ソーラーパンク

異界ラマ教

第1話 灰色の生命

「───あぁ、空が割れている」


一匹のネズミは馬鹿みたいに大口を開けたテラリウムの外に広がる灰色をぼんやりと見つめていた。


空を見上げていたのは男だけだった。


他のネズミは粘液に塗れ溶け、地面と混ざり合い手を繋ぐように死んでいた。

粘性のある液体となったネズミたちは不思議なことに男と同じ顔をしていた。

顔だけではない、身長や体型、声帯に指の長ささえも男とネズミたちから差異を感じるのは難しいだろう。


───無論、それは五体満足である時に限った場合の話だが。


そういう意味では少なくともその場に男に似ているようなモノはなかった。


司令官ベビーシッターが言うには生きている都市の空は青いらしい。……青っていうのはどんな色なんだろうな」


───少なくとも臓器と土が混ざり合った気色の悪い絵の具とは違うのだろう。


男は立ち上がり、裸足でキャンパスに足跡を残す。

向かう先は決まっていた。

遠くから聞こえる荒い呼吸音と己の遺伝子を残さんとするための発情の匂いの元だ。

バイオテクノロジーによって鼠の遺伝子を色濃く受け継いで生まれた男にとっては同種の場所を探知することなど容易いことだった。



「───やっほ、『俺』。来てくれて良かったよ」


そのネズミは灰色の長髪を泥のように垂らし、一糸も纏わぬ姿で地面に座り込んでいた。


「生殖機能は無事か?『私』。司令官ベビーシッターは死んだのか?」



向かい合う男と女をもし他の誰かが見たとするならきっとこんな感想を抱くだろう。

『同じだ』と。

性別が違うのだ、その次点でそのような感想を抱くのはおかしいと思うだろうか。

確かに女の身体は男とは別物だし、顔付きだって似てはいるが同じというには余りにも違いがある。

しかしこれを兄妹の一言で片付けるには不自然なほどの類似があるのだ。

それもそのはず、その二匹は近親交配を繰り返し作り出された遺伝子を組み込まれた生産装置マザーから産み出された99パーセントの同一の遺伝子を持った生命ネズミだからだ。


「どっちも生きてるよ。私たちはベビーシッターを逃がすための囮さ。本隊は今頃『補充』を始めてるんじゃないかな」


「……なるほどな。栄養は足りているか?」


そう言うと男は左腕を女の前に差し出した。


「あ~大丈夫大丈夫。あの化物ナメクジ、もうお腹いっぱいだったみたいで軽く暴れたらどっか行ったからけっこう原形が残ってるのが多かったんだよね」


女はへらへらと笑った。


ネズミたちに所持品などというものはなかった。

生まれてからすぐに骨董品アンティークのようなトラックに詰め込まれ、光のなくなったテラリウムに送り込まれる。

そこからは武器も食料も生きる理由も自分たちでどうにかしなければならない。


文字通り、自分たちで。


「じゃ、私たちも『補充』しますか」


───その行為には本来あるはずの愛や欲といったものはなかった。

子蜘蛛が教わるでもなく糸を操るように。

二人のネズミは生き残るための最善手を理解していた。

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