王位継承権?そんなのいらないから俺にロボットを作らせろっ!

@yuuki009

第1話 ファンタジーとメカニック

 ここは、魔法と魔物が存在するファンタジーな世界。そんな世界の中に一つの小国があった。


 『オーストランド王国』。それは数々の国が存在する大陸のほぼ中央にある国だ。国土や人口は列国には及ばず、元々は各国を繋ぐ中継地として発展した都市を中心にして興った、比較的新しい新興国家だ。現在も各国を繋ぐ流通の中継点となっている。


 そんなオーストランド王国の更に中心に、王都がある。その王都にある王城。そしてその王城の廊下を、1人の眼鏡を掛けたメイドが歩いていた。


 青い髪のロングヘアを揺らしながら、彼女は『主』の部屋へと向かっていた。やがて目的の部屋の前にたどり着くと、彼女は優しく、コンコンッとドアをノックした。


「ウルカ様、おはようございます。起きていらっしゃいますか?」

 彼女は中にいる主が起きているかどうかを確認するためにドア越しに声をかけた。しかし部屋の中から返事は返ってこない。

 やむを得ず彼女は更に数回ノックしながら主の名を呼ぶが、相変わらず返事の一つも返ってこない。


「ウルカ様?……ハァ、また、でしょうか」

 呆れた様子でメイドはため息を一つこぼすと、ドアノブに手をかけ扉を開いた。

「失礼します」

 声をかけながら中へと入るが、相変わらずこの部屋の主からの返事は返ってこない。部屋の中に足を踏み入れた彼女はまずベットに視線を向けた。しかし窓から差し込む光で照らされたベッドの上には、誰も居ない。


「やっぱり。と、言う事は……」

 またしても呆れた様子で呟きつつ、視線をベッドから少し離れた机の方へ。するとそこでは、黒髪の少年が椅子に座ったままテーブルに向かって突っ伏す形で眠っていた。


「ハァ、またですか」

 ため息をつきながら、彼女は眠っている少年の傍に行くとその肩を優しく叩きながら声をかけた。


「ウルカ様?ウルカ様~?朝ですよ~。起きてください。ウルカ様~?」

 彼を起こすために何度か声をかけるメイド。その回数が10回に及ぼうかという時。


「う、う~~ん?」

 机に突っ伏していた少年がモソモソと動き出した。ゆっくりと前のめりになっていた体を起こし、グイ~ッと両手を上に掲げた。

「ん、ふぁ~~~」

 そして欠伸を一つ。更に彼はまだ寝ぼけ眼な瞳を右手で擦ると、目を開き自分に声をかけたメイドの方を見上げた。

「あぁ、『ミランダ』か。おはよう」

「はい、おはようございます。……それでウルカ様?これは一体どういう事ですか?」

 少年はメイド、『ミランダ』を見上げながら普段通りの挨拶を交わした。一方のミランダもそれに答えたのだが、直後には呆れた様子で彼と今まさに彼が眠っていたテーブルに目を向けた。


 見ると、テーブルの上にはいくつもの紙が置かれ、そこにはいくつもの文字や何かのラフスケッチらしきものが描かれていた。

「また徹夜で『趣味』に没頭していらしたんですか?ここで寝ては風邪をひくから、せめて寝る時はベッドをお使いくださいと、私は何度も仰ったはずですが?」

「ごめんごめん。ついアイデアが湧き出てきちゃって、忘れないように夢中で紙に書きだしてたらいつの間にか寝ちゃってさ」

 若干ジト目で少年、『ウルカ・オーストランド』を見つめ不満そうに声を漏らすミランダ。そんな彼女に対しウルカは苦笑いを浮かべながら謝った。


 そう、この少年は、このオーストランド王国の王家に生まれた『第5王子』なのだ。しかし2人の間に王族とメイドと言った格式ばった壁は無く、ミランダは呆れた様子のまま口を開いた。


「全く。とにかく寝る時はちゃんとベッドをお使いください。没頭できる事があるのは素晴らしい事だとは思いますが、それで体調を崩されては元も子もありませんよ?」

「分かってるよ。ん、ん~~~」

 親が子を窘めるような彼女の軽い説教を聞き、ウルカは頷くと再び伸びをした。


「さて、んじゃまぁ起きたし。ちゃっちゃと身支度して着替えますか。父様たちを待たせても悪いし。ミランダ、服の用意を頼むよ。俺は顔とか洗ってくる」

「はい。畏まりました」

 彼女は甲斐甲斐しく礼をすると、すぐさまウルカの服などの用意を始めた。ウルカもウルカで、隣の部屋に用意されている水盆で顔を洗ったり、歯を磨いたりして身だしなみを整えてから、ミランダの用意した服に着替えた。


 その後、ウルカはミランダを伴って部屋を出て、ウルカの家族らと食事を取るための部屋、ダイニングルームへと向かっていた。


「それにしてもウルカ様?昨夜は何をお考えになっていたのですか?」

「ん?あぁ。ちょっと『農耕に関する機械』についてな」

 と、その時ウルカの口から飛び出した言葉。その一部には、この世界に似つかわしくない単語があった。

「農耕に関する機械、ですか?」

 だがミランダはその単語の事を気にした様子は無い。

「あぁ。今の所、農耕は基本的に人の手で行われている。だが農地が広いとそれに比例して作業時間や作業量は増え、相当量の重労働を強いられる。俺が作ろうとしているのはそう言った重労働の負担を少しでも減らせる『メカ』だ」

 またしても飛び出した、ファンタジー世界には似つかわしくない単語。しかしミランダはやはり驚いたり、単語の意味を聞き返したりはしない。

 なぜなら彼女は既にその単語の意味を知っていたからだ。それほどまでに、2人の付き合いは長い。


「それが先ほどの紙に書かれていた物ですか?」

「まぁな」 

 彼は静かに頷くと、歩きながらも窓の外へと視線を向けた。今彼は、王城から見える城下町を見つめていた。

「俺の生み出したメカの力で作物の生産量や収穫量を増やせれば農民たちの収入アップ。他にも食料自給率の上昇や輸出量のアップなどがある。そしてそれらは国全体の豊かさの向上にも繋がる。ま、国全体での収穫量アップとなると、相当量のメカを配備しないといけないから、年単位で時間は掛かるだろうがな」

 彼は言葉の最後を気だるげな表情で締めくくった。


「そうでしたか。……しかし改めて考えてみても、ウルカ様の力は本当に便利ですね。いろいろな物を生み出せるというのは」

「まぁね。けどまぁ、この農耕用メカの生産だってまだまだ草案の段階だ。こっから色々詰めていって、試作機造って試して、問題点の洗い出しとか色々やる事もあるし。メカの各地への配備自体いつになるやらって感じだ」

 ウルカは頭の中で、この農耕用メカの完成と配備にどれだけ時間が掛かるかを考え、『1年以上は掛かりそうだなぁ』と思った時点で深く考えるのを止めた。


「成程。あぁ、そういえばその話は陛下になさらないのですか?民のための道具となれば、陛下も力や知恵などをお貸しくださると思いますが?」

「ん~~。流石にまだその段階じゃないだろうなぁ」

 ウルカは彼女の言葉に首を捻った。

「試作機も出来てない状態だし。とりあえず今はまだ話す必要ないだろうなぁ。まぁ聞かれたら特に隠さず話すつもりだけどさ」

「成程、分かりました」

 彼女はウルカの言葉に頷きつつも、ふとある事を思ってしまった。

「それにしても……」

「ん?何?」

「ウルカ様、趣味に没頭するのは結構ですが、出来ればもう少しお勉強にも力を入れてくださいね?あなた様はこの国の王子なのですから」

「そりゃまぁ、分かってるけどさ。俺は王子って言ったって第5王子だよ?王位継承権だって低いし、王様になれる可能性は限りなく低いんだから、そう勉強に力を入れてもねぇ。そりゃもちろん王家に生まれた以上は役目とかは果たすけどさぁ」

 ウルカは気だるげに息をついた。彼は王子ではあるが5番目だ。更に他にも姉などが居る事を考えれば、王位継承権は低い。それに彼自身、王位に興味が無かったのだ。


「相変わらず、王位には興味ありませんか?」

「そりゃぁね。俺はこの力で色々好きな事したいのさ。好きなメカ作って動かしたりね。もちろん王家に生まれた以上は、国に少なからず貢献とかはするつもりだよ?でも王様になっちゃったら今以上に趣味に時間さけないじゃん。父様とか見てると、補佐してくれる人たちがいるとはいえ毎日忙しそうだしさ。あれを見ちゃうと王様ってのも憧れてばかりじゃいられないって言うか」

 彼はそこそこ好きな事に集中しながら生きていければそれでいい、という感じの人間だった。そして王様になると国政に関わり仕事に追われる日々を過ごす事になるのを、王たる父を見て知ってしまったのだ。それ故に趣味に最大限時間を割きたい彼は王位への興味を失ったのだ。

「そうですか」

 相変わらずの回答に、やっぱりですか、と言わんばかりの表情を浮かべつつ返事を返すミランダ。


 と、二人にとっては何気ない日常の雑談をしながら歩いていると、ダイニングルームの入り口前へと到着した。


 最後に軽く服装をチェックしてから、ウルカは扉を開き、中へと足を踏み入れた。彼はすぐさま部屋の中を見回し、父たる国王と母たる王妃、それに何人かの兄や姉、妹たちが既に集まっているのを確認した。

『良かった。俺が最後じゃないな』

 

 

 まだ空席の椅子がある事から自分が最後で無い事を理解しほっと一息ついたのだが、それも束の間。

「あぁ、来たなウルカ」

「あっ。おはようございます、父様」

 彼の入室に気づいた、50代前後の白髪と白いひげが特徴的な男性、『オーストランド国王』である『カイゼル・オーストランド』が真っ先に声をかけた。そしてこの男性こそがウルカとその兄弟たちの実の父親である。


「おはようウルカ」

 更に彼に声をかけたのは、国王の隣の席に座る金色のロングヘアとおっとりとした表情が特徴的な、20代後半か30代前半、に見える美貌を備えた、国王の妻でありウルカたちの実の母親でもある『アマリア・オーストランド』だった。

「おはようございます、母様」

 ウルカはアマリアにも挨拶を返すと、自分の席の方へと向かい、そこに腰を下ろした。


「おはよう、ウルカ」

「おはようございます、ハトル兄さん」

 そこへ彼の隣に座っている銀髪の細身の男性が声をかけた。線の細さに加え、数多の女性をスマイル一つで魅了すると言われた、その男性の名は『ハトル・オーストランド』。王家の第4王子にしてウルカの一つ上の兄だ。

「今日はいつもより遅かったね?またいつもの趣味?」

「えぇ。アイデアが湧き出てしまって、夜中まで色々紙に書きだしてたらそのままテーブルで寝てしまって」

「そう。でもあまり無理はしちゃだめだよ?僕もお父様やお母様も心配するからね?」

 そう言ってハトルは優しくウルカの頭を撫でながら彼に微笑みかけた。


「え、えぇ。分かってますよハトル兄さん」

 一方のウルカは若干顔を赤くしながらも苦笑を浮かべつつ頷いた。

『相変わらず、ハトル兄さんの破壊力はヤバいなぁ。弟の俺ですら一瞬ドキッとさせられる。こんなのを年頃の異性が食らったらイチコロだろうなぁ』

 魔性の兄についてそんな事を考えていたウルカ。が、その時彼はある事を思い出した。

「あぁ、そういえば兄さん。『足』の具合はどうですか?確かそろそろ『定期メンテナンス』の時期でしたが、何か不具合などはありませんか?」

「いや。大丈夫だよウルカ。特に変な音とかもしないし。これはウルカの見られるときに見てくれれば、それで良いからさ」

 そう言ってハトルは右ひざの辺りを撫でる。

「そうですか。分かりました。なら近いうちに」

「うん。頼むよ」

 と、本来のファンタジー世界ならば聞かないであろう単語などを交えながら会話をする2人。しかし周囲の誰もその会話に疑問を持たない。彼らもまた、ウルカの持つ『力』を知っているからだ。と、そうこうしていると最後の家族がやってきた。


「ごめんなさ~いっ!遅れました~!」

 謝罪と共に入って来たのは、寝癖のついた茶髪のショートヘアが特徴的な第3王子、『シャルル・オーストランド』が慌てた様子で駆けこんできた。


「全く。遅いぞシャルル。もうみんな集まっているぞ?」

 そんなシャルルに対し、ため息交じりに眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら声をかけたのはオーストランド王家第2王子、『ガルム・オーストランド』だ。長い銀髪と眼鏡、鋭い視線が特徴的な男性だ。

「だいたい、その寝ぐせのついた髪はどういう事だ?まさかまた遅くまで絵でも描いていたのか?」

「だ、だって~。筆が乗っちゃったんだから仕方ないでしょ~?」

 小さく眉を顰めているガルムに対し、シャルルは片手で寝癖を撫でつけながらも自分の席に座り、ガルムの小言に対し不満そうに頬を膨らませながらそう返した。


「仕方がない、ではないぞ。仮にも王家の人間が趣味にばかり熱中していては王家の信頼にも関わる。我々は国民あっての生活をしているのだ。お前はそのことを……」

 ガルムは、はっきり言って真面目な人間だ。更に彼は、『王族には王族の責任が伴う』と考えていた。『自分たちは民が居るおかげで生活出来ているのだ』、と。

 そんな真面目人間なガルムからすれば、趣味ばかりに熱中し、挙句にこうして寝坊してきたシャルルのだらしない姿を見れば、小言の一つでも言いたかったのだ。


 ちなみに、趣味にばかり、という言葉はウルカにも刺さるものであった。なのでウルカは必至に俯き、『自分に話題が飛び火しませんようにっ!』と祈りながら話題が変わるのを待っていた。


 更に言えば……。

「なんともまぁ、耳の痛い話ではありませんか?ウルカ様」

「うん。ミランダはちょっと黙ってようか?」

 ウルカの後ろに控えていたミランダの皮肉交じりの言葉に、ウルカは静かにジト目で文句を言う事しか出来なかった。なにせ大きな声を上げれば自分にも話題が飛び火しかねないからだ。


「まぁまぁガルム君。折角皆揃っての朝食なんだし、朝から喧嘩はダメよ?」

 眉を顰め小言を続けようとするガルムを、テーブルを挟んだ向かいに座る桃色の髪を流したロングヘアと母親に似た顔立ち、おっとりした表情が特徴的な第1王女、『ベル・オーストランド』が声を上げ仲裁に入った。


「皆それぞれ好きな事があるんだし。自分は自分。他の人は他の人よ」

「ベル姉さま。仰っている事は分かりますが……」

「大丈夫。そっちも分かってるわ」 

 少し不満そうなガルムに対し、ベルは笑みを崩さずそう話すと、視線をシャルルの方へと向けた。


「ガルム君の言い方は強いかもしれないけど、でもねシャルル君。好きな事があるのは良い事だけど、だからって周りの人に心配かけたりしたらダメよ?夜更かしもほどほどに。ね?」

「は、は~い。分かったよベル姉さん」

「うん。じゃあこの話はもうおしまい」

 そう言ってベルはポンと軽く手を叩いた。 それを聞いたガルムとシャルルはそれ以上何も言わなかった。が……。


「全く。姉上は少し皆に甘すぎはしませんか?」

 ベルの隣の席に座っていた金色の髪をポニーテールにした、少し目つきの鋭い女性、第2王女『ネイト・オーストランド』は少し呆れた様子で彼女に話しかけた。

「えぇ?そうかしら?」

「そうですよ。私としてはガルム兄上に賛成です。王族たるもの、それ相応の品格が求められるのです。あまり自堕落な生活をしていては、税を納め我々の生活を支えてくれている民たちに示しが尽きません」


 ネイトはガルムとにて真面目な性格だ。それもあってかガルムも彼女の意見に賛成するようにうんうん、と頷いている。

「そうは言うけどねネイトちゃん。ここには私達以外には給仕の皆さんしか居ないし。流石にお外で人と会う時はしっかりしなきゃ、とは思うわよ?でもここは私達の家なんですもの。家の中でも気を張り続けていたら疲れてしまわない?」

「それは。確かにそうですが」

 ネイトは頷くが、まだ少し不服そうだ。姉であるベルの言い分は彼女も分かっていた。しかし王族としての誇りや責務を重んじる真面目な彼女は、完全には納得できなかったのだ。


「全く。ネイト姉は朝っぱらから真面目過ぎ」

 するとネイトの隣に座っていた、黒髪のショートヘアにとんがり帽子と、魔女のような恰好が特徴的な第3王女、『イシス・オーストランド』が呆れた様子で声を上げた。

「折角の朝の家族の時間なんだから、そんなに肩ひじ張ってても仕方ないでしょ?そういうのはお仕事してる時で十分」

「それは分かるが。……まさかお前の口から仕事、なんて単語が出てくるとはな」

 ネイトは頷きつつも、すぐさまジト目で横のイシスを見つめた。

「趣味の『魔法』の実験や研究以外には大した関心も示さず、政務にも大して関わらないお前が」

 第3王女イシスには、特別な力である『魔法』を扱える才能があった。やがてその才能もあってイシスは魔法へと傾倒していった。結果、彼女は魔法以外にはあまり大きな関心を持たなくなったのだ。

「だってそういうの興味ないんだも~ん」

  

 ジト目の姉、ネイトをからかうように笑みを浮かべながら笑うイシス。それに対して額に青筋を浮かべるネイトだったが……。

「む~~!ごはんまだ~?私お腹空いた~!」

 その時イシスの隣の席に座っていた少女が声をあげた。我慢の限界、と言わんばかりの表情で金色のツインテールを左右に揺らしながら食事を待っているのは、第4王女にしてこの兄弟の末っ子である『レイア・オーストランド』だ。


「あぁ大丈夫だよレイア。きっとそろそろ来るよ」

 不服そうに頬を膨らませるレイアをフォローするために声を上げるカイゼル王。と、その時ずっと席に座ったまま本を読んでいた黒髪の青年が何かに気づいた様子でドアの方を一瞥し、静かに本を閉じた。


 その青年こそ第1王子である『リオーレ・オーストランド』だ。

「レイア。どうやら食事の準備が出来たようだよ」

「えっ!本当っ!」

 静かに声を上げたリオーレに対してレイアは元気よく問いかけた。すると質問の答え合わせのように扉がノックされたのちに開いた。


「皆さま、お待たせいたしました」

 入って来たのは料理を乗せたワゴンを押すメイドたち。彼女達は王族であるカイゼルらに一礼をしてから慣れた手つきで手早く彼、彼女らの前に料理を並べていく。


「さぁみんな。用意も出来たようだし、早速頂くとしよう」

 前菜の料理やスープ、パンなどが並べられ用意が出来るとカイゼル王が声を上げ、彼らは食事を始めた。


 彼らにとっては毎朝の事だ。毎朝揃って食事を取りつつ今日の予定を雑談混じりに確認し合う。例え短くとも、1日の内に少しでも家族全員が集まる時間を作ろうと考えたカイゼル王が提案し始めた事だ。


「あなた。今日は何かありますか?」

「いいや。いつも通りさ。政務と大臣たちとの会議くらいだよ」

 王と王妃の、どこか仲睦まじい夫婦のような会話。

「あ~!イシスお姉ちゃんお野菜残しちゃダメだよ~!」

「うっ!?い、いやいや、別に残してないし~。後で食べるし~」

 第3王女と第4王女の、好き嫌いをする姉と窘める妹のような会話。


「兄上、本日は何かご予定はありますか?」

「いや、無い。簡単な書類仕事だけだ。ここの所デスクワークばかりだったので午後は少し体を動かそうと思う。ガルムは、どうする?」

「ならば私もお供します。私も体を動かしたい気分だったので」

 第1王子と第2王子の、予定を確認し合う兄弟のような会話。


 王族でありながら、どこか和気あいあいとした家族の会話のような、平和な時間が流れていて、 皆、雑談をしたりしながら食事を楽しんでいた。


「あぁ、そういえばウルカ」

「はい。何でしょうか?」

 ふとガルムがウルカに声をかけた。

「すまないが先日作ってもらった『電卓』とやら。あれをまた作ってもらって構わないかな?あれのおかげで随分計算が速くなってね。その話をあちこちで耳にした文官たちが電卓が欲しいと言って来てね」

「分かりました。なら食事の後にでも作っておきますよ。数はどれくらい必要なんですか?」

「とりあえず、ではあるんだが私の所に欲しいと話を持ってきたのが30人ほど。ただ、念のため予備の電卓が欲しいのと今後も欲しがる人間が増えるかもしれないので、60から70個ほど頼みたい。あぁ、だが無理をする必要は無い。ウルカの作れるスピードで構わない」

「分かりました。まぁ電卓は『俺の能力で一度作っています』し、そんなに時間は掛からないと思いますよ」

「そうか。ならば頼むよ。数が揃ったら私の所に持ってきてくれ」

「はい」


 その場にいた誰もその会話にこれと言った違和感は覚えない。しかし改めて見ると、その会話は異常だ。電卓、正式名称は電子式卓上計算機とされるものが誕生したのは、1960年代。第二次大戦も終結した後の世界でだ。


 そんな機械式の物体が、機械技術など全く見られないこのファンタジーな世界に存在している事。それは見る者聞く者によっては異質に映るだろう。

 

 だがその電卓が、この世界にはあるのだ。それもすべて、ウルカの持つ『特殊な力』があってこそだった。



 と、その時だった。

『ドンドンッ!』

 不意に、乱暴に部屋のドアがノックされた。皆が食事の手を止めそちらに視線を向ける。すると直後、ドアが乱暴に開け放たれ息を切らした、騎士甲冑を纏った男性が断りもせず中へと入って来た。


「急報ッ!急報ですッ!」

 騎士は部屋に入るなり声を荒らげその場で膝をついた。甲冑を纏っているせいで顔は分からないが、本来ならば入室は王たるカイゼルの許可を貰ってからでなければならないし、当然話すをするのならばヘルムを取らなければならない。

 今の騎士の行動は、本来ならば『王を前に不敬であるッ!』、として不敬罪で処断されても可笑しくない程の物だ。


 しかし、だからといってカイゼル王はそのような事を気にする人間では無い。むしろ急報、という単語に反応し険しい表情を浮かべていた。急報とは読んで地のごとく火急の知らせだ。そしてこういった物は問題発生の連絡であることが多い。


 突然の入室にウルカ達の反応が追い付いていない中、カイゼル王とリオーレ、ガルムの3人は、はさっきまでの穏やかな表情とは打って変わって真剣な表情をしていた。

「直言を許す。騎士よ、その急報とは?」

「はっ!先ほど王国北東部を領地とするイルシュナ子爵家より伝書鳩にて急報が届きましたっ!それによりますと、一昨日の未明子爵領にある北東部の農村にて、山間部で発生した豪雨によって近くを流れる河川が氾濫ッ。結果、農耕地の大部分と隣接していた家屋の一部が流されたとの事ですっ!」

「「「「ッ!!」」」」

 家屋が流された、という言葉にカイゼル王やウルカを始めとした数人が息を飲んだ。家屋が流された、という事は中に人が居て、巻き込まれた可能性があるからだ。そしてその場合、生存の可能性は限りなく低い。

「……騎士よ。報告の中に、死傷者に関する物はあったかね?」

「はっ!幸いな事に、流された家屋は農作物を一時的に保管しておくための共用の倉庫だったようで、奇跡的に人的被害は無し、との事でしたっ!」

「ッ!そうかっ、そうか……ッ!」


 奇跡的に人的被害は無し、との報告を聞くと険しい顔をしていたカイゼル王の表情が僅かに和らぎ、ウルカや他の兄弟たちも小さく安堵の息を漏らした。とは言え、まだ報告は終わっていない。


「伝書鳩によって届けられたメッセージによりますと、一昨日の豪雨被害ののち、村から若者数名がイルシュナ子爵家のある町へと向かい翌日、すなわち昨日の夕刻ごろに到着。豪雨被害で農耕地や、倉庫に保管していた収穫済みの農作物が被害を受けたために食料が不足しているようで、報告を受けた子爵はすぐさま配下の兵と当該区域を担当する騎士団駐屯地に協力を要請。農地の被害状況確認と支援物資の食料を馬車で輸送しようと試みたそうなのですが、進路状況を確認するため先行した騎兵が村へと続く唯一の道が土砂崩れで通行不可能になっているのを発見した、との事です」

「ッ。ではその農村は事実上の孤立状態にあると?」

「はい。しかもその土砂崩れの規模はかなりの物で、子爵の配下や駐屯地から動かせる兵だけでは土砂の撤去にかなり時間が掛かる可能性があるとの事で、メッセージによると、『応援の人員を派遣を願う』、という物でした」


「……それが急報の内容、か。しかし……」

「何を迷っておられるのですか父上ッ!」

 報告の内容を聞き、カイゼル王はある事で悩んでいた。するとその時次女のネイトが声を上げた。実は彼女は王女でありながら、国内の治安維持などを主任務とする『王国騎士団』に所属しているのだ。

「そこに助けを求める民が居るのならば今すぐ騎士たちを派遣するべきですっ!民あっての国、民無くして国は成り立たないとは父上のお言葉ではありませんかっ!」

「落ち着けネイト」


 騎士としての職務とこれまで受けて来た教育から、彼女は今すぐ騎士を派遣するべきだと考えていた。しかしそんな彼女をリオーレが止めた。

「仮に派遣するとしても、北部のイルシュナ子爵家がある町までどんなに馬を飛ばしたとしても一日は絶対に掛かる。そこから更に作業をしていては、どれだけ日数が掛かるか分からない。むしろ危険なのは孤立化した農村の方だ。彼らに食料を届ける事が出来ず餓死してしまえば、土砂の除去が出来ても意味が無い」

「しかし兄上ッ!だからと言って何も手を打たない訳にはっ!」

「分かっている。……せめて、農村部へ食料を届ける事が出来れば」

 リオーレは顎に手を当て、何か方法は無いか?と考えた。


 一方、ウルカは静かに話を聞いていたのだが……。

『唯一の陸路が寸断され孤立した農村、か。だったら『俺の自信作』の出番じゃないかっ!となれば……ッ!まずは父様の説得だっ!』

 この状況、今こそ自分の『創作物』が役に立つ時だと彼は確信し、立ち上がった。


「父様ッ!突然ではありますが進言したい事がありますっ!」

 席を立ち声を張り上げるウルカに、カイゼル王を始め周囲の皆が彼に視線を向けた。

「ど、どうしたウルカ?進言とは何だ?」

「はいっ!今の報告の通り陸路が塞がれているのなら、物資の輸送に俺の力ッ、『メカニカルクリエイター』で生み出した多目的輸送ヘリッ、『メタルエンジェル』が使えますッ!空路っ、つまり空からの輸送なら地上の障害物は関係ありませんっ!」


 『メカニカルクリエイター』。それがウルカが先天的に持っていた特殊な力だ。様々な機械や道具などを生み出す事が出来る創造の力。


 そして『メタルエンジェル』とは、ウルカが物資や人員の輸送などを目的に、己が力で生み出した現状この世界でただ1機の航空機である。


「メタルエンジェル、というと確か。ウルカが先日作った、あの妙な形の箱のような物だが。あれは使えるのか?」

 カイゼル王はウルカの提案に懐疑的だった。更に言えばリオーレやガルムもだ。しかし無理もない。彼らは航空機を知らないのだ。『ウルカと違って』。


 それ故にカイゼル王は難色を示した。

「その点は大丈夫ですっ!すでに数回の試験飛行を行っていますっ!それに、こう言ってはなんですが、他に手はありますかっ!?災害発生から既に2日ですよっ!?下手をすれば助けの来ない村で多くの人が飢えているかもしれないんですっ!」

「むぅ」


 ウルカの言っている事は、正論だった。現時点で、可及的速やかに食料を農村に届けるとなると、メタルエンジェルを使う以外の方法を、カイゼル王らは考え出す事が出来なかった。故に彼は眉を顰め声を漏らす。そしてこの国の王は、彼だ。決定権は彼にある。そしてリオーレ達は静かにカイゼル王の様子を伺っていた。


「ですから父様ッ!俺に行かせてくださいっ!メタルエンジェルなら地上の障害を気にすることなく物資を輸送できますっ!食料を届けるくらいなら、出来ますっ!お願いしますっ!」

 ウルカは必死に訴えた。

「父様は常日頃言われてますよねっ!『国と王家は民あってこそ』。『民無くして国は無し』とっ!その民が苦しんでいるんですっ!俺はこういう時のためにメタルエンジェルを作ったんですっ!お願いしますっ!行かせてくださいっ!」

「………」


 ウルカの訴えに対しカイゼル王は俯き長考していた。その理由は、メタルエンジェルが理解できないからだ。ウルカの作ったメタルエンジェルはカイゼルらの理解を越えた物だった。どんな原理で飛ぶのか、どんな原理で動くのか、それらが分からないゆえに、ウルカを快く送り出せなかった。

 カイゼル王も民は助けたい。しかしだからと言って息子が良く分からない物に乗って空を飛ぶ、という状況に不安を覚えていたのだ。


 しかし、ここでウルカに同調したものがいた。騎士でもある次女のネイトだ。

「私も行くぞウルカッ!」

「ッ……!?ネイト……ッ!?」

「ネイト姉さんっ!?」

 思わぬ者の発言にカイゼル王もウルカも驚き戸惑う。


「私は騎士でありお前の姉だっ!お前が民を助けるために動くというのに、騎士である姉の私が何もしない訳には行かないからなっ!」

 そう言ってやる気に満ちた表情で頷くネイト。どうやら彼女は既にウルカと共に行く気満々のようだ。

「ちょ、ちょっと待ってッ!ネイトちゃん、何か勝手にお話し進めてないっ?お父様はまだっ」

 そこに長女であるベルが思わず声を上げた。彼女は、父である王でもあるカイゼルの許可も無しに行く気満々のネイトを止めようとしたのだ。だが……。


「待ちなさいベル」

 その時、カイゼル王が静かにベルの言葉を遮った。

「お父様」

 彼女は思わず父たるカイゼル王の方を向くが、彼は彼女を一瞥すると、ウルカとネイトへと視線を向けた。


「ウルカ、ネイト。お前たち2人の熱意は分かった。確かに私は常々、お前たちに民と国、王家の関係について語って来た。そしてここで民を見捨てる事は、我々王家と民の間に何かしらの亀裂を入れる事にもなりかねん。『民を見捨てる事は、やがて我々が民に見捨てられる事に他ならない』」


 ウルカとネイトだけではなく、リオーレやガルム、ベルらも静かにカイゼル王の言葉を聞いていた。


「しかし、私も王であると同時に1人の父親だ。だからこそ、お前たちが心配だ。なのでウルカ、ネイト。お前たちが現場に赴く事を許可する代わりに、一つだけ約束してほしい」

「それは一体、何でしょう?」

 約束についてネイトが問いかける。


「それは、もし少しでも身の危険を感じたらどんな状況であれ、身の安全を優先する事だ。民を助けたいというお前たちの志も分かるが、それでも私は心配なのだ。特にウルカの作った者は、私達の常識では計り知れない物だ。故にあれが、どれだけの事が出来るのか。安全なのか。全く分からない。なので、少しでも予想外のトラブルがあったのなら、すぐに王城へと戻りなさい。この約束を守れないのなら、お前たちを送り出す事は出来ない。この約束を、2人は守れるか?」

 カイゼル王の問いかけに、2人は互いの顔を見合わせ頷き合った。


「「はいっ」」

 そして2人とも、真剣な表情を浮かべながら力強く頷いた。

「……その表情に迷いはない、か。ならば第2王女ネイト・オーストランドと第5王子ウルカ・オーストランドに対し直々に命を下す。お前たち2人には北部のイルシュナ子爵領内部の罹災した農村への救援活動を命じる。まずはウルカ・オーストランドが作りし乗り物でイルシュナ子爵の元へ向かい指示を仰げ」

「「はいっ!!」」


 カイゼル王の指示を受けた二人が力強く返事を返す。そして2人はそれぞれ、後ろに控えていた者の方へと声をかけた。


「ミランダッ、すぐに部屋に戻ってメタルエンジェル用のパイロットスーツに着替えるからっ!悪いけど手伝ってっ!」

「はっ、仰せのままに」


「おいっ、すまないが大至急私の部下5人を集めてくれっ。確か今日は全員騎士団の本部に控えていたはずだっ。大至急私の部屋に来るようにとっ」

「かしこまりましたっ」


 それぞれの使用人に指示を出し、2人は立ったままテーブルの上に置かれたコップに入った牛乳を飲み干すとすぐさま歩き出した。

「あっ!ウルカ様っ!?食事がまだっ!」

「そんなの良いからっ!人間一食くらい抜いたって死にやしないよっ!」


「ネイト様ッ!またそのようにお行儀の悪い事をっ!」

「そうも言ってられんからなっ!それより部下たちへの連絡、頼むぞっ!」


「あぁネイト姉さんッ!部下の人たちが集まったら王城の敷地の東にある倉庫に来てっ!場所覚えてるっ!?」

「あぁっ!あの銀色の鉄で出来た大きな倉庫の所だなっ!分かったっ!」


 2人はそれぞれの使用人を引き連れてダイニングルームを足早に出ていった。そしてそれを見送ったリオーレは、カイゼル王へと視線を向けた。


「よろしかったのですか?あの二人を行かせて」

「まぁ、心配ではあるがな。あの子たちは約束を破るような子ではない。少しでも危ないと思えば戻って来るであろう。……それに、これも経験だ」

「経験、ですか?」

 静かに問い返すリオーレ。


「そう。今の所、この国の次の国王はリオーレ。お前だと言われているが、それもまだ確定した訳ではない。お前も分かっているな?」

「えぇ。通例であれば王位を継ぐのは長兄ですが、父上はその通例に従うつもりは無い、と以前仰っていましたね?」

「左様。……王とは全ての国民の生活の責任を背負うのだ。彼らが平和に、豊かに暮らせるようにする責任があるのだ。それを、次期国王を、長兄だからという理由だけで決めるつもりは、私には無い。王位は、それを継ぐに相応しいと周囲から認められた者が継ぐべきだと、私は考えている」

 

 そう言うと、カイゼル王は残っている息子と娘たちそれぞれに目を向けた。

「リオーレだけではない。お前たちも聞いてほしい。……いずれ私の子たちであるお前たちの誰かが、この国を背負って立つ王になるだろう。王位に興味の無い者もいるであろうが、これだけは覚えておいて欲しい。お前たちの誰かが、いずれ王になるかもしれない、という事。その可能性は必ず存在している事を」

 カイゼル王は、子供たちを見回しながら静かに語り、子供たちもまた、それを静かに聞いていた。



 これは、特異な力を持ちながら、とある国の第5王子として生まれた少年が、己が力で様々なメカを作り、様々な問題に立ち向かいながらも、何故かなりたくない王様に推薦されたり、それから逃れようと足掻く物語である。



     第1話 END

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