第14話

 仮婚約生活四日目。


 まだ日が昇っていない状態で目が完全に覚めてしまった。

 ネネとココはまだ部屋にいないし、せっかくだから元どおりにしたワンピースに着替える。


「私、結構身長伸びたんだなぁ……」


 最後に着たのは十二歳だったかな。

 膝くらいまでの長さだったワンピース。

 今は膝上までのミニスカート。


「お気に入りだったしほとんど着ることができなかったからなぁ……」


 さすがに丈のサイズまでは治癒魔法で変えることはできなかった。

 足をここまでさらけ出してしまうのは、少々抵抗がある。

 でもこれは本当に大好きなワンピースだから、多少の恥を忍んででも着たい。


 というのも、このワンピースは私宛に送られてきたプレゼントなのだ。

 ただし誰からいただいたのかはわからない。

 しっかりとした服がこれだけだったため、とても大事に着込んでいた思い出のワンピースなのだ。


 さて、どうしたものか……。

 考えていると、ドアのノックする音が聞こえてくる。

 きっとネネかココだろう。


 ところが、なぜかドア越しから声が聞こえてくる。


「おはようございますファルアーヌさん。もし起きていたらよろしいですか?」

「ふぁい!? グレス様ですか!?」

「良かった。起きていたのですね。入ってもよろしいですか?」

「ふぁー!」


 良いと言ったわけではない。

 しかし、声でしか判断できない状況では、良いですよと捉えてしまったのだろう。

 ドアが開いてしまった。


「あ、あ、あ……」

「それは……」


 グレス様が目を見開いて驚いている。

 あぁ、こんなに露出してお見苦しい姿を見せてしまって申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

 ところが、なぜかグレス様は私の目の前にまで近づき、両手の自由を奪われた。


「嬉しいです」

「は……はい?」

「ずっと着てくださっていたのですね!」

「と、言いますと……?」

「私からのプレゼント、捨てられたと伺っていましたが、嘘だったのですね」


 グレス様が私に送ってくれた物!?

 全く知らなくて、聞いてしまった。


「そうですが……、ファルアーヌさんの耳に入っていなかったのですか?」

「誰からか送られてきたワンピースだとしか……」


 なにしろお父様が私に向かって、『プレゼントされたぞ、それで服代は浮くのだからありがたく着ておけ』と、投げ捨ててきたのだ。

 誰から送られてきたのかも教えてくれないままだった。


「どうして私にこれを……?」

「え? それも知らないのですか?」

「はい……」


 グレス様の表情が強張ってくる。

 状況が読めず、私も心配になってきた。


「ひとつ確認してもよろしいでしょうか。以前ファルアーヌさんと婚約した際、私のことを嫌になり、妹のアルミアさんに交代したというのは……?」

「はいっ!? そんなこと思っていませんよ。むしろ物腰が低く、好感を持っていましたし」

「なんと。ファルアーヌ子爵の言い分と全く違う……」


「アルミアがお父様に願い出て、お父様がグレス公爵に婚約者変更を要求しました。そしてその通りになってしまい、落ち込んでいました。正直なところ、どうしてグレス公爵が承認したのかが分からなくて……」

「なんということだ……。騙されていたとは……!」


 グレス様が拳を握り締め、歯をギリギリと噛み悔しそうにしている。

 それは私も同じで、ここまでの話の流れで、最初の婚約変更はグレス様たちの意思のものではないことくらいは理解できたからだ。


「あなたが私に対して生理的に無理。精神も死にそうなほどの状態になってしまったと報告を受けました。妹のアルミアに婚約者を変更して責任を取ってほしいと……」

「お父様の話をそのまま鵜呑みにしたのですか……?」

「もちろん調べました。しかし、ファルアーヌさんは全く家から外に出る様子がなく、元々夜会などに出られることもありませんでしたからね……。本当にそうだとすれば、いかにしてあなたに償うかばかりを考えた結果、子爵の要求を受け入れるしかありませんでした。申し訳ありません」


 頭を下げてくるグレス様。

 グレス様はなんという物腰の低さで、お人好しな方なんだろう……。

 お父様は私を一歩も家から出さないように仕向けてきていた。

 どんなに調べても事実と思わされてしまったのだろう。

 だが、そこまでして責任を負ってしまおうとするだなんて……。


「私のためにありがとうございます……」


 私からグレス様の腕に手をあてる。

 男性にしてはか細いと思っていたが、とても硬く頼もしさすら感じる腕だ。


「違和感が解消できました。最初に聞いておくべきかとも思っていましたが、もう二度と婚約者が変わってしまうのは耐えられなく、聞くに聞けない状況でした……」

「私もスッキリしました。どうして婚約者を変えたのか、グレス様のことを怒らせてしまったのかと気になっていましたので」

「とんでもない。私は初めて会ったあの日からずっとファルアーヌさん……いえ、レイナさんのことだけを想っていましたから」

「え?」

「仮婚約でなく、正式に婚約者として……」


 突然の宣言に、即答だった。

 仮婚約でなければならないほど、グレス様も慎重になってしまっていたのだろう。


「嬉しいです! 改めてよろしくお願いいたします!」

「ありがとうございます」

「ところで、このワンピースは婚約前の時ですよね?」

「それは初めて出会った時のお詫びで、数年前に送ったものですよ」

「はい?」


 グレス様とは最初の婚約で一度しか会ったことがなかった気がする。

 あの時はお父様がやたらと媚びを売るばかりでまともに会話ができなかった。


「これからは、レイナと呼んでも……?」


 ずっと距離感があったのが一気に縮まった気がしたことと、単純に名前で読んでくれることが嬉しいと思った。

 もちろん否定するつもりはない。

 ただ、恥ずかしさのあまり顔を縦に動かすことしかできなかった。


「では、私のこともどうかジュライトと……名前で呼んでくれますと嬉しいですね」

「それはハードルが高すぎますよ……」


 なかなかの無茶振りである。

 ジュライトと呼び捨てするのは立場的にも問題がありそう。


「せめて、ジュライト様……と」

「嬉しいです。ありがとう」


 婚約変更の時間が人生の遠回りだったかもしれない。

 お互いに勘違いしていた。

 失ってしまった時間はもう戻らない。

 しかし、これからその分挽回するようにして、もっともっとジュライト様のことを知れたら良いなと思うようにした。


 今思うとお父様もお母様も、公爵を騙せてしまうほど計画性が高く誤魔化すのが得意だ。

 お父様の陰謀は決して許したくないし、できることならば関わりたくない。

 それよりも、これからの正式な婚約生活が楽しみで仕方がない。


 私は、これからもっともっとジュライト様のことを知っていきたい。

 そして並行して治癒魔法でジュライト様に似合うような妻になれるよう、より頑張ろうと思った。


 幸せになれそうな生活を楽しんでいこう。


「レイナ」

「は、はいっ!」

「ははは、可愛い反応ですね」


 ジュライト様の一段と輝いた群青色の瞳が、真っ直ぐ私の顔に向けられる。

 いたずらに微笑む姿が私の居場所を与えてくれるかのようだ。


「ところで……ファルアーヌ子爵には少々お話があるのですがねぇ……」


 ジュライト様は、ものすごく怒っているようだった。

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