「リュゼ、あいつを足止めできるか?」
俺は、塔の下に居たなぜか顔を青ざめたリュゼに問いかける。
「ラ、ス……後ろ……」
俺が振り返ると、出刃包丁の形をした魔導具を持ったレーヴが立っていた。
「先輩、なんでこの女を馴れ馴れしく呼んでいるのですか……私の場合は呼び捨てに丸一年はかかったというのに……」
ぶつぶつと呟きながら、彼女は包丁を片手にゆっくりと近づいてくる。
正直何を言っているのか分からなかったが、俺はただただ感心していた。
「先輩を殺して私も死ねばいいんだ……それでずっと一緒になれる……こんなに簡単なこと、なんでもっと早く気づかなかったのだろう……」
だからこそ、レーヴの包丁が俺の腹部に刺さっていることに気がつくのが少し遅れた。
「レーヴ、本当に成長したな……」
俺は防御も回避もせず、更に包丁を抜かずそのまま、しっくりくるセリフを口に出す。
「なんで、なんで……」
レーヴがなぜか泣き出し、地面に膝をついた。
「この魔導具は、対象が使用者に対して持つ敵意に比例して威力が上がる」
俺は腹に刺さった、正確に言えば刺さってはいないのだが、包丁を抜き、傷一つない腹部を見せた。
「これで分かっただろ、俺がレーヴに持っている感情が」
「せん、ぱい……?」
俺はレーヴの頭を優しく抱きしめ、頭を撫でながら耳元でトドメのセリフを言う。
やはり必要なのは、言葉による意志の伝達だ。
「俺にとっては、レーヴが一番だよ」
彼女は自己肯定感が低い。
だからこそ、こうして定期的に褒めてあげなければ暴走するのだ。
実際に俺の知る人間の中では、総合力で言えば一番だと思う。
そういう事実は、ハッキリと伝えてあげた方が本人のためになる。
「先輩、せんぱい、うあああん……」
泣きじゃくりながら俺を抱きしめるレーヴ。
俺は、そんな彼女をただ優しく撫でてあげるのだった──
「なにこれ……」
リュゼの呆れた声が聞こえるが、気にしない。
しばらくして、レーヴが立ちあがった。
彼女は勝ち誇った顔でリュゼを見る。
「リュゼ、さっきは申し訳なかった。あなたは精々お遊び程度にしか思われていないのに、正妻としての余裕がなかった、私の落ち度だ」
「そうですか……」
リュゼはしっくりきていないようだが、立場上反論もできないのだろう。
「レーヴ、あいつの動きを止めてくれ」
「はい! 先輩のためならなんでも!」
そう言って、暴れているボスの方向へレーヴは消えた。
あそこにはかつての同僚もいるし、足止めくらいはできるはずだ。
だったら、今俺にできることは……
「リュゼ、力を貸してく……」
「ちょっと待った」
俺がリュゼの方向を向いてお願いしようとしたら、顔の目の前に手のひらを突き出された。
「なんだ?」
「さっきのは何よ。ラス、あんたはレーヴ王女とどういった関係なの?」
「ああ、あれか……実は、俺はレーヴの騎士なんだ。さっきの様子だと、まだ騎士らしい」
「らしいって、ちょっとテキトーすぎじゃない?」
「テキトーではなく、適当だ。俺は俺がしっくりくるやり方で生きている。それに、さっきの俺の言動もレーヴを落ち着かせるためのものだ。いつものことだ、慣れている」
リュゼにテキトーだと言われ、俺はしっかり反論した。
「分かった、分かったから……あなた、いつか本当に刺されるわよ」
「大丈夫だ、俺は殺意に敏感だからな」
「はあ……もういいわ。それで、私は何をすればいいの?」
リュゼは諦めたようで、俺に向けていた手のひらを上に向ける。
それは、何かを要求している仕草だった。
「魔力を貸してほしい」
俺は正直に言う。
リュゼは少し悩み、首を横に振った。
「それに関しては私では無理ね。そもそも魔力を他人に譲渡する方法なんてあるのかしら」
彼女の疑問はもっともだ。
そもそも魔力自体が謎とされているのに、それの受け渡しなど想像もできないだろう。
「いや、君にはできる」
だが、魔力が”みえる”俺は問題ない。
「詠唱する時に魔法名を唱えるだろ? その原理だ」
「何言ってるのかさっぱりだわ」
詠唱というのは、実は言葉として口から魔力を出しているに過ぎない。
それを利用して、俺は一つの魔法を編み出した。
魔法というより、技術だ。
そう、効果を発動せずに、ただ魔力を口から吐き出す技術……
「種類は強化、段階は六、魔法名は”魔”」
「それって……」
「大丈夫だ。何も考えず、ただ魔法を使う感覚で唱えてみろ」
俺が真剣な眼差しを向けると、リュゼは戸惑いながらも詠唱を始めた。
「強化六段階、魔……」
言葉が終わった瞬間、俺は彼女の唇に自分の唇を重ねた。
いきなりのことに、目を丸くして驚いているリュゼ。
俺は気にせず、彼女の口から出た魔力を受け入れる。
「よし」
自分の体に貯まった魔力量を確認して、俺は満足気に頷いた。
「ありがとな、リュゼ」
リュゼは固まったまま、動かない。
目をぐるぐるとしている。
魔力を吸われるという初めての経験に混乱しているのだろう。
仕方がない、俺も魔法を使おう。
これから言うのは、実地試験済みの人を落ち着かせる言葉だ。
「俺にとっては、リュゼが一番だよ」
彼女の耳元でささやいたのは、レーヴも喜ぶ最上級の肯定。
魔力の受け渡しという技術を使ったのは初めてだから、一人中の一位になるのだが、それでも事実であることに変わりはない。
俺は言葉の置き土産の後、駆け出し、再び塔の中に入った。
「ラスのバカー!」
背後から俺を褒める声が聞こえる。
そうだ、馬鹿になれ。
最後まで馬鹿を貫いた者が、究極の自己満足を手に入れられるのだ。
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