怪我の妙薬

「ところで、ホークさんって足を挫かれたんですよね」シリカが思い出して言った。「怪我はひどいんですか?」


「いえ、大したことはありません。さっきまでは歩くのもままなりませんでしたが、今はこの通り……!」


 ホークはそう言って右足を前に踏み出したが、地面に足をつけた途端に激痛が走ったらしく、苦悶に顔を歪めてその場にしゃがみ込んだ。クロムが心配そうに眉を下げる。


「爺……あまり無茶をしない方がいいよ。僕のことはいいから、にれの木まで戻って休もう」


「いいえ。そういうわけには参りません」ホークが頑固に言った。「坊ちゃまの残り少ないお命を、この愚老のために捧げていただくわけには参りません」


「僕は構わないよ。どのみち秘薬が見つかる保障もないし……」


「あの! その怪我、ちょっと見せてもらってもいいですか?」


 口を挟んだのはシリカだった。クロムとホークが一斉に振り返る。二人の視線をまともに浴び、シリカは気後れしながらも言った。


「私、薬学の知識がちょっとだけあるんです。もしかしたら、怪我に利く薬を調合できるかもしれません」


「何と! それは真ですか!?」ホークが身を乗り出した。


「絶対かって言われると自信はないですけど……とにかくやってみましょう!」


 シリカの一言で話は決まった。三人は楡の木の元へと移動した。


 




 五分ほど歩いた小高い丘の上に楡の木はあった。ホークを木の下に座らせ、ブーツを脱がせてシリカが足首の状態を確認する。捻挫した部分は青紫色になっていたが、そこまでひどい怪我ではなさそうだ。


「これくらいだったら治せると思います。ちょっと待ってくださいね」


 シリカは荷物を下ろして薬草を取り出した。周囲から綺麗な落ち葉を集め、簡易な薬学台を作ったところで薬草を葉の上に並べる。近くに落ちていた太い枝を薬草の上で転がし、磨り潰したところで今度は荷物から筒形の容器を取り出す。容器には粘性の塗り薬が入っており、シリカはそこに磨り潰した薬草を入れると、手袋を嵌めた指でゆっくりと混ぜ合わせた。


「ちょっと染みますけど我慢してくださいね。すぐに痛みは引くと思いますので」


 シリカは軟膏を指で掬うと、ホークの足首の患部にそっと塗った。ホークは黙ってシリカが軟膏を塗る様子を眺めていたが、すぐに信じられないように顔を上げた。


「おぉ……塗った箇所から痛みが引いていきます。さっきまでの痛みが嘘のようだ……。いったいどんな魔法を使ったのですか?」


「これは魔法じゃなくて薬学ですよ」シリカがにっこり笑った。「昔、ある人に教えてもらって覚えたんです」


「何と! 魔法だけでなく薬学にも長けておられるとは……。こんな聡明なお嬢さんにお目にかかったのは初めてです」


「褒めすぎですよ。そんな大したものじゃありません」


 シリカは苦笑した。それでも褒められて悪い気分にはならず、自分が人の役に立てたことに心がほんのり温かくなる。


「でも、本当に助かったよ。爺の怪我が治らなかったら、何日もここで過ごす羽目になっていたかもしれない。本当にありがとう、シリカさん」


「い、いえそんな。本当に大したことじゃないですから……」


「君は不思議な子だね。一見ごく普通の女の子なのに、実にいろいろな才能を持っている……。ますます君のことが知りたくなったよ」


 クロムがじっとシリカを見つめ、シリカは気恥ずかしくなって俯いた。さっきの出来事を思い出し、顔がどんどん赤くなっていく。


「ところで、ホークさんの足って変わった色をしてるんですね」


 シリカが話題を変えるように言った。ホークの肌は浅黒いが、膝から下だけが少し黄色味がかって見える。爪の色も指に比べると黒い。


「あぁ……これは遺伝でしてな。血の巡りが悪いのでこのような状態になっておるのです」ホークが足元に視線を落として言った。


「そっか。だから爪も黒いんですね」シリカが納得して頷いた。「でも、足だけ色が違うなんて不思議ですね。何ていうか……まるで鳥みたい」


 シリカが何気なく呟いた時だった。ホークが急に視線を上げ、その目がシリカの姿を捕えた。先ほどまでとは打って変わった鋭い眼光を前に、シリカは思わず背筋を伸ばした。


「ホークさん……?」


「あ、いた! シリカ!」


 シリカがホークに声をかけようとした時、背後から知った声が聞こえた。シリカが振り返ると、丘の下にいるリビラが大股でこちらに向かってくるところだった。


「お姉ちゃん!」


 シリカが叫び、たちまちホークの足と眼光のことは頭から消し飛んでしまった。リビラはシリカの前に立つと、怒ったような顔で腰に手を当てた。


「もう……探したわよ。一時間経っても戻って来ないから、何かあったのかと思ったじゃない」


「あ、そんなに時間経ってたんだ。ごめんね、全然気づかなかった」


「どうせクロムさんと一緒にいて、時間が経つの忘れてたんでしょう? あんたは昔から惚れっぽいものね。格好いい男の子と二人っきりでいられて舞い上がってたんでしょう?」


「ち……違うよ! 私とクロムさんはそういうんじゃないもん! ただおじいさんを探すのに夢中になってただけで……」


「あら、そう? その割にはいい雰囲気だったみたいだけど?」


「え……。お姉ちゃん、もしかして見てたの?」


「あら、何のことかしら? あたしが見たのは、あんたがクロムさんの前で真っ赤になってたとこだけ。それとも、他に何か見られて困るようなことをしてたのかしら?」


 リビラが澄ました顔で言い、シリカはうっと言葉に詰まった。クロムと見つめ合っていた時のことを見られていなかったのは幸いだが、それでも恥ずかしいことには変わりなく、顔がみるみる真っ赤になっていく。


「もう……。お姉ちゃんのいじわる」


 下唇を突き出してシリカが呟いた。クロムと一緒にいて舞い上がっていたのは事実だが、何も本人がいる前でばらさなくてもいいのに、と恨めしい気持ちになった。

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