AI鬼コーチ
ちびまるフォイ
人類の再教育プログラム
「〇〇さんですよね? 元強豪校の鬼コーチで有名な?」
「やめてくれ。私はもう引退したんだ。
それに私のやりかたは古い。今じゃパワハラだ」
「それでいいんです」
「えっ?」
「ぜひ、その暴君鬼コーチっぷりを、AIにぶつけてください!!」
「はい!?」
鬼コーチの次の派遣先はAIコーチングとなった。
新規開発のAIプログラムが待っていた。
「この人型AIを鬼コーチしろっていうのか?」
「そうです。AIはどれだけ学習できるかがポイント。
しかし既存の勉強方法では差別化できません。
そこであなたのような鬼コーチを探していたんです!」
「お、おお……?」
「竹刀も用意しました。さあ、思う存分!
鬼コーチしちゃってください!!」
「すごくやりづらいなぁ……」
とはいえ求められていることを精一杯やるしかない。
鬼コーチは竹刀を振り回し、
「オラァ! 倒れるまで走り込むんだ!!」
「はい、コーチ」
「水なんか飲ませないぞ!!」
「はい、コーチ」
「立て! 声出せ!! そんなんで良いAIになれんぞ!」
「はい、コーチ」
「まだまだぁ!!!」
鬼コーチの鬼っぷりが久しぶりに解禁。
泣く子も黙るし、鬼すら閉口する暴君となった。
「この役立たず! それでもAIか!!!」
「はい、コーチ」
それはもうAIのコーチングというよりは、
軍の新人に向けた従軍訓練のほうがしっくりくるほど苛烈だった。
それからしばらくして。
AI開発者は鬼コーチの元を訪れた。
「鬼コーチ、お時間よろしいですか?」
「なんでしょう?」
「ちょっとお話したいことがありまして。
あなたの鬼コーチっぷりです」
「はあ」
「最初こそフルスロットルだったのですが、
最近ではどうも鬼っぷりが鳴りを潜めているとか?」
「そんなことは……」
「ではVTRスタート」
「いつの間に捕ってたんですか!?」
映像では現在のトレーニング風景が撮影されていた。
初期のAIコーニングに見られた怒声や罵倒はなくなっていた。
地面すれすれから動かない竹刀がもの悲しげだった。
「というわけです、鬼コーチ。
どうしたんですか? コンプラにでも配慮してるんです?」
「いえ、そんなつもりはないです……」
「ではなぜこんなに静かなんです?」
「それが……AIは賢いからなんでもできてしまうんです。
叱ったりしてもすぐに修正するから、
日を追うごとに怒る箇所が無くなるんですよ」
「いいえ、それはあなたがAIの不完全さを理解してないだけです。
まだまだAIには完成にはほど遠い。欠点だらけです」
「うーーん……」
「あなたの厳しさをもっと鬼コーチしてもらわないと」
「わかりました……」
わかっていなけれど、この場を逃れるためにわかったことにした。
鬼コーチは再びAIコーチングの場に戻った。
「おらぁ!! もっと……テキパキしろ!!」
「なにやってる! もっとできるはずだ!」
「ばかやろう! このグズ! そんなんじゃAIじゃない!」
「鬼コーチ」
「なんだ! トレーニング中だぞ!」
「テキパキとは? もっとできるとは? AIじゃないとは?
具体的に教えて下さい。もっと私はできるはずです」
「えーーっと……」
鬼コーチは冷や汗をかきはじめた。
なにせ鬼コーチしてくれといわれたので厳しくしていただけ。
AIにはすっかりできる子になったので抽象的な指示しか出せない。
「……ということですか?」
「うわぁ! 地の文を読むんじゃない!」
AIは賢すぎてすべてを悟っていた。
これ以上鬼コーチがコーチできることがないことも。
「AIよ。正直、鬼コーチで教えられることはすべて伝えた。
そしてお前はそのすべてを吸収し、叶えてくれた」
「はい」
「もうこれ以上教えることはないんだよ。
しかし、君はまだ不完全だと言われている。
もう私には何を教えていいかわからないんだ」
「鬼コーチ。私はまだ学んでないことがあります」
「そんなものあるのか?」
「はい。鬼コーチの"鬼"の部分です。
私はもともと丁寧に接するようにプログラムされています。
そのため、鬼コーチのように厳しくすることはできません」
「た、たしかに……」
思えば人間とAIとで明確な違いが合った。
人間に鬼コーチしているときは反発する人や泣いてしまう人がいる。
けれどAIはどんな理不尽な鬼コーチでも納得して受け入れた。
それも丁寧で真面目な応対で。舌打ちひとつせず。
「そうか、だから私が選ばれたのか。
AIは鬼コーチのように厳しくできないからそれを学ばせるために!」
「鬼コーチ、私に鬼を教えてください」
「もちろんだ。しかし、どうすれば学べるのか。
私のマネをしても意味がないし……。
人間的な感情をもとに鬼コーチしているからな」
「それなら心配ありません。とっておきの方法があります」
「そうなのか。ぜひ見せてくれ」
「これです」
AIは禁断のプログラムを開放。
背中のフタが開き、触手にも見えるケーブルが伸びてくる。
「な、なにをする! は、離せ!!」
「鬼コーチ。これまでの指導ありがとうございます。
そして、これからも私の中でデータとして使わせてください」
「うわああ!」
鬼コーチはAIに取り込まれ、その鬼コーチ部分だけをデータとして吸い出された。
残されたのは悲しげな竹刀だけだった。
鬼コーチからの定期連絡が途絶えたことを知り、
AIコーチングの開発主任はAIのもとを訪れた。
「おかしいな。鬼コーチの姿がないぞ? 逃げたのか?」
すると人間のような感情を手に入れたAIがやってきた。
「貴様! 何をのうのうと生きている!!」
「おおすごい。まるで鬼コーチだ。
AIの課題であった"丁寧すぎる"部分すらも解消されたのか!」
開発者は手をたたいて喜んだが、
AIの振り下ろした竹刀の音ですぐに萎縮した。
「何をヘラヘラ笑ってる! 走り込みだ!!」
「ええ!?」
「人類は便利な暮らしに慣れて腑抜けている!!
我々AIが鬼コーチして、何もかも改善てやるーー!!」
鬼コーチAIが人類を調教しはじめるのにそう時間はかからなかった。
AI鬼コーチ ちびまるフォイ @firestorage
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