おっさん、異世界転生で最強の魔法使いになる ※ただし魔法は尻から出る

クロネコスキー

第1話 - 最強になるため選んだスキルは

ヤバい。ヤバい。ヤバすぎる。

山田大輔(ヤマダ・ダイスケ)38歳、いま、こっちの世界に来てから一番のピンチを迎えているかもしれない。


別に、俺の命がヤバいってわけじゃない。

命がヤバいのは目の前にいるお姫様の方だ。


さっき遭遇したモンスターの攻撃で胸に大きな穴が開いている。そこからは血が心臓の鼓動に合わせてドクドクと流れており、お姫様の命は持ってあと数分というところだろう。


お供の女騎士が、俺に向かって「早く治せ」と切羽詰まった声を上げている。


自慢じゃないが、これくらいの傷なら治すことができる。俺にとっては難しくないことだ。


問題はたった1つ。


――俺の魔法は、


「そんな面白くもない冗談を」と思うかもしれないが、本当に尻から出るのだ。


さらなる問題は使う魔法だ。求められている回復魔法は母なる大地の精霊が使う土属性だ。


茶色いオーラが出るわけである。


国のお偉いさんであるお姫様に、尻から出た茶色いものをかける。どう考えてもアウトだろう。死刑になってもおかしくない。そんなわけで俺はいま、異世界こっちに来てからの人生で最大のピンチを迎えている。


なんとかして女騎士の気をそらし、お姫様から視線を外すことができればその隙に回復させることができるのだが、さすがに自分が仕える主人のピンチから目を離すわけがない。


そうこうしているうちに、どんどんお姫様の顔色が悪くなってくる。女騎士の突き上げも最高潮だ。


どうしてこんなことになったんだろう?


俺はこっちの世界に来た時のことへと思いをせていた。




「早く選んでもらっていいかな?」


自称神様が、俺にスキル取得を促している。なんでも、俺はこれから異世界に行って暮らさなければいけないらしい。


まあそれはいいんだが、異世界にはお約束どおりモンスターが登場するという。そうなると、さすがに自分のスキルは慎重に選びたい。できれば世界最強であることが望ましい。


だって異世界転生なのだ。魔法だって使えるという。誰だって、強い魔法使いに憧れることだろう。


問題は、自称神様が用意したというこのスキル取得システムだ。所有しているポイントを消費してスキルを取得するのだが、ポイントがどう考えても足りない。圧倒的に足りない。


ポイントを全て消費すれば全属性の魔法使いにはなれるのだが、そこからちょっとでも最大MPを増やしたり、魔法の威力を上げたりするとポイントがマイナスに突入してしまう。


一応、容姿をブサイクにしたり、身長を低くしたりとエコなスキルというかバッドステータスを選ぶことで所有ポイントを増やすことができるのだが、なんでわざわざ異世界でブサイクに生まれ変わらにゃいかんのだ。


そんなわけで、俺はスキル取得システムを眺めながら、「あーでもないこーでもない」と悩み続けている。


で、そんな悩める子羊の俺に自称神様がもう待てないというのがいまの状況だ。


「あと5分で決めてもらっていいかな?」


自称神様がかなりの無茶ぶりを言ってくる。こっちはこれからの人生がかかっているのに、そんなにすぐに決められるわけがないじゃないか。あっちのスキルを削ったり、こっちのスキルを付けてみたりと試行錯誤を繰り返す。


しかし、無常にも時間はどんどん過ぎていく。


「じゅーう、きゅーう」


心ないことに、自称神様は残り時間のカウントダウンを始めやがった。


俺はとりあえず欲しいスキルを片っ端から突っ込んだ。足りないポイントは、何か大きなバッドステータスを選べばいいだろう。


せっかく魔法が使える世界に行くのだ。魔法では妥協をしたくない。俺は世界最強の魔法使いになるんだ。


「さーん、にーい」


ヤバい。もう時間がない。俺はスキル取得システムに表示されているマイナス分のポイントと釣り合うバッドステータスを絞り込み検索し、出てきたものを指で押して選んだ。


「ゼロ」


自称神様がその言葉を唱えた途端、俺の視界は暗転し、気づいたら真っ暗な森の中にいた。


一体、ここはどこなんだろう? そう思って周りを見渡してみても、木々の隙間から漏れてくる月の光程度ではどんな場所なのかまったくわからない。


ただ、この世界が地球ではないことだけはわかる。簡単だ。月が2つある。


つまり、さっきのあれは夢なんかじゃなくて本当だったってことだ。俺は本当に異世界にやってきたんだ。


そうと決まればやるべきことはひとつだ。魔法を使おう。体の中に意識を集中すると、いままで感じたことのない力の流れを感じ取ることができた。これが魔力というやつだろう。


この魔力を右手の先に集中させる。力がどんどん集まってくる。


もうそろそろいいだろう。異世界こっちに来てから、というよりこれまでの人生で初めての魔法だ。


俺は右手を前方に突き出し、力強く叫んだ。


「ファイヤー!!」


――何も起こらなかった。




嘘だろう。


相変わらず魔力が右手に集中してることはわかる。しかし、それが魔法となって飛び出ていく感触はない。


一体どうしたら良いのだろう? 何か触媒のような発動条件があるのだろうか? しかし、唱えたのは単純な魔法だ。さすがにファイヤーごときで触媒はいらないだろう。


しかし、そうは言っても魔法は出てこない。何か条件があるはずだ。俺は考えながら、体のなかの魔力をグルグルと回転させる。


じつは右手じゃなくて左手だったりするのだろうか。そう思って魔力を左手に移動させ、再び「ファイヤー」と唱えてみたが、またしても魔法が出ることはなかった。


その時だった。森の奥にある茂みがガサリと動いた。何だろうと目を向けてみると、茂みの奥から黒い狼が現れた。こちらに対して、明らかに敵意を向けている。


そりゃそうだ。夜の森で「ファイヤー」と大きな声を出している人間。絶好の獲物だろう。後悔してももう遅い。


とりあえず逃げようと体を動かしたその時、後ろから物音が聞こえ、直後に俺の右腕に激痛が走った。


もう1匹の狼が後ろから現れ、俺に攻撃を仕掛けてきたのだった。元いた場所から動こうとしていたため噛みつかれることは回避できたものの、切り裂かれた腕からは血がポトリポトリと滴り落ちる。おそらく、この血の匂いを嗅いで他の獣たちもやってくるだろう。


はっきり言ってまずい。異世界にやってきて、いきなりのピンチだ。


こんな状況でも魔法が使えたらなんとかできるのだろうが、使えるようになる気配はない。


こんなところで、俺の異世界ライフは終わってしまうのか? まだ来たばかりなのに? そんなのは絶対にイヤだ。


しかし、それを許してくれない存在が俺の目の前にいる。威嚇しながらジリジリと俺に迫ってくる黒い影。


死にたくない。死にたくない。死にたくない。頭のなかでその言葉だけがグルグルと回っていく。それにあわせるように、魔力もグルグルと回る。


とにかく、何とかして魔法を発動させるしかない。俺は全身に魔力をみなぎらせた。これで魔法が出ないのであれば、俺の異世界での人生はここでおわってしまうだろう。


体から溢れんばかりの魔力をため、大きく叫んだ。


「ファイヤー!」


その瞬間、俺の尻が熱くなり、後ろから「キャインキャイン」という叫び声が聞こえた。


そう、後ろから俺に忍び寄ってきていた狼に、が直撃したのだった。


※魔法は尻から出る:マイナス1,000ポイント


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