第6話 ボールと、さがしもの 1

 どうやら、何とか、桜と梅が咲き誇り、満開になった。

 あの時、そう、佐保姫さほひめが春が来ないような事を言っていたので、どうなるのかなって思ってた。


 で、その佐保姫さほひめは僕の目の前にいる。佐保姫さほひめは机の向かいで頬杖をついている。 


 朝の会の時間前、クラスのみんなのガヤガヤが教室内に一杯になっているところなのに、みんなには見えていない。

 クラスメイトでは、唯一、同じクラスの同じ園芸部の宮竹さん以外は。


 今、クラスでは。

 ドッジボールが無くなる、って話題となっていた。

 女子用と男子用それぞれ、一つづつあるけど、それがいつの間にか無くなっているって、クラスのみんなが大騒ぎしている。

 隣のクラスの男子のボール、その隣のクラスが女子と男子のボールが無くなってしまっている。だから、犯人は誰だろう。って朝は、いつも決まってこの話になっているんだ。


 そういえば、まい日曜日に行っている、サッカークラブチームのメンバーもよく似たことを言っていた。

 最近サッカーボールがよく無くなるって。大体、自分のサッカーボールを持って練習に参加するんだけど、それじゃあボールが足りないから、クラブチーム共用のボールが何個かあるんだ。

 そのボールが無くなるので、みんなで使うものだから、大切に使おうな、って話あってたところなんだ。


『そなたたちのクラスは何だか騒がしいね、いつもこんな感じなの。』


 佐保姫さほひめはそう、僕に聞いてきた。


 ボールが無くなる事件の事を、言うと『フーン』と一言。

 そう言って白い影になって、スッと消えていった。


 朝礼が始まって、モモちゃん先生が教室に入って来て、『オハヨー』って元気いっぱい挨拶あいさつして、続けて、『みんな、喜ぶんだー、新しいボールがやってきたぞー』。


 先生を見て、アッそうだ、先生も見える人なんだ。そう思って同じクラスの宮竹さんの方を見ていると校庭の方を指さしていた。

 松根さんと百合川さんは隣のクラスだ。


 宮竹さんの指す方、校庭を見てみると、佐保姫が校庭をよこぎっているのが見えた。

 校庭では、体育の授業の準備をしているのに、その真ん中を堂々と歩いて桜や梅が咲いている方へ行くのを見ていると、思わず声をあげてしまい、先生とクラスのみんなの注目を浴びてしまった。


 しまった、と思って宮竹さんの方をみてみると、片目をつぶって、口に人差し指を当てて、『シー!』と言うジェスチャーをしていた。


 モモちゃん先生は、毎朝、最後に使ったひとは誰だ、と言って犯人探しみたいになっているので、学校の偉い人(校長先生かな、教頭先生かな)に掛け合って、新しいボールを手に入れたと続けて言っていた。

 新しいボールを教卓きょうたくの上に置いて、使った人の名前を、ノートに書いて、黒板の横のみんなが見えるところにボール置き場を作って、みんなで使うようにしようと決めて、学級委員に渡していた。


 よかったー!これでドッジボールができると思って、見てると、新しいボールはとってもピカピカで、早くドッジボールしたいなーと、みんなでワクワクしていた。


 でも、事件は次の日には起こったんだ、黒板の日直の名前とか、今日の日付とか、日直帳を書くために日直はみんなより早く来るんだけど。


 その時に、昨日、帰りの会の時には確かにあったはずのドッジボールが、無くなっていたんだ、日直の男子と女子は大慌てで、モモちゃん先生のところに行ってボールが無くなったって言いにいった。


 そのうち、クラスのみんなが登校してきて、みんながワイワイ言ってボールが無くなった、誰が取った、最後に使ったやつは誰だ、犯人探しだ、とクラスが大騒ぎになってきた。


 みんな帰るときには、黒板の眼の前にあったはずだ、みんなで手分けして探そう。誰かが、忍び込んで、誰かが盗んだんだ!とか、ガヤガヤいっていた。


 ぼくは、『あーあ、休み時間ドッジが出来ないのかー』と思い、『一体ボールは何処にいったんだろう』って、何気なく外を見ていると、佐保姫がやっぱり、校庭のあちこちをウロウロして、校庭の真ん中を横切ったりしている。


 『そうだ、いつもこの学校にいる佐保姫なら何か知っているかも』、と思って、放課後のクラブ活動の時間に、花壇花壇にみんな集まった時、聞いてみた。


 やっぱり百合川さんと松根さんのクラスのボールも無くなっているようだった、『男子のみんなが犯人探しでうるさくって。』と百合川さん。

『早く見つかればいいのに。』と松根さん


 モモちゃん先生も、『職員会議で、議題に上がってて、一度警察に届けましょうか。って話になりそう。』


 佐保姫は、

『わらわも気になって学校の隅から隅まで、見て回っているけど、そなたたちの言っているぼーるとやらは見つからなかった。』

 続けて

『ただ、一つ気がかりな事があって、それは何らかのパワーバランス、ある力の均衡きんこうかたよりだしているってこと。』

 

 ぼくは、

『それって、どういうこと、花壇かだんを復活させたから、パワーバランスは順調になったんでしょ、佐保姫さほひめがそう言ったのに。』


『すまぬ、わらわにもわからないことはある。』

 少しすまなさそうにした佐保姫さほひめを見て、なんだかごめんなさいって気持ちになった。


 モモちゃん先生は

『こら、佐保姫さほひめがボールを取ったわけでも、パワーバランスを崩した訳でもないのよ。それどころか、原因を調べてくれているのに。』


 少し怒った、強めな言い方で

『ありがとう、って言うべきでしょ、ここは!』


 そうだ、ぼくは、あの朝の会の時から、ずっと探してくれている佐保姫を見ていたのに。

 とっても悲しい気持ちと、ごめんなさいの気持ちが混じって『ごめんなさい、探してくれているのに。』

 と、ここまで言うと、なんだか悲しい気持ちが込みあがって来て涙が出そうになった。


『大丈夫、大丈夫。』

 と佐保姫は、お母さんのような笑顔で言ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る