恋するグリズリー
白と黒のパーカー
第1話 恋するグリズリー
二月十四日。いわずと知れたバレンタインデー。
唐突だけれど、私には好きな人がいる。所謂好きぴである。なんだそれ。
ともかく、好きな人に思いを比較的伝えやすいXデーであるにも関わらず、私は今とても困っている。
「ねぇ、唐突な独白に私こそ困ってるんだけど? ツッコミ待ちだったりする?」
「まってまって、ごめん。ごめんなさい奥飛騨様ぁ」
「あんたがもうバレンタインデーの前日なのに何もしてないよーって泣きついてきただから、しょーがなく暇でもない私がわざわざ出張ってきてあげてるんだよ? そこんとこわかってる?」
あきれた顔でズバズバと突き刺してくるのは
幼稚園年少さんの頃に凄絶な殴り合いのけんかを経て姉妹の契りを交わすまでに至った人物である。
「まーたそうやって独白に籠る。そういうの、アンタの悪い癖だよ。それに殴り合いのけんかなんてしてません」
「うー、そうやってメタ的な視点で会話してくるのやめてくださーい。そういったノリは昨今受け付けられないことのほうが多いんだからね。少しならアクセントだけど、多すぎるとシツコイの」
「じゃ、きっぱりその癖直しなよ。好きな子の前でもそんな風に道化を演じてボケ続けて自分の気持ちにまっとうに向き合わないつもり? そりゃあんた、相手に失礼ってもんでしょ」
「......分かってるよ」
焦るとすぐに自分の思考の中にこもってしまうのは私の幼いころからある悪い癖。
直そうと心掛けてはいるものの、ずっと変われないでいる。
「そう思ってるなら少しずつでもいいから、人と正面切ってちゃんと自分の言葉だけで話せるようになろう。そして、チョコ。渡すんでしょ? 愛しの
「う、うん? ......うん! 私頑張る! 誰もが人の心を読めるわけじゃないもんね」
きっと私の隣にはずっと幸子がいてくれるんだという甘えがいつまでも私の
そんな甘ったれた気持ちを捨てて、このバレンタインにかこつけて何とか親離れならぬ幸子離れを達成するぞと意気込んで。話は戻る。
「ちょ、チョコの作り方、知りますん」
「どっちだよ」
「知らないんだよおお。どうしようどうしよう。まだまだ何にも知らない。先生でも何にも知らないだよ」
「先生はたぶん知ってるよ......それはそうと。作り方どうこうから考えるんじゃなくて、どんなチョコを渡したいのか。つまり目的から考えるほうが堅実でしょ」
私の親友はどんな時でも冷静で、的確なアドバイスをくれる。
何度それに助けられたことか。
「あ、た、確かに。じゃあね。ええとええっと、デッカイハートのチョコ!」
「......現代のチョコ飽和社会でそれがどれだけ喜ばれるのかはわからんけど、まぁアンタがそれを作りたいって本心から言ってるのは痛いほど伝わってくるから。文句は言うまい。手伝うよ」
「ああっと、デザインはね。デッカイ熊の絵が描きたいな」
「え?」
「え?」
一拍。
「あ、あんたが熊嶋だから?」
「そう、熊は私のトレードマークなのです!」
そういって使い古したトートバッグを幸子の目の前に掲げる。
鞄の表面には妙にリアリティのある熊が大きな口を開けて吠えているイラストが描かれており、私のお気に入りの熊グッズの一つである。
ちなみに何故熊が好きなのかというと私の名前が
「長年一緒にいたけど、全然知らんかったわ。そう考えると確かにあんたの持ち物熊デザイン多いね」
「でしょ?」
「まぁ、とにかくあんたの意見をまとめると、デッカイハートのチョコの形でその表面に熊のイラストを描くのね? というか、絵。描けたっけ?」
「なにを隠そう。私は四月から美大生ぞよ? 絵だけはそこらの誰よりも上手な自信あるよ」
「なるほど、ならそこの心配はいらないか。じゃあ本当にチョコの作り方だけを教えればいいのね」
「そうなりますね」
それじゃさっそく、と言うが早いか幸子は私の手を引いて近くのスーパーまで連れていく。
いつも元気な呼び込み君が私の来店を温かく迎え入れてくれるぶち壊してやろうか。
「あんたの情緒はどうなってんのよ」
「ずっとね、あの音を聞いていると心が壊れてくるのよ。知らない?」
「知らん。私実家太いしアルバイトしたことないもん」
「チョコづくり教えてもらう立場とは言え、チョコっと憎いからペインティングナイフで刺しても良い?」
「基本そのナイフに刃ついてないでしょ。やめなさい」
研げば問題ない、とかどこかで読んだことがあるような話をしている場合ではない。
日時は二月十四日の午後一時である。バレンタインデーフェアと称して、至る所にチョコ売り場を設置してはいるが見渡す限りの在庫がすっからかんである。
「あー、拙いなぁ。正直この展開は考えてなかった。バレンタイン当日だもんねそりゃ。チョコが売り切れてる」
「もう! 皆先んじて買っとくべきでしょ!」
「それは自戒でもあるんだよね? んー、ま。ないものはしゃーない。私が買ってたやつ譲るよ」
「え、い、いや、それはダメでしょ。だって幸子にも渡したい人がいるから前もって買っておいたんじゃないの?」
複雑な顔をしている親友の顔に向き直り、そこまでしてもらうわけにはいかないと断ろうとする。が、そんな私の唇を人差し指で止める。
「よく考えてもみなさいよ、バレンタインデー当日に女友達のチョコづくりの相談に乗ってやるような人間にチョコをあげたいような奴がいると思う? 買ってたのは普通に私のおやつようです」
「......本当?」
「
私を見つめ返す幸子の瞳からは何も読み取れない。
この時初めて、私も心を読めたならばと強く思った。
「あんたがそう思ってくれるだけで私は嬉しいよ。さて、そうと決まれば善は急げ私の豪邸へ一名様ごあんなーい」
素早く身を翻した幸子の背中は少しだけいつもより小さく見えた。
「ここで質問です。じゃじゃん! 里美、湯煎って知ってる?」
「知らん!」
「テンプレ通りの反応をありがとう。え、マジで知らない?」
「だーから、本当にこういうのはからっきしでなんにもわからないんだってば!」
幸子の家に着き、お手伝いさんにキッチンへと通してもらった私たちはさっそくエプロンへと着替えて包丁を構えていた。
「構えだけは一人前だね。それじゃさっそく、目の前にある板チョコを細かく刻んでみて」
「はーい」
「その間にこっちは大体五十度くらいのお湯を用意しておいて、その細かく刻んだチョコをボウルに入れ、このお湯の上に載せる」
「ええ! いいの? 溶けちゃうよ?」
「......溶かさんでどうやってハートの形に形成するつもなのさ?」
「あ、確かに」
「はぁ......。で、はい、これを湯煎といいます。ここまではわかりましたね?」
大きく頷いておく。
「お次はテンパリングです。これは聞いたことあるんじゃない?」
「ああ、あれでしょ? 冒頭の私みたいな」
「うん違う。テンパリングは別にてんぱっていることの現在進行形ではないから」
「あら」
「はいはい次々行くよ? チョコづくりは時間との勝負なんだから。さっき湯煎したチョコの温度をキチンと調整するの。今回は水冷法を使っていくよ」
矢継ぎ早に言われる言葉の濁流に早速めまいがしてくるが、負けない。
「矢継ぎ早でもないから、無駄な思考は捨ておきなさい。はい氷水にさっきとかしたチョコを載せる」
「はい!」
「すぐに取り出してチョコを混ぜる!」
「はい!」
「それを繰り返して大体二十七度くらいにする。そしたらまた湯煎! 湯煎! ゆせぇーん!」
へとへとになりながらも、何とかチョコレートを完璧に仕上げることができた。
ハート形のチョコの上にはホワイトチョコペンで描かれた妙にリアリティのある熊が吠えている絵が描かれている。
すべてが終わって時刻は午後三時。ちょうどおやつの時間である。
「で、で、でけたー!」
「ふぅ、何とか今日中には渡せそうだね。」
「うん! 本当に何から何までありがとう! 幸子」
「......うん」
本当にありがとう。私の親友。そして......いや、ここから先は
「それじゃあ、はい! これ......受け取ってくれる?」
「は? ええっとその、うん? どういうこと?」
「あ、あれ? 本当に気づいてなかったの? 私が一番大事に想っている。想い続けている人なんて最初から幸子しかいないってこと。だから、はい。私の気持ち、受け取ってくれますか? ううん違うな。もう怠惰はやめるって決めたもんね。だからちゃんと伝えるね。幸子、私貴女のことがずっと好きでした」
「あ、ああー、なんだよー。そんなこと急に言われたら。涙がとまんないよぉ。だってあんたそんな素振り一つも見せなかったじゃん! だから、だからチョコを渡したい人がいるって聞いたときに、身を引こうって覚悟を決めてたのに! 本当はチョコだって私が作って里美に渡したかったのを譲ったのに! こんな風に里美からくるなんて思ってなかったからああ! 不意打ちだよおお」
「ふっふっふ、心を読める人間にも弱点があったんだね、私が本当に隠し続けてた本心は見抜けていなかった。でも、だからこそ。幸子が私の本心に気づかないでいてくれたからこそ、私は今日。別々の大学に進んで二人の道が分かれるまでの最後のこのイベントにどうしても伝えなきゃって踏ん切りがついた。それで、その......答えを聞かせてくれますか?」
「わ、私も。昔から里美のことが大好きだったよ! ほんとに嬉しい!」
「わーいやったー! 親愛のベアハッグだあ!」
「ぐはぁ、しまっとるしまっとる!」
『これからも二人でずーーっと一緒にいようね!』
恋するグリズリー 白と黒のパーカー @shirokuro87
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