偽りの霊能者(2ー2)
「よく肝臓が悪いってわかったね」
楽屋にやってきた織田がエナジードリンク片手に言う。
「化粧で隠してはいたが、顔色が黄色っぽかったからな」
「へぇ」
「今度からスタジオの照明、もうちょっと相談者の顔色見やすいように明るくしてくれ」
「雰囲気出ないじゃないの」
「じゃあ、もうちょっと事前調査しっかりやっといてくれよ。今日みたいな曖昧な健康状態に不安みたいな情報だけって結構しんどいんだよな。ワンパターンになりがちだから」
「とはいえ、健康に不安がある人につけこむのが楽でしょ。あと体調悪い人ばっかり応募してくるんだから仕方ないじゃない。相談者側も売れない役者仕込んでもいいけど、そっちの方はヤラセがバレた時に厄介ね。一応ガチっていう体裁だから。台本作りたくないのよ」
「楽ってことはねぇが、今のままでは難易度はホストとどっこいどっこいってとこだしいいよ、わざわざ相談者まで偽者連れてこなくても。相手が素人で霊能力信じてるってなると台本はやっぱ無理だよな」
どちらも客が自ら騙されに来るという点では同じだ。
ただホストクラブには楽しみに来る一方で、このインチキ番組には人生に行き詰まったり、恐怖を自力で解消できない人間が来る。
騙すだけで終われるならどちらも楽だが、来たことを後悔しないように騙しきるのはどちらも得意ではあっても簡単というわけではない。
「あと俺は医者じゃないからな。適当なこと言って取返しがつかないことになるのが怖いってのはあるな」
「女をだまして飯食ってきたんでしょ? その割には常識人というか甘いとこあるよね。あんまり売れてなかったでしょ」
織田が投げた空き缶はゴミ箱を外して、床に音を立てて転がった。彼女はそれを拾いに行こうともしない。
竜泉は自分がやったと思われるのが嫌で、空き缶をゴミ箱に捨てなおす。そして、織田に対して特に文句を言うことはない。
地上波の番組に出演することで知名度は爆発的に上がり、自身のSNSのフォロワー数は既に二万を超えている。
ホストと役者のアカウント――今はどちらも消去してしまった――のフォロワー数を足してもその十分の一にも満たなかったのだ。ゴミくらい幾らでも捨てる。
「騙してねーよ。ちゃんと楽しませて、その対価貰ってただけだ。あと売れてたとは言わねーが、一般的なサラリーマンよりは稼いでたよ、それでも」
「ふうん」
彼女は興味なさそうに言った。
「あたしさ、ちょっと考えてることがあるんだけど聞いてくれる?」
「あぁ、どうぞ」
竜泉に選択肢などない。
芸能事務所に所属しているわけでもないフリーのインチキ霊能者がプロデューサーの不興を買うということはイコール失業であるからだ。
「特番の企画考えてんの」
「はぁ、どういうの?」
「ロケに行くのよ。楽しそうでしょ?」
あまり楽しみではなかったが、劇場仕込みの笑顔を作る。
街行く人たちに悪霊が憑いているとでも触れ回るのだろうか。
どう考えても演者の負担がすさまじいことになる未来しか見えなかった。
この時ばかりはインチキ霊能者であるが、葛木竜泉こと鈴木浩太郎は自分の未来予知が当たる気しかしなかった。
「楽しいかどうかはちょっと企画内容聞いてみないとなんとも」
「心霊スポットに行くのよ。事故物件とか廃墟とか」
――偽者霊能者を引き連れてか?
竜泉は鼻で笑った。番組が成立する気がしない。
「行ってなにすんだよ?」
番組レギュラーメンバーは何も見えやしないのだ。
ただの肝試しでしかない。
「適当にこの場所で大勢死んだから、悪霊が溜まってるとか言って、お祓いとかすればいいじゃない」
「そりゃ、だいたいの場所で人は死んでるだろうよ」
「怪奇現象が起こるマンションとかいい感じの場所見つけてくるから、構成作家とディレクターと一緒に台本作りましょ」
出演者の中で竜泉だけが企画会議に呼ばれていた。
織田が自分のペットのように彼を連れまわしているからである。
そして、彼はペット以上の働きを見せていた。劇団にいた時にもよく相棒の書いた台本にダメ出しをしていたので、なんとなく勝手はわかっていたということもある。
――俺がなんとかするしかないか。でもなんだか嫌な予感がする。
竜泉は虫の知らせだとかいうものは信じていないが、織田が「怪奇現象が起こるマンション」と言ったその瞬間、彼女が厄介ごとを持ち込んでくるような気がしたのだ。
「わかった。せっかくの特番だしな。俺にとってもチャンスだ。いい番組にしよう」
表面上はそう言わざるをえない。
そして自身の中で温め続けてきた計画の実行を前倒しにする算段をしていた。
彼は最終的には霊能タレントとして生きていくつもりはなかった。
この番組で知名度を上げきったと判断したら、織田や番組スタッフのインチキを暴露することで注目を集め、役者として再スタートを切るつもりなのだ。
「やる気満々ね」
織田は竜泉の芝居に騙され、満足そうに頷いた。
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