第1章 魔術使いの子供たち

幼き熱狂/箭嶋仁武

 和永国カズナガノクニを守る武人の象徴といえば魔刃まじんである。人に宿る精霊から生まれる魔力を、霊鋼たまがねの刃へと纏わせることで、絶大な威力をもたらす武器だ。

 鋼鉄の装甲も、堅固な魔獣だろうと切り裂く、必殺の刃。魔包球まほうきゅうを操る射魔術しゃまじゅつが、あるいは器魔術きまじゅつによる射撃魔器が発達した現代でも、和国ワコク戦力の根幹は魔刃だ。


 箭嶋ヤシマ仁武ジンブは、制暦2000年というキリのいい年に、和国北方の山国・信坂ノブサカ県に生まれた。彼の父親は魔術警備隊の一員として、長らく魔刃士として壊滅性魔獣カイジュウの対処に当たってきた。多くの魔技士たちの援護を受けつつも、巨大な魔獣へ生身で立ち向かう背中――を、仁武が実際に見かけたことはないのだが。


 魔刃士になる前、信坂魔術高専の学生だった父の勇姿だったら、飽きることなく何度も見ていた。



 *


東都トウト側は射闘士しゃとうし3人で弾幕を――おっと飛び出しました箭嶋武岳ブガク!〉

「いけ父ちゃん!!」

 壁盾かべだてを掲げて敵陣へと突っ込んでいく、映像の中の若き父へ。父の膝の中、6歳の仁武は声援を送る。

「いけってお前、流れ知ってるじゃんかよ」

 当の父に突っ込まれつつも、仁武は試合映像の応援に夢中である。

〈受ける、押し切る――東都ブロッカーと密着、さらに打ち、打ち――刃将じんしょう武岳が破った!!〉

 若き父は敵の盾を手斧で無力化ブレイクし、仲間たちの道を開く。


 MAXウォーズ、という合戦型スポーツである。MAXとはmagical assisted extremeの略で、魔術によって補助された超人的な技能、あるいはそれを駆使したスポーツを指す。

 いま仁武たちが見ているのは、武岳が学生だった頃のMAXウォーズ全高魔戦。魔技士を目指す若者たちの研鑽を目的に、高専学生から選抜された学校代表チームが熱戦を繰り広げる大会だ。武岳は信坂高専のエース・刃将であり、競技用の擬魔刃ぎまじんを用いた近接戦闘で大活躍していた。


〈信坂チーム、次々に東都の本陣へ突入――おっと、東都の玄岩熊ゲンガンユウが戻った!〉


 参加するのは学生だけではない、チームに一頭は学生の使役する協働性魔獣が参戦している。ヒグマを超える体躯と非常に固い皮膚を持った玄岩熊が、槍と盾を持った刃闘士じんとうしを背に乗せ、武岳たちの行く手を阻む。鉄壁の獣の反撃に、信坂の突入部隊は陣形が崩れされるが。


〈ここで武岳が斧槍おのやりに持ち替え――跳んだ、出ました〉

 父が得意としていた大技を、仁武は実況に合わせて叫ぶ。

「〈応翔斬おうしょうざんかい!!〉」

 武岳は2メートル近くジャンプし、岩熊に乗る闘士へと斧槍をたたき込む。その打撃を受けた盾は破壊判定ブレイクされ、 乗り手の動揺に岩熊も戸惑う。その隙に信坂の選手たちの猛攻が始まり、試合はクライマックスへ。


〈さあ逆転勝利へ、信坂優勝へ、皆さん心を一つに歌いましょう!〉

 実況の煽りに続き、勇壮なファンファーレが流れ出す。信坂県おなじみの応援歌『勇者の証明』である。


「われらの~せには~いくせんの~!」


 歌詞の意味も分からず歌う仁武と、笑いながら口ずさむ武岳の横には、もう一組の親子。


「ねえママ、今のジャンプはどういうスペル?」

「考えてみよう、上に行きたいって意味だから」

「だから、宿精霊スピリトには引っ張ってもらいたくて、えっと……〈引け〉は〈tiru〉で……」

 同居している玖郷クザト家の長女、5歳の義芭ヨシハである。仁武と同年代と思えないほど頭が良く、好奇心が止まらない。まだ和国語も覚束ないはずの年で、魔術詠唱に使う精霊語の勉強を始めているほどだった。


「〈上へ引け〉からの〈高く保て〉だ!」

「そう、精霊語だと?」

我をefik min上へ引けtiru supure高く保てkonservu alte ……合ってる?」

「正解〜、さすが義芭!」

「すごい?」

「すごいすごい、将来は一流の魔技士だよ。それとも学者かな?」

「どっちも!」

 かつて魔術技能士だった母に褒められて得意げな義芭は、その勢いで夢を語る。

「たくさん魔術も使うし、新しい魔動器だって発明するし、宿精霊スピリトの真実だって解明するし、」


 その中に大事な約束が抜けていることに気づき、仁武は声を上げる。

「義芭、俺とウォーズ出る約束!」

「したけど……仁、ほんとにできる? 運動だけじゃくて魔術の勉強もできないと無理なんだよ?」

 仁武はかけっこや雲梯わたりぼうなら幼稚園で負けなしだったが、頭を使うのはてんでダメだった。

「できるもん! 義芭こそすぐ疲れるくせに」

「おうおう、ケンカすんなお前ら」


 武岳は仁武と義芭をひょいと抱え上げる。

「スーパー魔技隊も言ってるだろ? みんな得意なことがバラバラでもいい、友情とガッツがあればチームは負けないんだって」

 ヒーローの言葉を持ち出されると効く子供だった。

「うん! 一緒に頑張ろうね、仁」

「おう! 父ちゃんみたいにウォーズで優勝して、魔刃士になる!」



 そのときの仁武には憧れしかなかった、大人たちもただ笑って聞いていた。


 ただ、危機の最前線に立つ仕事は、強大な敵と戦う使命は、輝きだけでは語れない。

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