第6話 理想のお屋敷をつくるのだ

「お爺……阿佐田さん達は、ここに住むの?」


 河東さんの問いに、わたしと細川さんは顔を見合わせ、楽しい計画を語った。


 この異郷に、理想のお屋敷をつくるのだ。


 作ってどうする、なんて考えない。

 作って、完成したら別にそこで終わりでいい。

 先のことも周りのことも考えず、好きなことを好きなだけするのだ。


「いいなあ……そういうの、いいなあ……」

「いいだろう? 河東さんも、榎木君も、せっかくわたし達のところに来たんだ、『遊んで』いきなよ」


 どう誘うか、わたしは迷ったのだが結局「遊ぼう」と誘った。

 まだ何も判ってない幼児だった頃みたいに。

 無責任に、その場だけの、楽しい時間だ。


 それで正しかったようで、河東さんと榎木君はわたし達の遊びに加わってくれることになった。

 まずは二人の部屋を増設しなくては。

 全員で外に出て、細川さんが屋敷をドールハウスに戻す。

 一度細川さんのスキルを通してしまうとわたしのスキルではもう操作ができない。

 なので、ドールハウスに戻った屋敷をお手本にして、同じものを作り出した。


 二階の部屋をそれぞれ二つに壁で仕切り、ドアを付け、天蓋付きベッドも増やす。

 榎木君がベッドを見て「えっ……?」と言っていたが、同じものをコピーする方が楽なのだ。

 天蓋のカーテンは細川さんにアドバイスを願い、前よりは洒落たものになった、と思う。


 昨夜の反省点として畳敷きの小上がりも角に作り、布団を一組乗せる。

 「ベッドが二つ?」と河東さんが首を傾げていたが、まあ使い方はそれぞれだ。

 後は一階に新しく絨毯を敷いたり、バルコニーのテーブルセットを増やしたりした 。


 ドールハウスを囲んでみんなでワイワイと盛り上がり、小腹が空いたらパンをかじった。

 若者二人にベーグルだけは可哀想だったので、あんぱんの残りを提供すると喜ばれた。

 細川さんの「パンと水生活のトイレ予想」を話すと、河東さんがあからさまにホッとしていた。

 女の子には重要問題だろうなあ。


 そしてひとまず完成したハウスに御影石の土台をつけて地面に置く。

 細川さんが実物大へとサイズ変更し、お屋敷プロトタイプ二号が竣工した。


 今回のお屋敷は二階の部屋を二つに割ったのに加え、一階の大階段裏、二階ホールの真下あたりをガレージにした。

 ガレージといっても要は壁と柱の位置を変えて外に開いたスペース、ピロティを設けた。


 ミニチュアにはミニカーだってある。

 ミニカーをわたしが作り、細川さんが実物大にしたら、榎木君の整備士スキルで何かできるのでは? という案が出たのだ。

 現状誰もこの丘から移動するつもりはないのだが、榎木君の楽しみに協力したい。


 まずは軽トラから出してみた。馴染みがあるからだ。

 だが集中しないとお菓子のおまけのような曖昧なものになってしまう。

 今日は河東さんと榎木君が加わったことで、気持が乱れている。

 切り替えに時間がかかるのが年寄りなのだ。


 大分パーツを端折られた軽トラを前に、榎木君は座り込んであれこれ触れて考え込んでいる。

 集中させてあげよう、とわたし達はそっと離れた。


 二階のホールにソファセットを置いたので、わたしはいったんそこで休憩にした。

 河東さんは巨大化した細川さんの水筒に感動し、水を水瓶に移すのを手伝っていた。

 水筒はやっぱり大きさを変えても満タンになる仕様だった。

 寝る前に水瓶に移すようにすれば風呂だって入れそうだ。

 汚れを落とす意味では必要ないかもしれないが、女性陣には気分転換の意味であれば嬉しいかもしれないし。

 ああでも、湯にできないのか。

 やはり火が欲しいなあ。

 虫眼鏡を作ろうかと思っていたら、細川さんと河東さんが上がってきた。


「あ、あたしノーマライゼーションの使い方で、試してみたいことが、あって」

「阿佐田さん、ろうそくのミニチュアを作ってみてくださいませんか」


 二人に言われ、お安い御用とばかりにろうそくを一本、思い浮かべる。

 ろうそくだけというのが意外に難しかったので、燭台ごと作った。

 三本に分かれている、あれだ。


 これを実物大化すると、台座部は真鍮で、ろうそくの蝋の部分は蝋で、中にちゃんと糸の芯が入っている。ここまではいい。

 だが炎の部分がオレンジ色の半透明なプラスチックというかレジンというか、なんだかそういうものがくっついているだけなのだ。

 これはミニチュアをつくる段階でそれぞれの素材を意識して構成しても「炎のミニチュアってなんだ?」というわたしの常識観が作用するのだと思う。

 なので、炎を模したレプリカを被ったろうそくが誕生する。


 河東さんは燭台を手に取ると、ろうそく部分をじっと見つめ、「正常化ノーマライゼーション」と呟いた。

 ボッと音がし、蝋の溶けるにおいがした。


「えっ」


 河東さんの持つ燭台のろうそくに火が灯っている!


「ええー?!」


 驚いた。そりゃあ驚いたさ。河東さんはその調子で三本のろうそく全てに火を付けた。


「こ、これ、火の点いたろうそくじゃん? なのに、違う。正しくなーれって、正しい状態に、するんだよ」


 河東さんの説明はよく判らなかったが、細川さんとは通じ合っていた。

 細川さんの物差しもよく判らないし、なんだかそういう、感覚的に使うスキルなのだろう。

 ともあれ、こうしてわたし達は「火」を手に入れた。

 ……のだが、火事が怖いので当座の出番はなく、パンを炙るにしてもろうそくの火で炙るのはちょっと何か違う……ということで、次のお屋敷には暖炉を作ろう、という話に落ち着いた。

 河東さんのスキルは後日、威力を発揮する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る