魔女セラフィーナの祈り
@jiikbgyuy
魔女セラフィーナは修道女
修道院——ステンドグラスから差し込む日光が、彩色された光となって修道院内を照らしている。
高い天井には華やかな装飾がところどころに散りばめられ、神聖な雰囲気を一層引き立てている。
修道女たちは静かに祈りを捧げ、その祈りの声が空間を優しく満たしていた。
木製の椅子に腰掛け、彼女たちは心の平穏を感じている。
ただ、美しいステンドグラスに映る光が、どこか不吉な赤色に見えたのは気のせいだろうか——。
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「セラフィーナ!」
祈りの時間が終わり、修道院から出たところで、はきはきとした声が聞こえた。思わずその方向へ振り向く。
「きゃっ!」
次の瞬間、声の主が勢いよく抱きついてきた。
「マリア、あの…き、きつい…」
抱きついてきたのは、マリア。年下の女の子で、丸い目の茶髪が印象的だ。修道服の下には黒いインナーを着ている。
彼女は私の胸に顔をうずめたまま、頬を緩ませている。
「ごめん、ごめん。でもさ、私だって大変だったんだよ? 早朝の掃除に、ご飯の準備、それに疲れてるのに長〜いお祈りをやっと終わらせたんだから!」
そう言って、誇らしげに胸を張る。
「マリアだけじゃないでしょ、それ。」
「まぁ、まぁ、細かいことは気にしない!」
いつもの調子に、思わずため息が漏れる。
そんな取り留めのない話をしながら、二人は並んで街を歩いていった。
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「それでさ——」
「セラフィーナさん。」
マリアが、先日玉ねぎを炒めたら全部なくなったという話をしていたところ、その声が遮った。
「あっ、ラファエルさん…」
振り向くと、黒髪の短髪に鋭い目鼻立ち、鉄の鎧を纏い帯剣している男性が立っていた。
キリッとした輪郭と佇まいが印象的だ。彼の俗称は——
「勇者様じゃない?」
「本当!?」「ほら、あの最強のドラゴンを倒したって——」
町中に、有名人特有の喧騒が広がっていくのがわかる。人の動きが激しくなり、いつの間にか私たち3人が衆目を集めていた。
気恥ずかしくなり、早々に会話を切り上げようとする。
「あの、ラファエルさん。前にも言った通り、あの件はお断りしたはずですが。」
「はい、わかっています。」
彼は真剣な眼差しを向け、
「ですが…ですが! どうしても諦めきれないのです。ラファエル・ヴァイス、生まれてこの方、両親からの言いつけで、女性に無理を——」
「ねぇ、ねぇ」
マリアは彼に近づきながら声をかけた。
「つまり、何? セラフィーナに、ねぇ、なんなの?」
「えっ」
ラファエルは、マリアの剣幕に気圧されたのか、ビクッと肩を跳ね、一歩下がった。
「いえ、違うんです。実はルキウスが——」
「ルキウス? 誰?」
「キャーー!」
突然、遠くから悲鳴が聞こえてきた。
「お、おい、修道院が燃えてるぞー!!」
「え…」
マリアは、あまりにも突然の出来事に、言葉を失った。
同様に、私も全身が固まり、先ほどまでいた場所から赤い炎がはっきりと見えた。
ほんの一瞬、夢や幻を疑ったが、周囲の人々の慌てようや甲高い声が現実を突きつけてくる。
まるで時間が止まったように、視覚以外の感覚が麻痺するほど、圧倒的な恐怖を感じた。
「セラフィーナさん、ルキウスです。ルキウスが火を放ち、修道院を取り囲んでいるんです。」
ラファエルが私の肩に手を置き、静かに言った。
「な、なんで…」
「どうやら、彼が信奉する教会が、修道院に異端の疑いをかけているようですね。」
「異端って…」
ラファエルは、私の目をじっと見つめ、
「魔女です。修道院が魔女の存在を隠蔽していると。」
「あ…あ…」
「あっ、マリア、大丈——」
言い切る前に、マリアは修道院の方へ走り出してしまった。
「マリア、そっちに行っちゃ——」
「ダメです!」
ラファエルは、マリアの後を追おうとする私の腕を掴み、歩みを止める。
「言ったでしょう。彼らの目的は、魔女です。魔女なんです。」
彼は腕を掴む力を強めた。
「…あなたこそ…『勇者』…でしょ?」
ラファエルの目が大きく見開かれた。そして、掴んでいた腕の力がわずかに緩んだ。
その瞬間、私は思いっきり手を振り解き、マリアの後を追って駆け出した。
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ラファエルは、人混みに消えていく彼女の背中を見つめ、自分の無力さを痛感した。
立ち尽くしたまま、拳を強く握りしめる。
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なんとか、こっそり修道院の敷地内に入る。
すると、目の前には真っ赤な炎に包まれ、燃え続ける修道院。そして、その前には倒れているマザー——修道院の長が横たわっていた。
「マザー! 何があったんですか? …その傷…」
「セラフィーナ……どうやら、ラファエルの誘いには乗らなかったのですね。」
「…誘い? もしかして、最近のしつこい勧誘は…」
「ええ…ごめんなさい。私が、是非と…」
「……どうしてですか? 私、不真面目だったでしょうか…」
「…いえ… はぁ…はぁ…」
マザーは傷の痛みからか、お腹を抑え、苦しそうに呼吸を整えている。
それでも、なんとか言葉を紡ごうと、かすれた声で続けた。
「あなたは立派で真面目な修道女です。ただ、これからあなたには、神からの試練が待っているでしょう。…この場所は、どのような形になったとしても、常に神の御前である。それだけは…忘れてはいけません。」
「…ありがとうございます、マザー。」
セラフィーナは拳を握りしめ、胸に熱い思いがこみ上げてきた。
今、自分が生まれ変わったような気がする。
「…私、みんなを助けたいです!」
「……ごめんなさい… いえ、ありがとう、セラフィーナ。」
「はい! 行ってきます!」
セラフィーナは力強く返事をし、振り返ることなく燃え盛る修道院へと駆け出していった。
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修道院に入ると、左右の廊下は完全に炎に塞がれていた。
唯一の道は正面の扉——聖堂へと続いている。
木造建築がメラメラと音を立て、淀んだ空気に煤の匂いが混じっている。
炎が肌をぬるりと舐めていく感覚。熱波が押し寄せ、皮膚が焼けるような痛みを感じた。
焦げた木の匂いと、息が詰まるような煤の臭いが鼻腔を突き、目の前の光景が現実なのか悪夢なのか分からなくなる。
意識が遠のきそうになるが、私は臆することなく歩みを続けた。
いつもより聖堂の扉が大きく、重く感じる。
「ふぅ…」 一旦息を吐き、扉を開けて中に入った。
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異質だった。
廊下とは打って変わって、聖堂内は火事の影響を全く受けていない。
まるで、いつも通りの聖堂。
しかし、木製の椅子には修道女たちが縛りつけられている。
そして、正面に堂々と立っている男。
「驚いたかぁ?」
彼は児戯のような笑みを浮かべている。
「あなたは?」
「ルキウス。ルキウス・ヴァレンタイン。まぁ、ちょっとした貴族様だ。」
「何が目的?」
「分からないか? この状況を見ても?」
彼は不適な笑みを見せたかと思うと、一瞬で表情を変え、眉間に皺を寄せた。
「お前だよ。分かってんだろ? 誰のせいでこうなったのか。」
「…」
「ほら、ここは神の御前だぞ? 告白したらどうだぁ?」
私は視線を上げ、神が描かれた壁画を見つめた。
今まで隠してきた自分の本質を、この神聖な場所で告白することへの躊躇と覚悟が入り混じる。
深く息を吸い、目を閉じる。そして、神とルキウスに向かって言葉を紡いだ。
「そう、私、
セラフィーナ・ノア。修道女、そして——神とは相容れない存在である、
『魔女』でもあります。」
「うん、知ってる。よし、これで話を進められる。」
「なぁ、俺はな? お前の力、つまり、魔女の力が欲しいんだよ。いや、貸してくれるだけでもいい。」
「一応聞きますが、私が力を貸したとして、何をなさるんですか?」
「殺しだよ。というか、それ以外なんかできんのか?」
「モンスター討伐ですか? それなら、勇者などに頼んだらどうです?」
「ちげぇよ。人だよ、人間。」
「勇者なんか、所詮、魔物討伐専門業者だろ。」
彼は呆れたように肩をすくめ、大きく息を吐いた。
「それにあいつら、持ってる力の割にはなぁ、メンタルがザコすぎんだよ。」
「人間に擬態する魔物だって分かった途端、躊躇しやがる。」
「なら、人間同士の戦いに参加してくれても良くないか?」
「彼らの目的は、魔王を打ち滅ぼし、世界を平和にすることですからね。」
「ああ、魔王ね。あいつ、死んだらしいぞ。」
「…死んだって、倒したってことですか? 誰かが…?」
「ああ、そうだ。俺は貴族だからな、そういう情報も早いんだ。」
「では、モンスターも現れなくなって、世界が平和に——」
「また、新しい戦いが始まるってこった。」
「人間同士の。つまり、戦争だ。」
「そのために、人間殺しの象徴である『魔女』の力が欲しいんだよ。」
「俺だけじゃない。世界中がな。」
「さぁ、もういいだろう。手伝ってくれないか? 悪いようにはしないぞ。」
彼は物陰から何かを取り出した。
「んーっ、んー〜ー!」
「マリア!」
彼女は腕と口を布や麻紐で抑えられていた。
目には涙が溢れ、助けを懇願しているように見える。
「なぁ。頼むよ。」
ルキウスは、マリアの首元にポケットから出した刃物を近づけた。
「大丈夫だ。お前のことは理解している。マザーから聞いてるぞ?」
「使ってないんだってなぁ。せっかくの力を。」
「お前は結局、また、仲間すら守れない魔女なのか?」
「……ご期待には添えるようなものは持ち合わせておりません。」
動揺を隠そうとするが、震える唇が思いのほか正直だった。
目を伏せ、小声で呟く。
「はぁ、久しぶりだなぁ…」
ぱちぱちぱち…。
木材が炎に蝕まれていく音が、聖堂に響いていた。
どこからか、煤の匂いが漂ってくる。
「は、はぁ? なんでだ。なんで、聖堂が燃えているんだ?」
「何を驚いているんです? この聖堂は、木造ですよ? 燃えるのは当たり前じゃないですか。それとも、この聖堂が燃えないと思う理由が?」
「お前、何をした!?」
「まぁまぁ、話を戻しましょうよ。」
「私は、協力する気もありませんし、マリアたちも返していただきたいのですけど。」
軽く手のひらを、ふらふらと振る。
「…もういい、お前はいらない。」
そう言うと、ルキウスはマリアを突き飛ばした。
「マリア!」
私はすぐに駆け寄り、彼女を抱きしめた。
よかった、間に合った。 そう思った瞬間——。
ルキウスの体が変化し始めた。
いつの間にか、人間の姿から異形の存在へ。
ツノが生え、背中からは羽が広がり、肌は鱗のような質感に変わっていく。
「消えろ。」
彼は手を掲げ、眩い光とおぞましい空気を放った。
そこから放たれる光線が、聖堂を飲み込んでいく——
光が収まると——
**時が止まったかのような一瞬の後、**聖堂内には白い煙が漂っていた。
煤の匂いが鼻を突き、足元にはさまざまな破片がポツポツと落ちている。
煙の中には、一つの影が立っていた。
「すみません。遅れました。」
セラフィーナたちを守るように立ち塞がったのは、勇者ラファエルだった。
「遅かったね。何してたの? どうせ、様子見てたんでしょ?」
「ご、ごめんなさい。やっぱり…どうしても、人は切れません!!!」
「別に、切らなくても、動きを封じるとかでもいいんだけど。」
「ごめんなさい…」
息苦しそうな表情を浮かべながら、ラファエルは謝罪を続けている。
「でも、あれなら」
セラフィーナは、人間の形を失ったルキウスを指差した。
「思いっきり、切れるでしょ?」
「はい!」
ラファエルの表情がパッと明るくなり、はつらつとした声で返事をする。
「お前…まさか、勇者か!?」
「そうだ! 今なら、堂々と言える。」
「俺は、あの魔王を討ち取った、勇者ラファエルだ!」
「「は?」」
「お、お前が…魔王様を倒した…勇者だと…」
「え? ねぇ、待って。倒した? 本当に倒したの? 魔王を?」
「え? あっ、はい! 本当は、まだ言っちゃダメだったんですけど。俺、魔王を倒してやりました!」
ルキウスが人間ではないと分かったことで、さっきの話は嘘だと思っていた。
でも…本当だったのか。
じゃあ、ルキウスは嘘をついていなかった…? つまり…。
「はぁ、もういいよ。さっさと倒してよ。”魔物討伐専門業者”君。」
「?…はい。」
ラファエルは帯刀を抜き、剣をルキウスに構える。
空気が止まった気がした。
空中に漂う埃や塵の形が鮮明に見える。
鉄の匂いがした。
ラファエルが振り下ろす剣は、どこにでもある、ただの鉄剣だ。
同じものかは分からないが、きっと魔王ですら鉄剣で倒したのだろう。
彼の、勇者としての戦いは、そんなことを思わせる。
「はい、終わりましたよ。セレフィーナさん。」
先ほどまでルキウスが立っていた場所には、何も残っていなかった。
まるで、この世界から存在だけを切り取ったように。
「はぁ、使っちゃったーなー。魔女の力。」
「使ったっていっても、相手の能力を妨害してただけじゃないですか。」
「いや、本当は思いっきりやってやろうとは思ってたんだけどさ。この子がいたしね。」
気を失っているマリアに目線を落とす。
流石に、久しぶりの実戦で人質ありは、大変だ。
「…誰だって、人間相手に刃を向けるのは大変ですよ。」
「だね。…君だって、様子見してたんだもんね。」
「えっ、あっ、いや、そうなんですけどぉ…」
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「本当に、行くの?」
マザーが、落ち着かない様子で尋ねてくる。
「また、マザーを困らせたり、みんなを危険な目に遭わせたくないんです。」
「…セラフィーナ…」
「ごめんなさい、マザー。」
「魔女としての責任を、あなたに押し付けるようなことをしてしまって。」
「…でも、もう、大丈夫です!」
「私は、魔女の力を使うことができました。」
「でも、あれはモンスターだったんでしょう? 貴方の弱点は、人間相手でしょう?」
「マザー…人間相手に武器や魔法を構えることを、ためらうのは誰だって怖いものです。」
「ちょっと魔女っていう、変わった肩書きが私を狂わせていたんだと思います。」
「あの魔物と出会ったことで、ただ、ちょっと外の世界を知りたくなったんです。」
「魔物、魔女、人間… 他にも、まだ知らないだけで、たくさんのことがあるんだと。」
「私は、魔女の名に怯えすぎていたのかもしれません。」
「まぁ、今はまだ、魔女と名乗ることはしませんが、
とりあえず、立派で真面目な一人の人間にでもなってみようかなぁーって。へへっ。」
マザーは目を細め、優しく微笑んだ。
「そう… 頑張りなさい。」
「はい!」
「セラフィーナ! 本当に行っちゃうの?」
マリアが勢いよく抱きついてくる。
ち、力が強い。
「う、うん。ごめんね?」
マリアは抱きつくのをやめて、一歩下がり、こちらに向き直る。
そして、思いっきりの笑顔を見せた。
「行ってらっしゃい!」
「いってきます!」
彼女たちに別れを告げ、新たな旅立ちへ向かう。
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「まずは、ここから一番近いのは———」
地図に目を落とし、自分のいる場所に指をさす。
「よし、こっちだ。」
まだ見ぬ世界に、胸が高鳴る。
私は、希望に満ちた一歩を踏み出した。
魔女セラフィーナの祈り @jiikbgyuy
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