第6話


 〈東堂明美とうどうあけみ


 「ダンジョンを封鎖しろ~」


 「「「ダンジョンを封鎖しろ~」」」

 

 私の声に続いてみんなが声をあげる。


 ぐるりとあたりを見回すと、私の後ろにはダンジョン保護連合の仲間が、さらにその周りにはマスコミも来ている。ああ、なんて気持ちがいいんでしょう。今この空間の中心はまぎれもなく私!!


 瑠亥るいがいなくなって2年が経過した。当時は大変だった、警察や児童相談所の職員なんかも来ていろいろと調べられた。あいつらはあろうことか瑠亥るいがいなくなった原因が親である私たちの可能性があるからなどと言ってきた。

 証拠がないとわかると大人しく帰っていったからよかったが、まったくそんなことがあるはずもないのに、失礼な連中だった。周りの連中もだ、急に距離をおきだしてあることないこと噂された。

 当時は勝手なことをした瑠亥るいのことを恨みもしたが、今はそれも許してあげようと思う。


 瑠亥るいのせいで、どん底にいた私の人生は半年前から変わった。瑠亥るいが生きていたのだ。しかもそれだけじゃない、瑠亥はダンジョンの最高到達階層を更新していた。それに気づいた私はすぐに動き出した。ダンジョンで子を失った母として周りからの待遇が心地よくて所属したダンジョン保護連合だったが、それもいつまでも続くわけではなかった、もちろんみんな気を使ってくれてはいるがダンジョン保護連合のメンバーは大体同じような境遇の者ばかりだ、新しい者が入ってくればそちらのほうが注目されてしまう。

 

 私はもっと上に行くべき人間なのに今の待遇はおかしいと思っていた。だから瑠亥のことを利用してダンジョン保護連合での地位を上げようと思いついた。それは面白いぐらいにうまくいって今ではみんな私のいうことをきいてくれる。それに瑠亥はダンジョンを攻略したようなのだ。ダンジョン保護連合では地位はある程度手に入れたが大金が手に入る訳ではない。しかしそれも瑠亥がダンジョンで手に入れているであろう物を売れば手に入る。今も周りにいるマスコミを見ればわかる通りテレビの取材なんかもひっきりなしに来ている。

 

 私の娘なのに出来が悪いと思っていたがこんなにも役にたってくれるなんて。


 私がそんなことを考えていると周りがざわめきだした。正面の出入口を見ると人影が見えた。

 背が伸び体型も変わっているが顔を見ればわかる。それに特徴的なあの長い黒髪、瑠亥だ。


 瑠亥を見つけた私は周りにアピールしながら両手を開いて待つ。瑠亥も私の方に走ってきている。


 ダンジョン保護連合やマスコミが私に注目しているのを感じる。高揚感を感じながら走ってきた瑠亥を抱きとめた。


ああ、瑠亥、本当によくやったわ。私はこれから訪れるだろう数々の幸福を思い顔がほころぶ。


 「さようなら」


え?


突然の衝撃に私は声も出せずに自身の体を見下ろした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 明美は何が起きたのか理解できていないのか驚愕に目を見開き瑠亥の腕に貫かれた体を見下ろしている。


「ああああああああああああああああ!!」


だがそれも一瞬のことで、襲い来る激痛に耐えられずに絶叫した。


「あはっ!!」


瑠亥は笑みを浮かべ、明美の体に腕を突き刺したまま自身の母の顔を見つめる。


「きゃああああああ!!」


「おい!!ちゃんとカメラ向けろ!!」


「明美さん!!」


 ダンジョン保護連合やマスコミ、親子の再会を見守っていた先ほどまでの静寂が嘘のようにあらゆる所から声が上がった。


「痛い痛い痛い!!抜いて!!やめて!!」


 痛みでまともな思考が出来ていないであろう明美が喚き散らす。その顔には先ほどまでの余裕の笑みは面影もなく、痛みのあまり涙と唾液があふれ出してぐしゃぐしゃになっている、しかしそんなことを気にする余裕などない。


「いいよ!お母さんの言う事は聞かないとね!」


 瑠亥は楽し気に声を弾ませながら答えて腕を抜き始めた。このまま腕を抜けばすぐに出血多量で死んでしまうだろう、むしろ今すぐにショック死してもおかしくはないが、そんなことを瑠亥が許すはずがない。


 今も人知れず100層のボスを倒したときに手に入れた炎のスキルを発動させている。炎のスキルの回復は他者にも使えるようで、傷口を多少回復させて万が一にも死なないように調整している。


しかし失血死されるのも困るが更なる苦痛も与えてあげなければ面白くない。


そう考えた瑠亥は腕に炎を纏わせ傷口を焼いて塞ぎながら腕を引き抜いた。


「っ!!」


明美はあまりの痛みに声を上げる事も出来ずにうずくまる。


「なんであんなに無警戒に私を待つことが出来るの?私にしたことなんて、私の気持ちなんて一切考えたことないからなんだろうけどね?」


 瑠亥は地面にうずくまる母を見下ろしながら語り掛ける。その顔は笑っているが狂気を含んだその笑みに明美に駆け寄ろうとした周りも恐怖から思わずその足を止めた。


「答えろよっ!!」


 先ほどまでの笑みは嘘のように怒りに任せて怒鳴りながら明美の顔面を蹴り抜いた。しっかりと加減されたその蹴りは明美を殺すことなく、のけ反り鼻血を出す程度にとどまっている。


 蹴り飛ばされた明美は今度は痛みに悶えることなく瑠亥を睨みつけた。


「瑠亥っ!!お前なんかが私を!!親である私に!!よくも!!」


 アドレナリンのおかげか、それともずっと下に見ていた瑠亥に蹴り飛ばさたことがよほど許せなかったのか、痛みなど忘れたかのように喚き散らす。


 そうか、やっぱりこいつにとっては私なんかこの程度の認識なんだ。殺せる距離にいる事が分かって、思わず飛び出して、こうして無様に喚く姿を見てもやっぱり私の復讐心が消えることはなかった。それに時間もなさそうだしもう終わらせよう。

 

 興奮している母はいまだ私に向かって喚き散らしているがそれを無視して語り掛ける。こんなのでも一応親ではある、挨拶は大事だろう。


「さようなら、ずっと大嫌いだったよ。」


明美は喚くのをやめ瑠亥を睨みつける。


「死ね」


「え?」


 明美は何を言われたのか理解出来ず呆けた声を上げた。しかし次の瞬間にはまた絶叫に変わった。


 明美の体から激しい炎が上がりその体を包み込んだ。


「ぎゃああああああああ‼︎」


 明美は炎に包まれ、耐えられない痛みに暴れ狂う。野次馬の中にはあまりの光景に嘔吐する者、マスコミの中にもカメラを背けている者もいる。 


 その光景を瑠亥はただじっと見つめる。


 やがて叫び声も止み、そこには人だったとは思えないただの黒いシミだけが残った。


「ふっ、ふふ、あっはははははははは‼︎」


 誰も声を上げる事の出来ない静寂に瑠亥の笑い声が響き渡った。






 



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