第17話

 経過を見る必要はあるが、私が今できる治療は終わった。

 しかし、これにてお役御免、とはいかない。

 まだ救援部隊は到着しておらず、アサインされたメンバーとの引き継ぎもしなくてはならない。

 場合によっては私自身も数に入っており、3人を出口までエスコートしなくてはいけないかもしれない。


 時計を見ると、午後5時過ぎ。

 トラブルが無ければ、素材売却等も終らせ帰途についているはずの時間である。

 明日は学校なので、早めに帰りたいのだが。


「あー、再度確認なのですが、お三方は、クラン曙光所属、アヤベ アキラ、セラ キョウコ、ミシマ コトリ、の3名。77層で遭難した。であってますよね。」

「ああ、あっている。」


 そういえば鑑定では見たのだが、三島さんの探索者証は確認していない。


「すみません、三島さんの探索者証を確認させていただけますか。」

「は、はい。」


 三島さんから探索者証が提示される。


「ありがとうございます、少々お待ち下さい。」


 <YURI:ID送りました、確認お願いします。>

 <ADACHICAT:受け取りました。>

 <ADACHICAT:照合完了。遭難者とID一致。曙光へ確定情報として報告します。これで遭難者11名全員の生存が確認されました。8名は既に本隊と合流済みとのことです。>

 <YURI:了解>


「確認が取れました。曙光の遭難者は全部で11名。他の8名は既にに合流しているそうです。」

「11人も巻き込まれていたのか。健康状態が、わかったりは。」

「すみません、そこまでは。生存は確認されているとのことですけど。」

「そうか。つまり、俺たち3人が一番深い場所まで飛ばされたということか。」

「恐らくそうかと思います。」


 他の人は同階層かそれより浅い階層に飛ばされたのだろう。

 深い階層に飛ばされた3人は、間違いなく運が悪いのだろうが、流石に面と向かって、運がないですね、とは言えない。


「どうかしましたか?」


 先程から綾部氏は、自身のARデバイスを操作し訝しげな顔をしている。


「ああいや、通信が復旧しなくてね。転移時に壊れたのかもと思ったんだけど、正常に機能はしてそうなんだ。」


 三島さんも、虚空をつついてる。


「なるほど、そういうことですか。」


 探索者仕様のARデバイスには、現在階層を表示する機能があり、一度来たことのある階層なら常に正確な階層を把握できるようになっている。

 しかし、転移罠や落とし穴等にかかりなど、イレギュラーな方法で階層を移動すると、デバイスが現在の階層を見失うことがある。

 デバイスに情報があり、通信波が届いている階層なら、復旧に多少の時間は要するが、周囲の情報を確認して正確な位置情報が導き出される。

 自身が未到達の階層でも先人が通過済みの階層なら、上下の転移結晶部屋に設置してある通信基地からの情報で、~層から~層の間、という情報が得られる。


 では、もし前人未踏の階層に飛ばされたらどうなるかというと、デバイスは完全に位置を見失う。

 ダンジョンの構造次第になるが、最深到達階層の通信基地から約15層が通信波の到達限界とされており、実際に通信波を捕まえられるのは10層が限界。

 通信が届きやすいダンジョンであっても、運が良くて12層がいいところだろう。


 そして、大雑把な階層しかわからない、あるいは全く階層情報がつかめない、という状況になった際、正確な位置を確定させる際に行われるのが階層同期である。

 近くにいる探索者に依頼しARデバイスの同期機能を使用、位置情報を同期することで現在位置を確定することができる機能である。

 その際同期相手の回線経由で通信が復旧できることが多い。

 当然であるが、正確な位置を確定させているデバイスを持った探索者がいる必要がある。


 転移罠等で飛ばされるのは、多くの場合最大でも10層程度であるため、大抵の場合は先輩探索者等に拾ってもらい同期を行い、脱出を手伝ってもらう状況になる。

 通信も届かない前人未踏の階層に飛ばされたケースの場合は、安全地帯に到達できても助けは来ずそのまま餓死、破れかぶれでボスに挑んでも即死するという末路を辿るのではないだろうか。

 今回の曙光3人のケースでも、本来なら地上へ生きて戻ることは無かっただろう。最深到達階層を更新しようとしたら、ボス前に遺体があったという事例は、それなりにあるのだ。


 なんとなくだが、私が通信で連絡が取れている様子なのを見て、通信が届く場所だと思っているのではないだろうか。

 通信基地は76層にあり、通信が届くことを考えると10層程度下の86層だろう、と予測しているのかもしれない。


「とりあえず、階層同期しましょうか。」


 私は、階層同期用の機能を立ち上げ、二人に投げる。

 程なくして承認が行われ、自動的に動機が行われる。

 三島さんが硬直し、綾部氏の顔が強張る。


「96層?」


 二人の視線が、ボス扉、デバイスの表示、周りの誰か、と次々に移動していく。


「はい、96層ですね。」

「なら、俺たちが飛ばされたのは。」

「話の内容が正確なら、94層ですね。」

「マジかよ…。」


 綾部氏の視線が、ボス扉の方へ移動する。


「転移は17層ほどですね。このぐらいの階層だと、下に10層以上飛ばされることはかなり珍しいですね。もっと下の方に行くと、50層ぐらい飛ばしてくるモンスターもいますけど。」

「50…?」

「はい。いえ、50層は戻された時で、下に飛ばされたときは最高で40ぐらいだったかな。」


 綾部氏は、理解ができないという風に、頭を振る。

 最高50層というのは、あくまで経験した中では、という意味で、実際はもっと飛ばされる可能性はある。

 下に飛ばされたらショートカットできるのではないか、と考え、手当たり次第に転移を受けるという実験をした事があるが、そもそも転移持ちのモンスターに遭遇する確率は低く、制御できるものではないため諦めた。

 ショートカットを狙っているときに限って大幅に戻される頻度が高い事もあり、普通に潜っていった方が圧倒的に効率がいい。


「いや、待ってくれ、なんでリンクできてるんだ。配信がつながっていると言っていたはずだ。通信基地があるのは75層だろう。ここまで通信は届かない。現に俺達は通信が復旧してない。」

「あー、それは。私が企業の実験回線を使ってるからですね。通常回線だと。この階層では通信は繋がらないと思います。」

「バイパスすることは。」

「無理ですね。その、権限が無いので。私はあくまでテスターですから。」


 私の使っている回線は、浜松魔道具工房と九重HDが共同開発中の長距離通信のテスト回線である。

 企業用の実験回線であり、私にはテスト用回線が貸し出されているが、誰かにその回線を使用させる権限は付与されていない。

 そもそも実験用回線は通信プロトコルが異なり、専用のソフトや対応したデバイスを導入する必要がある。

 通常回線なら、何らかのトラブル発生時にバイパスする機能が使用できるが、その機能はロックされており使用できない。

 何らかの方法でロックを迂回しバイパスしようとしても、通信が確立できないのではないだろうか。


 <ADACHICAT:エスコート現着しました>


「権限なら私が持っていますよ。」


 背後からかけられた声は、私にとっては聞き慣れたものだった。


「四葉さん。」


 振り向いた先にいたのは、二人の顔見知りの女性。

 小学生の頃からお世話になっている、頭の耳と七本の尾が特徴の葛城四葉さんと、時々小言をもらう医療担当、目隠しをした渡良瀬信乃さんだった。

 四葉と書いてシヨウと読む。

 ヨツバと呼ばれることも多いようだが、『何百年』も前からなので慣れたそうだ。


「優里、入学式ぶりね。」

「はい、四葉さんが来るとは思わなかったです。信乃さんも先週ぶりです。」


 二人と挨拶を交わし、綾部氏と三島さんの方へ向き直る。


「初めまして。救助部隊として派遣された、九重ホールディングスの葛城四葉です。」

「同じく、医療担当の渡良瀬信乃です。」

「は、はい。曙光の綾部晃です。こっち三島小鳥です。ありがとうございます。」


 二人が頭を下げるが、その視線は耳や尻尾や目隠しにチラチラと移動している。


「優里さん、早速だけど。」

「はい。四葉さん、ここはお願いします。信乃さん、こちらへ。」


 動揺している二人を四葉さんに任せ、信乃さんを連れてセラさんの所まで移動した。

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2025年12月7日 18:00

ダンジョン攻略を指示された雑用係の、少し変わった日常 白崎 八湖 @kshelwky

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