第38話 それから7


 アオネコは、美術系の大学に合格していた。その大学で彼女は写真を本格的に学び始めた。

 チイナと混ざっているからか、写真への興味は尽きなかった。

 レンズを覗くと、世界はまるで違って見えた。

 教室の窓に差し込む光。カフェの片隅でコーヒーを飲む学生。ベンチで本を広げる少女。

 すべてがシャッターを切るべき瞬間に見えた。

 彼女は、大学での学業が軌道に乗ると、すぐ教習所に行って大型二輪の免許の教習を受け始めた。

 写真の勉強をするうちに、バイクで世界を旅してみたいと思っていたからだ。

 アルバイトも始めた。コンビニのレジ打ちや品出し、飲食店のホールや皿洗い、ライブの設営や搬入スタッフ。

 元々、アオネコは人付き合いが苦手だった。バイトなんてまっぴらごめんだと思っていた。

 でもやってみたら、案外こなすことが出来た。勿論失敗は沢山した。沢山怒られた。

 でも、不思議と気持ちはめげなかった。


「青生野さんって、いっつも安定してるね」


 コンビニバイトの先輩が言った。


「どう言う所が、ですか?」

「叱られても、すぐに自分を取り戻せる所とか。なんていうか、安定してる」

「うーん、そうかも知れません」

「否定しないんだ……何か、コツとかあるの?」

「コツって言うか、二人一役だから乗り越えられるっていうか」

「二人一役?」

「はい、二人一役」

「ふ、ふーん」


 先輩は、それ以上聞かなかった。アオネコも、それ以上何も言わなかった。

 バイトの給料が入る度に、彼女は通帳とにらめっこして、手帳に細かく計画を書きこんで行った。


「あと何か月で、どこまで行けるかな」


 世界地図を広げ、旅のルートをシュミュレーションする。


(南米から行こうか。ユーラシアを横断するか……)


 心の中で、既に旅は始まっていた。


 教習は滞りなく済んで行った。ハンドルを握る度にワクワクと胸が躍っている自分に気が付いて、可笑しかった。

 筆記と実習試験に合格し、アオネコはついに大型二種の免許を取得した。

 そして、溜まりに溜まったバイト代で、バイクを買った。

 ハーレーダビットソンのスポーツスター1200。

 足つきがよくて、取り回しがしやすい青いボディ。荷物も沢山乗る。海外ツーリングにはもってこいだ。

 いつしか大学での暮らしも三年が経ち、アオネコは三回生になっていた。

 成績は良かった。アルバイトと両立が出来るか不安だったが、写真が好きだったから。

 時々、大学の友達に「そんなに動いて、疲れないの?」と聞かれることもあった。


「ううん。だってまだ、助走だもん」


 アオネコは笑いながら答えた。


 一年後、大学卒業と同時に、アオネコはカメラを片手に世界一周の旅に出た。

 世界を回り、危険な目にも沢山あったけど、色々な人と交流した。外国語も沢山覚えた。

 アオネコは心躍らせて、世界を駆け回っていった。

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