現在

「服がいっぱいだあ」

茉莉は車の中でそんな事を口にした。


「これで周りをビビらせるのだ」

玉緒は運転しながらそんな事を言った。


倹約家の茉莉は女子大生になってもムジクロしか着ていなかったので、ここはひとつ奮発して服を買ってあげようと思い至ったのだ。


「おなかもいっぱいだあ」

実に茉莉らしい事を言う茉莉だった。


「ホント茉莉って犬っぽい」

玉緒は少し微笑んでそんな事を言った。


茉莉は例えばゴールデンレトリバーに似ている。抱かれたり、撫でられたり、あるいは子供にじゃれつかれてもじっと黙ってそれを受け入れる。でも頑張って耐えている風ではなく案外気ままに生きている。そういう自然体なところが心地よい。




──あの人もそうだったんだろうな

あれから二年近く経ってようやく「彼女」が何を言っていたのか分かる気がした。


「彼女」は直樹さんも茉莉も嫌っていたとは言わなかった。それどころかはっきりと溺愛していたと言った。それが何故一緒に生活できなかったのか。


あまりにも似すぎていたからだろう。いや「彼女」の言葉を借りるなら「あの一族」という事になる。人を溺愛させる、あまりにも居心地のいい存在。「彼女」や玉緒のように、他人と軋轢を生みやすい者の前に現れる、癒しをもたらす存在。


──そして

恐らく「あの一族」は、自分たちの力だかオーラだかを残すために「彼女」や玉緒のような、社会的に恵まれつつも孤独な存在に近づくのかも知れない。社会の寄生虫、と言えば言葉が悪すぎるが、要は社会性と癒しを交換する共生関係構築者だ。


実際はどうだか分からない。だが「彼女」は直樹さんが死に、茉莉が残った時にそう感じたのだろう。「彼女」には娘と共に生きる道もあった。だが「彼女」は実家であるカガリヤの内紛を憂い、敢えて娘ではなく家業を選んだのかも知れない。


──それに

恐らく「彼女」はふたつの確信を抱いていたのだろう。ひとつはこの娘は自分が居なくても生きていくことができると。もうひとつはむしろ家業であるカガリヤのほうが存続の危機に晒されているという事を。これも実際にはどうだかは分からないが。


どちらにしても「彼女」が茉莉を捨てた事は事実である。それは玉緒には決して許せない事ではあるが、事実として茉莉はすぐに里親を得て、何の屈託もなくすくすくと成長して現在に至っている。あくまで結果としてだが。


──それにしても

玉緒はそれを考えると複雑な気分になる。それは「彼女」が玉緒に会いたがった理由についてだった。


「彼女」は育児放棄ネグレクトを「振られた」と表現した。それについては未だによく分からないが、それは茉莉自身からそう感じたのではなく、続く直樹さんの死によってそう思うようになったのかも知れない。


ひとつの推測がある。内縁の夫が死んだ後、娘からも彼と似た癒しのオーラを感じた「彼女」はこう考えたのかも知れない。──「あの一族」は、私自身を愛していたのではなく、この力を継承し得る胤や宿り木を求めていただけかも知れない──と。


全ては推測である。実際には単なる育児放棄だったのかも知れない。だが「彼女」は我が娘に託された力がどうなっていくかを見届けようとしたのかも知れない。「彼女」と直樹さんのように、新たな共生関係を構築して子に力を継承していくのか、と。


だがそれは予想外の理由で力の継承が止まる事になりそうだった。なぜならば玉緒と茉莉では子供が残せないからだ。そう考えると、つまり親公認の恋人関係になったような安心感もあるし、「彼女」の失笑が聞こえてきそうな気にもなる玉緒だった。




「ちくしょ」

思わず玉緒はそう毒づいてしまった。


「どしたの?」

茉莉は不思議そうにそう訊いてきた。


「あ、いやなんでもない」

玉緒は無理やり笑顔を作ってそう言ったがすぐに本当の笑顔になった。


「あの一族」とかオーラとかどうでもいい。茉莉が今ここに居る。それが事実でありそれで充分だった。生憎と私にゃ継がなきゃならない家業なんてないしね。それにあれよ。事業承継とかってすごく大変だって聞いたよ。頑張ってくださいねえ。


「やっぱり服代高かった?」

茉莉はそんな事を訊いてきた。そりゃ安くはないけど何とかなるよ。


「大丈夫だいじょうぶ」

玉緒は笑ってそう言った。このめちゃくちゃ可愛いのにムジクロしか着ない、でもそこがとてつもなく可愛い彼女を何とかおめかししたかった。


「それよりこれからが本番だよ」

玉緒は信号で止まった時に不敵な笑みを浮かべて茉莉のほうを向いた。


「なにが?」

茉莉は相変わらずのきょとんとした顔で訊いてきた。


「服はコーディネートが命!帰ったらファッションショーの始まりだよ!」

玉緒はそう宣言した。


「えー、めんどいよー」

茉莉は実に茉莉らしい事を言った。


「何を言うかこの娘は!」

そう言って玉緒は笑いながら茉莉の頭を撫でた。というかもみくちゃにした。


「なにをするかなにをするか」

茉莉はそう言ったが別に抵抗はしない。こういうところが実に犬っぽくて良い。




恋愛なんて難しく考えたら負けよ。好きで一緒に居られるならそれでいいじゃない。


(終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の彼女はこんな人 @samayouyoroi @samayouyoroi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ