おなら

 理想と現実の話をしましょうか。

 私にも夢を見ていた頃がありました。


 昔何かで読んだのか、テレビだったか、誰かがこう言っていました。

 夫婦であっても親しき仲にも礼儀あり。おならを相手の前で恥じらいなくするなんてだめ。心許せる間柄であっても、きちんと線引きをすることで尊敬し合う関係でいられる、と。


 まだ若かった私は下ネタに潔癖なところもあってすぐに感化され、結婚した暁には相手の前でおならはしないと心に決めました。それが理想の夫婦関係だと。

 ウン年前、運良く結婚できた私は、こんな私と結婚してくれた人を心から大事にしたいと願い、その人の前でおならをしないという誓いを忘れず固く守っていました。


 しかし、まだ新婚と言っていい時期のある日。目覚めた私に、愛しい人は半笑いで告げたのです。


「ハマルさん、寝っがすごいんだけど……」


 恥ずかしくて穴があったら入りたいとはこのことでした。

 私は知らず知らず眠りながらおならをブーブーしていたのです! 事実かどうか自分では睡眠中で確かめようがないですが、愛しい人がこんな嘘をつくとは思えません。


 現実とは残酷なものです。

 私はもう、どうでも良くなりました。


 理想が音を立てて崩れる、という表現がまさにぴったりでした。どうせ私は寝ている間に好き放題おならをしています。しっかりと何度も聞かれていたようです。起きている時だけ「おならをしない」という誓いを守っても、今さら何の意味もなさない……


 お互いの前でおならをしても平気な関係になるのに時間はかかりませんでした。愛しい人が私の前で気軽におならをして、あははと笑い…… 私もお返しとばかりにおならをして、うふふと笑う……

(後に分かることですが、二人とも過敏性腸症候群のようです。そもそもおならが出やすい。けったいな夫婦ですね)


 下ネタに潔癖気味? 人間って、変わるんですよ。


 一人暮らしでは、自分の寝っに気付けません。高い理想を掲げるのは要注意です。

 私からは以上です。

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