第27話 塔4

 チイナは、メルティ・イヤーを使って、アオネコと一つになった。

 アオネコの感情、記憶、温もり——それを直接感じられることは、何よりも幸福だった。

 しかし、時間が経つにつれ、チイナは違和感を覚え始めた。


(私には、もう何もできない)


 肉体を持たず、ただアオネコの意識の奥に囚われた状態のまま、世界に触れることも、風を感じることも、誰かに笑いかけることもできない。


「フェアリーに魂を移せば、お前たちは永遠に生き続けられる」


 神楽耶博士の言葉は、チイナの弱い心を揺さぶった。


 (永遠にアオネコと一緒にいられるなら……それでいいの?)


 チイナは自問した。


 もしフェアリーの中に入れば、肉体を持つことができる。

 でも、それは本当に"生きている"ことなのか?

 今まで神楽耶博士は、今まで何度も失敗したと言った。沢山の人間を犠牲に、融合した魂を手に入れたと。何度も犠牲を強いて来た"バイオロイド新しい存在"に乗り移って、アオネコと一緒に「存在」することはできる。でも、果たしてそれが"本当の幸せ"なのだろうか?

 チイナは、アオネコの記憶の中で、生きていた頃の自分を思い出した。


 アオネコと一緒に笑い合った日々。

 アオネコと他愛のないことで笑い合った放課後。

 冷たい缶コーヒーを分け合った冬の夜。

 雨に濡れながら走った帰り道。

 誰かとすれ違い、誤解し、傷つき、それでも手を取り合った瞬間。

 寒い日に手を繋いだぬくもり。


 それは、アオネコの体にだけ存在する記憶だ。その、肉体の記憶なくしては、アオネコはアオネコとして存在できないだろう。

 "生きる"とは、終わりがあるからこそ美しい。


 フェアリーになれば、肉体は手に入るかもしれない。

 でも、それはただの"永遠に続く状態"でしかない。

 生きることの喜びも、死ぬことの悲しみも、何も感じないまま、ただ"存在し続ける"だけのもの。


 (それが、本当に幸せなの?)


 チイナは、ようやく答えを見つけた。

 フェアリーになれば、確かにアオネコとずっと一緒にいられる。

 もし、フェアリーになったら。チイナとアオネコの時間は"永遠"になるが、それは単なる"停滞"でしかない。

 終わりがないということは、始まりもないということ。

 生きることの意味は、時間が流れるからこそ生まれる。

 限られた時間の中で、人は何かを求め、愛し、そして喪失を乗り越えながら生きていく。


 もし、フェアリーになれば——アオネコは"未来"を失う。

 チイナは最初から気が付いていた。だから手紙を残した。


 自分はもう肉体を失った存在だ。

 だからこそ、アオネコには、自分のように"魂だけの存在"になってほしくない。


 アオネコには、風を感じてほしい。

 アオネコには、太陽の光の温もりを知ってほしい。

 アオネコには、涙を流してほしい。

 アオネコには、恋をしてほしい。

 アオネコには、家族を持ち、愛を知り、年老いてほしい。

 アオネコには、人として"生"をまっとうしてほしい。


 フェアリーになれば、そんな未来はすべて消えてしまう。


 だから、チイナは決断した。


「アオネコ、お願い……生きて……」


 それが、チイナの最後の願いだった。

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