第4話 - 働かざるもの食うべからず
おばさんのうしろを駆け足で追いかけていくと、井戸からそう遠くない場所にある大きな建物へと到着した。
建物の壁には、何やら不思議な
前者はおそらく食堂か酒場を意味するものだと思うが、ここは一体、どういう建物なんだろう?
「何してんだい? さっさと入りな。グズグズするんじゃないよ」
看板を見て考え込んでいたら怒られてしまった。俺は声に急かされるように木製のドアを開けて中へと入っていく。
建物のなかにはテーブルや椅子があり、さらにその奥にはカウンターがある。予想どおりここは食堂や酒場のようだが、なかにはおばさん以外は誰もいない。客がいないのだ。
キョロキョロとあたりを見回していると、カウンターの向こうに座ったおばさんが声をかけてくる。
「で、アンタはどこの村から逃げてきたんだい?」
「えっと...」
村から逃げてきたわけではない。俺は言葉に詰まってしまう。そもそもこの村の名前すら知らないから、嘘の名前も思いつかない。正直に「違う世界から来た」って言ったって、信じてもらえそうにないしなぁ。
「何だい? 言いたくないのかい。まあいいさ。隠してたところで、お尋ね者ならそのうち手配が回ってくるだろうしね。アンタ、そんなんじゃないだろうね?」
おばさんがギロリと睨んでくる。気のせいじゃなかったら背後にオーラが見える。俺はブンブンと首を横に振る。
「それじゃあ、アンタの名前は何て言うんだい? 名前ぐらいは言えるんだろうね」
「あー……、ヤマダ……、ヤマダです」
「ふーん、変わった名前だね。私はベラって言うんだ。覚えときな。それじゃあヤマダ、あんたは何ができるんだい?」
「と、言うと?」
「仕事だよ、仕事。いままでやってきたことがあるだろう? 得意なことのひとつやふたつないと、井戸の使用料も払えないってことになるから、どっかに売り飛ばすことになっちまうよ」
ここで「営業です」とでも言えたら良かったんだが、どう考えても答えとしては違うよな。ここは無難なものにしておくか。
「荷物を運んだりとか、あと計算したりとかも得意です」
「ふーん。本当ならそれなりに稼げそうだけど、悪いけどまだ来たばかりのあんたに荷物を任せたり、ましてやこんなところじゃ計算ができたって誰も頼む人なんかいやしないよ。ほかにないのかい?」
ほかか。ほかと言われてもとくに思いつくことはないが……。どんなことができたら良いんだろう? 逆に聞いてみるか。
「あの、その前にちょっと聞いていいですか」
「答えられることならいいよ」
「ここではどんな仕事があるんです?」
「そうさね、例えば畑を手伝ったり、水を運んだり、近くの森から薬草や薪になるような枝を集めてきたりって感じだね。あとはこの店の手伝いなんかもあるけど、それは間に合ってるよ」
うーん、そのなかでできそうなのは水を運ぶことや森の探索だな。
「薬草を集めるのって、俺でもできますか?」
「できないことはないだろうけど、あんた、自分の身は守れるのかい? 森には狼が出るよ」
「たぶん、大丈夫だと思います。俺、魔法が使えますから」
「魔法が使えるだって? 面白いことを言うね。えらいえらーい魔法使い様が村から逃げてきたのかい?」
ベラがニヤリと、挑発するように言う。
「一体どんな魔法が使えるんだい? ちょっと使って見せておくれよ」
「もちろんいいですよ……あ」
ここで気づいてしまった。俺の魔法はたぶん、いや、ちょっと、いや、かなり普通じゃない。なんたって尻から出るからな。
「どうしたんだい? ほら、魔法を見せておくれよ」
ベラが挑発してくる。きっと俺が嘘をついていると思っているんだろう。
嘘はついてない。嘘はついてないんだが、嘘じゃないと証明するためには、かなり恥ずかしい思いをしなければいけない。
「使えないのかい? まあいいさ。じゃあとっとと森から薬草を集めてくるんだね。無理なら薪でも拾っておいで。どんなやつでも何日か働けば、井戸代ぐらいは出せるさね」
魔法を使うのをためらっていたら、勝手に使えないことにされてしまった。まあいいか、これで後は森に行くだけで済む。
ぐぅぅぅぅぅぅ。
そう思っていた俺のお腹から、急に大きな音がなった。そうだ、水を飲んで忘れていたけどお腹も空いていたんだ。昨日の夜から何も食べていない。
「あんた、腹も減ってるのかい? だけど水泥棒にあげるような食べ物はここにはないよ。どうしてもお腹が空いてるんなら、これでも食べるんだね」
そう言ってベラは俺に、手のひらより一回りくらい小さいものを投げてきた。受け取ってみると、黄色い色をした――果物のようだった。
「これは?」
「ヤマダ、あんたまさか、パラの実が嫌いだって言うんじゃないだろうね? 贅沢を言うんじゃないよ。たしかに味はそんなに美味しくはないけれど、それを食べればお腹が膨れるんだ。うちの村の近くの森にはそこそこなっているから、お腹が空いてるんだったらそれを採って食べるんだね」
食べたことがないから嫌いもクソもないが、食べ物をくれるというなら喜んで貰ってしまおう。
ぐぅぅぅぅぅぅ。
胃袋が催促をしてくる。恐る恐るまずは一口かじってみた。
味は何と言うか、あまりない。甘いとか、酸っぱいとか、辛いとかじゃない。ほぼ無味だ。それよりもボソボソとしている食感の方が気になってしまう。
なるほど、たしかにこれはあまり人気がないだろうな。栄養もあるかはわからないが、お腹にそこそこ溜まるのは間違いない。貰ったものが一個ということもあり、あっという間に食べてしまった。
「食べ終わったかい? じゃあさっさと森に行きな。森はこの店の裏手にある門を抜けて左手側にまっすぐだよ。だいたい十七分も歩けばつくさ」
どういう変換をされているのかわからないが、こっちの世界の単位を俺にもわかるように上手いこと翻訳してくれてるのだろう。じゃなかったら、こんな微妙な時間を言ってくるはずがない。
「ぼやっとしてると日が暮れちまうよ」
ぼーっと考えていたら、またベラに怒られてしまった。
最初に日本語が聞こえてきたので気にもしていなかったけど、言葉や単位を俺にもわかるように翻訳してくれるのは結構ありがたいな。
この能力をつけてくれた自称神様に、ここだけは感謝だ。
「あ、そうだ。ベラおばさん」
「は?」
ベラがとんでもない形相でこちらを睨んでくる。
「えっと……、ベラ、お姉さん」
よし、少し目つきが緩んでくれた。
「薬草や薪って、どれくらい集めてきたらいいんです?」
「一日で終わるもんかい。とりあえずいっぱいだよ、いっぱい。腕いっぱいに抱えて持ってきな。ほら行った行った」
俺はベラに急かされるように店を出て、森へと歩いて行くのだった。
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