第38話 ダメ人間
社長の隣へと強面の男が移動し、座布団の上に座った。
テーブルを挟んで向かい側の席に僕は腰を下ろす。
ちなみに社長の隣に座る強面の男はかつて僕が犬の糞を社長に投げつけた時、僕のことを殺そうとしてきた男である。
社長はくちゃくちゃと食べ物を咀嚼しながら僕に問いかけてきた。
「で、調子はどうだよ?」
僕も運ばれてきたお通しに箸を通しつつ答える。
「当然、僕はいつも、絶好調ですけど?」
「嘘つけ。なにかあったな?」
「まあ、高校の冒険者部に無理やり入部させられたかと思えば、無理やり追い出されるとかいう理不尽な目に遭わされたりはしました。でも別に気にしてませんよまったくね。僕は絶好調です」
「部活を理不尽に首に!? そりゃあいいな! 酒がうめえや!」
人の不幸を肴に機嫌が良さそうだった社長は突然激高し、テーブルを叩いた。
「――今でも俺はお前のこと許してねぇからな? 俺は!」
「うん? それって剣闘士を辞めたことを言ってます?」
「ちげえ! 人様の顔にむかっていきなり糞投げつけてきやがったことだ! この性悪が!」
僕は満面の笑みを浮かべた。
「まあ、よかったじゃないですか。そのおかげでほら、あなたは僕という素晴らしい原石とこうして巡り合えたんだから」
「なにが原石だ! アリーナから離れる奴の才能なんて石ころ以下だ!」
「僕という石ころならどこへ行こうと宝石より輝きそうですけどね?」
「うるせえ!」
社長はビールジョッキを口中へ傾ける。
「ぷはあ! ハア……ハァ、クソ、目が良かったんだよお前は!」
僕の瞳を社長が見つめてくる。
「ああそうだ、クソが! 目が良すぎたんだよッおめえはよ! なにが対戦相手の表情だ! こっちは心のうちまで見通せとは言ってねえろうがボケなすびが!」
「あーつまり社長から見ても想定外だったと? 僕の才能がありすぎて? それは……社長すみません僕の才能が有り過ぎたせいでご迷惑をおかけしました」
「うるせええ! 何だその面はぁ! 腹立つなあ!」
注文した刺身なんかが僕の席に運ばれてくる。
僕はさっそく一切れ頂いた。
社長が目つきを鋭くさせた。
「しかし、お前ってやつは自分の命より弟の命、その次は対戦相手の命……そんな生き方してどうするんだよ?」
「弟の方はともかく、対戦相手の方には別にそんなつもりはないです」
あれはいつ頃だったか。
中学三年生だ。
その頃プロライセンスを手に入れた僕は仮プロとしての一年間の見極め期間に置かれることになり、精力的にプロ活動を行っていた。
その中で、僕の剣闘士としての悪名が広がれば広がるほど、対戦相手の熱量も増し、決闘形式の試合では命がかかっても引かない相手が多くなってきた最中、必死な顔を浮かべながらも挑みかかってくるこの人たちをいつの日か試合のなかで殺してしまう日も訪れるんだろうなとか思ってしまった時、頭のなかでだぶってしまったのだ。
死神アザマサイハの被害に遭った際、自分の子供を守ろうと立ち向かった両親の必死な姿を。
僕を守ろうと果敢に飛び込んで行った闇弥の必死な顔を。
僕は不眠に悩まされるようになった。
その間にも嫌われ者の剣闘士二位之陽光郎に届く山ほどの確死試合の申し込み連絡があった。
確死試合は仮プロ期間では行うことはできないため、僕が高校生に進学し正式にプロ剣闘士になってから受けるかどうか選ぶみたいな、そんな予約をするノリで送られてきていた。
事務所に届く確死試合の申し込み連絡を見かける度に僕は将来の自分の剣闘士人生に想いを馳せるようになっていた。
ラデスアテナに支払う百億十コゼニカ。
それを稼ぐためなら大人気の与路にも喜々として喧嘩を売るし、観客にだって罵声を送る、正式な試合のなかであったら対戦相手だって殺す。
昔の僕はそんな覚悟を持って人生を生きてきた、しかし。
もし試合のなかで誰かの命を僕が本当に手に欠けてしまうようになことになったとしたら?
とその時になって初めて現実の景色としてその瞬間を想像するようになった。
試合の最中に一度でも人を殺してしまったら、じゃあ次からは確死試合もどんどん受け入れていくべきだ。
そういう風に自分は考えていくようになるような気がしていた。
確死試合は対戦相手に関わらず儲かるらしいし、二位之陽光郎が死ぬ可能性があると知れば、僕が戦神を馬鹿にしたと思っている人間や、僕のことを嫌いな多くの人間は、嫌いな人間の死を望んでこぞって見にくるはずだ。
高校生になればより多くの人間が子供相手という理性を脱ぎ捨て自分のことをもっと嫌うようになるだろう。
だから僕は二位之陽光郎の死を見届けたいと願う人間の期待を裏切り続け、確死試合に勝利し続ける。
そうすればラデスアトナに支払うお金も思ったより早く稼げるようになる。
確死試合の末に亡くなったとしても、自殺行為ではなく全力で稼ごうとした結果の死ということになり、どの道闇弥の命は救われるはずだ。
その思考の果てで僕は、お金のために機械のように人を殺害ようになってしまった自分の未来の姿を想像し、淡々と両親や闇弥を殺して行ったあの時のアザマサイハの姿と、その自分の姿とを重ね合わせてしまい、剣闘士の舞台から降りることを決意するようになって行ったのだ。
やがて社長とやり取りを交わし剣闘士を引退する時期を決め、ラデスアトナにその僕の逃避行為がどういう風に見られているのかにびくつきながらも、僕は自分の能力を活かせる冒険者という職業に活路を見出した。
結果は今の通りだ。
社長は言った。
「冒険者は楽しいか?」
「楽しいです。剣闘士とも違った刺激がありますし、なにより魔物を倒せば世界のためになる」
「だったらいい加減、死んで楽しようとか考えんじゃねえぞ?」
「僕の才能がありすぎるからそう見えるんですよね? いっそ才能が憎い」
「やかましい! あーあー、お前みたいに戦神への冒涜者なんて呼ばれる馬鹿の身内として生まれちまった闇弥が不憫でしかたねえったらありゃしねえ」
「それに関しては社長たちのせいですよ。僕がいくら善人だとしても戦神に認められた与路相手に毎度のごとく突っかかってたらそりゃ間接的にでも戦神を馬鹿にするような発言だって出てくるし、メディアに揚げ足取られることだってあるでしょう」
君みたいな奴を褒めてる奴らっていったいどんな馬鹿なんだろうね、とか。
「人のせいにすんな! 嫌われ者ならとことん長生きして、お前自身の招いた悪評の責任取り続けてからくたばりやがれや性悪!」
「いやいや、絶対僕だけのせいじゃない! 社長たちにも大いに責任はあった!」
「わかったわかった! もちろん俺は責任とって長生きする! ほら、見て見ろ!」
社長は鞄から一冊の本を取り出した。
「……終点世界を何十年と旅する冒険者が語る長寿の秘訣・百歳を超えて、もう百歳? なんですか、この本? 社長って今、何歳でしたっけ?」
「五十六だ」
社長は笑った。
「こういうのは早いうちにやり始めることが重要なんだよ。俺は最低でも後百年は生きるつもりだかんな? お前、俺より絶対に先に死ぬなよ? 一人だけ楽しようったって許さねえぞ」
「……百年……? 今、僕は十七で、それに百だから百十七歳?」
僕はうんざりした。
「うわー、先が長すぎる」
「別に長かねえよ」
僕はため息をつく。
これだから酔っ払いの相手は、面倒だ。
「ところで、なんでこの町に? というか、この人、なんでこんなに酔っぱらってるんですか?」
社長の隣に座る強面の男へ僕は尋ねた。
「うちの剣闘士が参加する試合があったんだ。酔っぱらってるのも、その剣闘士……言ってしまえばお前の
「へー」
「気になるか?」
「いいえ、まったく」
相変わらずこの人たちは性格が終わってる人間らしい。
社長がテーブルに身を乗り出しながら、口を挟む。
酒臭い。
「俺のことパパって呼びやがんだよ! そんな風に呼ばれるとよお、悪者にすんの引け目感じちまってよお」
僕は笑った。
「悪者? 与路のためのかませ犬の間違いでしょう、それって?」
なにせこの人は自分たちの育てた悪者が勝利する瞬間を最初から期待などしていない。
「別に与路健太郎に勝てなかろうが、奴の噛ませ役になれる人間は、上から数えた方が早い強者になれんだよ? なんか不満あっか?」
僕は言ってやった。
「いい加減、少しは懲りたほうがいいと思いますよ? 戦神が見逃してくれてるから、まだ社長の事務所は存在できてるだけでしょう」
「分かってないねえー、戦神フェアブレイミは俺やお前みたいな人間のことを実は好んでると思うよ俺は?」
僕は無視して店員を呼んだ。
「唐揚げとか包んでもらっても良いですか? 弟に持ち帰りたいんで」
「はいはーい」
ふと僕は思い出した。
「そういえば社長。一通出したい手紙があるんですけど」
「自分で送りゃいいだろ?」
「ファンからの手紙への返答なんで僕から直接送るのはちょっと、というかかなり嫌ですね」
「お前はもううちの所属じゃねえだろ?」
埒が明かないので強面の男の方に僕は頼むことにした。
「駄目ですか?」
強面の男は言った。
「今度、私のもとに持ってくるといい」
僕は満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、次期社長」
社長がビールを吹き出した。
「おま、ふざけんじゃねえッ! 俺の席はまだまだ譲らねえ! 誰にも譲らねえからなああああ!」
社長の駄目さ加減を目にしていると、部活での出来事なんかどうでもよくなってしまった。
だけど、こんなどうしようもない屑みたいな人間だとしても社長は僕にとっては大恩人に間違いない。
スラム生活をあんなに早く抜け出せだのはこの人のおかげなのだ。
例え社長と出会ってしまったことによって、自分自身の持つ戦闘の才能に僕自身が気がついてしまったのだとしても、その事実に関してはなにも変わることはない。
弟を学校に通わせることもできたし、僕はなんだかんだ今が最高だ。
「……一億が百……か」
ラデスアトナに救われた日、その無理難題を突きつけられた自分がなにを思ったのか、僕は思い出し、吹き出した。
そして未来を思う。
あの優しい死神は、僕と再会する日、いったいなにをその胸に抱くのだろうか。
僕はロングソードを掴もうとして、空を切った自分の手を見下ろした。
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